表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かつてゲームの大魔王  作者: 一崎
第一章 ミロン・アケディが恐れること
29/113

空腹の壊れ者

 ミロンが悲鳴を上げるのも納得してしまうほどの悍ましい行為が、前方の部屋では行われていた。


 血塗れの少女の頭に齧り付く、『壊れ者』の姿。

『壊れ者』がその鋭い、鋭利な指で少女の眼球を突き刺した。ずるり、と眼球が抜き出された。


『壊れ者』は狂気に満ちた声で喝采を上げ、その指で貫いた眼球を口に入れた。


『壊れ者』は口を閉じることなく、眼球を咀嚼する。眼球が歯にすり潰され、破裂して、液体を垂れ流す光景が鮮明に見せつけられる。


「ぐ」


 嘔吐感を覚えるが、『創り者』の肉体がそれを良しとしない。


 何よりも悍ましいのは、その『壊れ者』ではなかった。

 その隣。


『壊れ者』に現在進行形で喰われている少女であった。

 少女の瞳は虚ろ。

 しかし、生きていた。何故それがわかるかといえば、笑っているからであった。引き攣るような笑み顏。


 壊れた人形のように「いひいひ」と静かに狂気に身を染めていた。


 痛みはあるのだろう。

 髪を抜かれる度、頬の皮を引き千切られる度、肉を生きながらにして喰われる度、少女の肉体が打ち上げられた魚のように激しく痙攣した。


『創り者』には痛みに対する耐性があるが、それでも無視できないほどの痛みがあるのだろう。


 だというのに。それでも。

 ーー少女は嗤う。


「エレノア!」


 狂笑に気圧されているミロンを捨て置いて、ツェツィーリヤが少女の名を呼んだ。そのままの勢いで口から巨大なスナイパーライフルを取り出し構える。


 その銃は、およそ立ちながらの使用を想定していない。ミロンの身の丈よりも巨大なその銃を、しかしツェツィーリヤは片手で持った。


 耳を突き刺すような発砲音。


「ぐぐぐ」


 ツェツィーリヤが放った弾丸は、見事『壊れ者』の眼球を穿った。


「エレノア、生きてたか。すぐに助けてやるかんな!」


 続いての発砲。それは『壊れ者』の四肢に命中したが、微かに傷を付けるだけに止まっていた。

 眼球ほど柔らかくないのだろう。


「ネリー、アリア!」


 ネリーが髪を紅蓮に染めて、走り出していた。髪の鞭が高速でしなる。


『壊れ者』の肉体が飛び散る。相変わらずの火力である。


「ぐーぐー!」


 奇声をかき鳴らしながら、『壊れ者』が飛び跳ねた。それは目にも留まらぬ速さで、ネリーの頭上に現れていた。


 丸い、ボールのような容姿である。乱雑に肉片を固めたような、ぶよぶよの『壊れ者』であった。


「飯、飯、飯飯飯飯飯飯飯飯」


『壊れ者』の顔半分を占める唇が開く。その口の中には、人間を遥かに超えた本数の歯が並ぶ。そして、喉の奥に見えるのは、もう一つの口。


 合わせ鏡の世界のように、口の中にも無数の口があった。


 その口がネリーを狙う。


「させっかよ」


『壊れ者』の横腹に、巨大な砲弾が打ち込まれていた。幾ら強靭な『壊れ者』といえど、空中では耐えようがない。


 一気に吹き飛ばされる。


「三人はあの『壊れ者』に引導を渡してこい。俺は背後から襲われねえように、ここをキープする」


 ツェツィーリヤが背後の警戒と逃走経路の確保に動き出す。


「あ、アリアは動かないの?」

「自分は御主人様のご意向なしに、御主人様から離れることは致しません」


 アリアは敵の殲滅よりも、ミロンを守ることを優先していた。このようなときでも、アリアは自身の矜持を曲げないようである。


「行って。ネリーだけじゃ、危険だ」


 言いながら、ミロンは震える手で魔道書を開く。手の震えが激しく、教鞭を取りこぼしてしまう。

 それを拾いながら、ミロンは精一杯の強がりを言う。


「さあ、行って。援護はぼくに……任せて」


 魔道書から顕現するは、無色の風。それはただ静かに、戦場を渦巻いている。


 そこに『操作(スポールト・ザカース)』を加え、加速力を付与する。

 嵐が発生した。


 その風はネリーへと吹き付けられていた。ネリーの髪の炎が更に燃え上がり、渦を巻いて『壊れ者』の肉体を焼いた。


「参ります」


 アリアが駆け出す。一息で『壊れ者』の元まで辿り着くと、その拳を叩きつけた。

『壊れ者』がボールのように、床を地面をバウンドする。


「想像以上に硬いですね」


 肩口までを返り血で真っ赤にしつつ、アリアが呟く。


「そうね。耐久力に優れているようね」


 戦闘中に、ネリーは分析を欠かしていない。


「見た所、攻撃にも秀でていないようだわ」

「そ、そう? あれ、ぼくが食らったらひとたまりもないんだけど」

「兄様は私が守るわ」

「嬉しいけど、複雑だ」


 ミロンはエヴァたちを助けるために、ここに来ていたのだ。今のままでは、ただ足を引っ張っているだけである。


「この『壊れ者』の名前は、腹ペコにしましょう」


 緊張するミロンの脱力を狙ったのか、天然なのか。ミロンには判断できなかったが、ネリーが謎のタイミングで敵に名前を付けた。


 改めて、ミロンは腹ペコを見やる。


 彼は無数の口から滝のように涎を垂らして、ミロンたちの血肉を狙っている。


 だが、それだけだ。

 敵は強くない。


 ミロンは己の役割を再確認する。

 彼の担当は、後方での火力係りである。必要以上に動いては、前衛の邪魔になる。


 必要なときに、最大限の火力を叩き込むこと。それがミロンの役割である。

 故に、ミロンは戦場を見つめる。


 腹ペコを睨み付ける。

 だからであろうか。ミロンは最後までそれに気がつくことができなかった。


 激しく乱舞していた『命ノ灯(アラハ・ハール)』の動きが、ピタリと停止した。

 ミロンの思考が真っ白になった。


(どうしてこの場面で攻撃を止めるのさ)


 疑問に対する返答は、存外早かった。ネリーの首に赤い亀裂が生じる。

 そこから絶えず、血液が流れ始める。


 それから、ボトリ、と硬質な音が室内に響いた。


 ネリーの首が切断されていた。

 ボトリ、というのは首が落ちた音。床に頭が転がった。


 腹ペコがやった訳ではない。その遥か後方。


「いひ、いひひひひ」


 両手に白い光を灯した少女が哄笑していた。


 エレノアと呼ばれた救出対象が、ネリーの首を切断していたのである。

 エレノアの狂笑が、室内に煩いくらいに響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ