突き当たり
探索は続行された。
コツコツ、と硬い廊下を打つ靴音。その音の出所はミロンの足元のみである。
他のメンバーはプロなだけあり、足音を立てることすらしない。
ドアが見えた。
ツェツィーリヤは無言でサインをネリーに送っている。
二人が素早い動きで、ドアの前に陣取った。
「……!」
更なる合図によって、ネリーが室内へと無音で侵入する。
ドアの外では、ツェツィーリヤが拳銃を構えている。
「……大丈夫」
何もいなかったらしい。ネリーがションボリと肩を落としながら出てくる。
現在、彼らネリーチームは室内の探索へと入っていた。
物音が一つもしないということは、エヴァチームが戦闘していないということを示している。
であれば、最悪の可能性として、肉体を失っていることも考えられる。もしくは、残り者に肉体を貪られているか、である。
「残り者が『創り者』を襲うのは、肉を食うためだからな」
と、ツェツィーリヤが教えてくれる。
アリスを名乗っていた残り者は、ミロンに襲いかかろうとはしてきていなかった。残り者にも色々いるのだろうか。
というよりも、ミロンはまだ残り者と『創り者』の差異を知らない。後日、ゆっくりと聴くことになるだろう。
二つ目のドアが開かれる。
その部屋も、また無人であった。残り者の影一つ存在しない。
ネリーチーム内には、人の探索に優れた人材はいない。ミロンがおそらく探知系だということは周知の事実であるが、彼の能力は敵の存在を知らせるのみ。
味方の位置は掴めない。
故に、手当たり次第な探索をするしか道はないのである。
「せめて、他に人員がいればな」
今回の依頼を受けたのは、全部で三チーム。そのうち二チームは今日、依頼の存在を知ったのだ。準備があるのだろう。
この廃工場に到着するのは、もう数時間かかるという。待つ手もあったが、ツェツィーリヤは速度を優先した。
ツェツィーリヤの表情に焦燥の色が見え隠れする。彼は仲間意識が強いのだろう。
三つ目のドアが見つかった。ネリーが突入体勢を取った時、部屋の内部から物音がした。
「ーーっ!」
ミロンは咄嗟に魔道書を構える。教鞭で炎の魔印が刻まれたページを指しながら、固唾を飲んでドアを見つめる。
「……!」
無言の合図。
ツェツィーリヤがドアを静かに、けれども迅速に開く。ネリーが矢のように飛び出す。
白の長髪が数瞬、置いていかれる。
「残り者しかいないわ」
「ちっ」
『命の灯』が繰り出された。ミロンの目には、部屋中を紅髪が無茶苦茶に暴れ回っているようにしか見えない。
が、それは明確な意思の宿る攻撃である。
髪がなびく度、残り者の肉片が飛び散った。血液が髪に付着しているが、それもあっという間に蒸しきる。
部屋は殺戮し尽くされた。
残ったのは、血塗れの部屋に佇むネリーだけであった。
「物音も立ててねえな。だが、おそらく、援軍くらい呼ばれちまっただろうな」
「二手に分かれる?」
「速度を上げる!」
ツェツィーリヤが駆け始める。魔道具を口から取り出して、『操作』までを駆使しての疾駆である。
負けじと、ミロンとネリーは魔道書を行使する。アリアは自力で高速であった。
ドアを次々に開いていく。内部の残り者はネリーやアリアが始末していく。
「本当に、何処にいるんだよ」
高速で部屋を殲滅して回ることになっている。
走りつつ、ミロンはツェツィーリヤに提言する。
「少し落ち着こうよ。ネリーの体力消費が激しいし」
「肉を食えば治る」
それだけ言い放ち、ツェツィーリヤは速度を更に速めた。援軍が大量に現れたときの方が危険度が高いと判断したのだろう。
一階全ての部屋を見回ったが、そこにエヴァたちはいなかった。
階段を駆け上がる。
階段を登った先には、大きなホールがあった。そのホールを中心として、道が二つ広がっていた。
「どっち?」
「右だ」
ネリーの質問に、ツェツィーリヤが素早く返答する。異論はない。
廊下を暫く駆け続けていると、アリアがその足を止めた。
「残り者でございます」
「数は?」
「不明です。廊下中にびっしり、と」
「争ってる音は?」
「聞こえませんね」
「引き返すぞ」
ミロンたちは反転し、逆方向へと駆け出した。廊下には、ツェツィーリヤが口から取り出した壁を置いておく。これで背後から攻められる可能性が減少した。
「良かったの? そんなに残り者がいるなら、いる可能性もあるんじゃ」
「いるかもな。だが、そんだけの数相手に、戦闘をしてねえんだ。いたとしても、もう手遅れだろうよ」
苦虫を噛み潰すように、ツェツィーリヤが答えてくれる。彼の判断は間違っていない。
依頼の内容が救出である以上、対象が消滅していた場合は大人しく帰るのが得策なのである。
しかも、である。
ミロンは思い出す。
エヴァたちのチームは『壊れ者』の討伐を目的としていた。それはつまり、この施設の何処かに『壊れ者』がいるということ。
大量の残り者だけならばともかく、『残り者』の参戦を加味するならば、この場は逃げるしかない。
反対側の通路に辿り着いたので、速度を落とす。不思議と、こちら側にはまったく残り者がいなかった。
安全極まりない。
そう錯覚しかけたミロンの足が、ふと止まる。
暗闇の中、廊下の先が目に入る。突き当たりであった。
こちら側から見えるようにという配慮なのだろうか。ドアが開いていた。
だからこそ、見える。
部屋の内部が。部屋の内部で行われている悍ましい光景が……
「ひっ」
そこでは、顔の半分を失った少女と、その少女を貪る化け物の姿があった。




