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かつてゲームの大魔王  作者: 一崎
第一章 ミロン・アケディが恐れること
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応用編

「あ」


 絶望に満ちた「あ」であった。この世の終わりを感じさせる程の深い絶望に染まった声音。


「あああああ!」


 現れたのは、一人の美少女ーーに見える少年。ツェツィーリヤ・ヘラキャットであった。


 彼は顔を悲しみに歪めて、その場に膝をついて、両腕で頭を抑えて慟哭した。

 ミロンはあはは、と苦笑いを返す。


「どおおおしてえええ! 俺の家の壁が木っ端微塵になってんだよおお!」


 ツェツィーリヤが家に帰ってきたのである。彼の背後には両腕の生えたメイド、アリアがいる。


 アリアは地面に這いつくばるツェツィーリヤに一言もかけることなく、ミロンの背後についた。


「えっと、ね」

「察しはついてるぞ。魔法の練習、うちでやったな……っ!」

「うん」

「うん、じゃねえ!」


 ツェツィーリヤは口から拳銃を取り出すと、それをネリーへと向ける。

 ネリーは無言で『命の灯(アラハ・ハール)』を発動していた。道場が更に燃えた。


「や、止めろ! てかな、俺はわかるぞ。ミロンは性格上、こんなことはしねえ。お前が唆したな、ネリー」

「ええ」

「言い訳しろよ!」


 どうやらツェツィーリヤは被害者体質のようである。叫び声と悲鳴がが非常によく似合っている。


 拳銃を何度も発砲するが、その全てが髪の壁によって阻まれる。


「無駄」

「ちっ!」

「貴方の師は、貴方に戦闘の準備には金を惜しめと教えたの?」

「い、言ってねえ。戦闘の準備には、金をかけろって言ってた」

「なら、これは必要経費よね」

「……わ、わかった」


 師匠を出されると、ツェツィーリヤは途端に弱くなる癖があった。余程、師匠のことを大切に思っているのであろう。

 しかし、同時にツェツィーリヤは師に教えられなかったのだろうか。もっとよく考えろ、と。


「ま、まあ。ミロンが魔法を覚えたなら、問題はねえ、よな? で、どうだ。いけそうか?」

「一応、使えはしたけど」


 自信なさげなミロンの隣で、ネリーが右腕を高く上げた。挙手のつもりだろう。


「兄様は魔法の才能がある。体内の魔力量が少しだけ人より多い」

「ほう。そりゃあ凄えな。見せてみろよ、ミロン」


 ツェツィーリヤのリクエストに答えて、ミロンが魔道書を開く。

 練習はしておいて損にならないだろう。


 教鞭(ネリーから正式に譲り受けた)でページを指し、振り上げた。


「『喚起(ヴィーゾフ・ザカース)』」


 緑色の魔印が刻まれたページから魔法が引き出される。が、そこには何も現れたようには見えない。


 ミロンが焦る中、ツェツィーリヤは静かに推理した。


「風、か。魔道書とは良いもん買ったな。高かっただろう。幾らくら……い」


 ツェツィーリヤが絶句する。おそらく、気が付いたのだろう。自身の報酬金全てが魔道書に注ぎ込まれたという事実に。

 見る見る顔が青ざめていく。


 ミロンは彼に同情した。

 今のミロンにできることは、せめて買い物が無駄ではなかったということを示すことのみ。


 思い切って、教鞭を眼前の虚空へと打つ。


 そして、旋風が巻き起こった。

操作(スポールト・ザカース)』によって、前進の運動能力を授けられた旋風は、確かな破壊力を伴って前へと進む。

 そこにあるのは……壁である。


「よせええええ!」


 ツェツィーリヤの断末魔を物ともせず、旋風はツェツィーリヤ家の壁をぶち抜いた。


「ミロン、止めろ! 早く!」

「ど、どうやって?」

操作(スポールト・ザカース)だ!」


 言われた通り、灰になったページを引き裂き、新たなページを用意する。裏面の白い魔印を教鞭で指し、魔法を発動した。


「自分で使用した魔法には、遠くからでも『操作(スポールト・ザカース)』を使えるわ」


 こんな時だというのに、ネリーは一切動揺もなく、説明を続行していた。

 しかし、役に立つ説明である。


 ミロンは竜巻の動きを停止させ、そして、力をどんどん内側へと収束させていく。

 やがて、風同士がお互いを消し合い、消滅した。


「焦った」

「お見事でございます、御主人様」

「ありがとう、アリア」


 アリアの言葉に多少気分を良くして、ミロンは魔道書を閉じた。教鞭をしまい、ツェツィーリヤへと向き直る。


「ごめんね?」

「……許ずぅ」


 涙目になりながら、ツェツィーリヤが言う。大変に庇護欲を誘う瞳であった。ミロンは思わず、ツェツィーリヤの頭を撫でてしまう。


 童顔眼鏡であるミロンとどう見ても美少女であるツェツィーリヤの組み合わせは、一部界隈にとっては大変なご馳走である。

 お粗末。


「あ、後な、ミロン」


 涙を袖で拭いながら、ツェツィーリヤが補足する。


「『操作(スポールト・ザカース)』は自分の肉体にも使えるぞ。例えば……」


 と、ツェツィーリヤが口内から魔道具を取り出した。それは首輪であった。それを片手に、ツェツィーリヤが魔法を行使した。


 ツェツィーリヤの右足が白く発光し、それから地面を強く踏みしめていた。


 閃光が走った。


 ツェツィーリヤはネリーの背後にいた。微かに見えた彼の目は、明らかに怒気で満ちていた。


「何でも師匠出せばいけると思うなよ!」


 今度はツェツィーリヤの右腕が発光した。


操作(スポールト・ザカース)』は、言うなれば運動エネルギーの代替品である。地面を踏む力を増加させることによって、ツェツィーリヤは高速で移動したのである。


「反省しとけ!」


 ツェツィーリヤの魔法により強化された拳が、ネリーへと振り落とされる。

 目にも見えないその拳が、ネリーを捉える。


 けれども、


「ぐあああ!」


 ダメージを受けたのは、ツェツィーリヤの方であった。拳は髪の鎧を打ち破れず、故に拳は火に焼かれた。


「魔法では、神々の死体(ホラーチャーム)にはそうそう敵わないわ」

「知ってたよ!」


 ツェツィーリヤは口から肉を取り出し、それを再度口に入れる。咀嚼しているようだ。

 焼き爛れ、ゲル状になったツェツィーリヤの拳が回復する。その生命力はまるでゾンビのようである。


「ほら、ミロン。このチョーカーやるから、練習しとけ」


 と、ツェツィーリヤが新たに口から魔道具を取り出して、ミロンへと投げた。

 確かに、『操作(スポールト・ザカース)』だけしようするならば、魔道書よりも効率的だろう。


 一々ページを指さなくとも良いし、何よりも一度使って壊れないのは大きい。


「ごくり」

「ああん? 何がごくり、だよ?」

「ツェツィーリヤの口から出たチョーカー」

「……やっぱ返せ、てめえ」


 ツェツィーリヤを無視して、ミロンは首にチョーカーをつけようとする。しかし、上手くいかない。

 何度かつけようと試みていると、アリアがつけてくれた。


「よくお似合いでございます、御主人様」


 アリアの喜色に満ちた声が、壊れ切った道場に響いた。

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