魔道書
ツェツィーリヤは不機嫌そうにミロンに告げた。
「助けたばっかですまねえな。次の任務が決定した」
「らしいね」
「できれば、お前にも来て欲しい。だから、任務が発令されるまでに、どうか魔法を覚えてくれ」
無茶苦茶なお願いである。
戦ったこともないミロンに、急に戦場に出ろと言うのだ。更には、魔法を使えるようになれ、という無茶振り付きである。
普段のミロンならば、首を横に振っていたであろう。しかし、今回ばかりはミロンにも思うところがあるらしい。
ミロンは首を縦に振った。
決意の篭ったミロンの瞳を見て、ツェツィーリヤはにやりと破顔した。そして、ミロンの肩をバンバンと何度も叩きつけた。
「おお! それだよ! お前、男だぜ、ミロン! お前ならそう答えてくれると思ってた!」
意外そうな声音とは真逆のことをツェツィーリヤが述べる。
嬉しそうなツェツィーリヤとは裏腹に、ネリーがかわいらしく小首を傾げた。
「怖くないの、兄様?」
「怖い、けどさ。でも、エヴァさんたちはもっと怖いだろうから」
知らない場所にひとりぼっちにされて、周りも化け物だらけ。ミロンは怖かった。
そして、助けられて、ミロンは嬉しかった。
それは今のエヴァチームも同様であろう。であれば、ミロンは頑張ろうと、そう思えたのである。
「ようし! ミロン。お前はネリーに魔印と道具を選んで貰え! 俺はアリアの腕を直して貰いに行く」
そう言って、ツェツィーリヤは先程ギルドから受け取った布袋をミロンへと投げた。
キャッチする。
「それで良い武器買えよ! じゃあな、行くぞアリア」
「却下します。自分の御主人様はミロン様でございます。両性類ではございません。故に、貴方には従いません」
「はあ!? 人が折角格好良い金の渡し方したのに……」
「御主人様に金銭を譲渡するのは当然かと」
「お前、どんだけミロン信者なんだよ!」
ツェツィーリヤが自身の綺麗な髪を掻き乱す。ミロンは慌てたように、アリアに言う。
「アリア。きみも腕がないと不便でしょ? 直してきて貰ったら?」
「はい」
アリアが恭しく一礼する。
彼女は改めてツェツィーリヤに向き直ると、これまた深くお辞儀した。
「御主人様が仰ってくださいましたので、貴方に従って差し上げます」
「こいつ、主人とその他の扱いの差が激しくないか?」
「いいえ、そのようなことはございません。自分は完璧なメイドかと」
自称完璧なメイドはミロンへと完璧な礼を送ると、そのままツェツィーリヤに連れて行かれてしまった。
ネリーとミロンのみが取り残される。
「さ、行くわよ」
「うん」
それから少し歩いた場所に、目的の店は存在した。活気に溢れる通りであった。
様々な露店が出ており、店員が大声で客を呼び込んでいる。ただ、ミロンには何を売っているのかよくわからなかった。
未知のものばかりである。
気にはなるが、今優先すべきは魔法である。
「ここが武器屋さんよ」
優しく微笑む女性の店員。彼女の背後には数多の武器が存在していた。
剣は大きさ毎に分けられて並べられており、その更に隣には槍。
薙刀や弓、盾やスコップなども置いてある。
品揃えは無駄に良いようだ。
「で、魔法だよね? 杖でも選ぶの?」
「違うわ。この辺りの」
ネリーが指をさした場所にあったのは、アクセサリー類であった。
指輪やピアスが所狭しと並んでいる。その種類は実に多彩。唯一共通点があるとすれば、どのアクセサリーにも似たような紋様が刻まれていることだけである。
「一番安いの、一回使って良い?」
「はい、どうぞ」
ネリーが定員に断りを入れてから、適当な指輪を手にする。
『喚起』
ネリーはじっと指輪を睨んだ後に、そう呟いた。彼女の掛け声に応じて、指輪が光を纏う。
そして、奇跡が起きた。
ネリーの眼前に、水球が現れたのだ。その水球は空中で静止して、動く気配はない。
『操作』
ネリーのその指令と同時に、水球が高速で動き始める。その水球はミロンの顔の周囲をブンブンと蠅のように飛び回る。
速度が尋常ではなかった。
ミロンの目では追いきれない程の速度である。
彼がいよいよ目を回そうとしている時、ネリーが持っていた指輪から音が聞こえた。
砕けたのである。
「……これ、買うわ」
「ありがとうございます!」
商品を壊してしまったらしく、ネリーはしゅんっと肩を落としていた。
「これが魔法よ」
「なるほど」
「魔法は、魔印を刻まれた物体の可能性を喰らって発動するの」
「ど、どういうこと?」
「……使ったら壊れるの」
わかりやすい説明がなされ、ミロンにも理解が及ぶ。指輪が砕けたのは、使用回数を超えてしまったからなのであろう。
つまり、魔法は消耗品であるということである。
「じゃあ、あんまり高いのは買えないね」
「そうでもないわ。高い方がコスパが良いもの」
「コスパ」
コストパフォーマンスの略である。
「魔印が刻まれていれば、何でも良いわ。初心者には指輪がお勧めよ」
「じゃあ、指輪にしようかな。……強い?」
「刻まれた魔印によるわ。さっきのは水の魔印」
できれば、使えるものにしたい。好戦的ではないミロンも、一応今回ばかりは戦闘に参加する必要がある。
「ああ、刻まれた魔印によって、効果が変わるんだね」
水の魔印が刻まれた道具は、水系の魔法しか使えないのだ。となれば、武器選びは重要となる。
どの魔法が刻まれた指輪を選ぶか、ミロンがうーんうーんと唸り悩んでいると、店員が笑みを強めた。
「多少値は張りますが、魔道書など如何でしょうか?」
「魔道書?」
「はい。これです」
店員が巨大な本を手渡してくる。辞書程度もある本である。
ページを開くと、一ページ毎に違う魔印が刻まれていた。
「一回使う毎に一ページ消滅しますけれど、量は多いですよ。それに、魔法の種類も沢山です」
刻まれた魔印が一ページ毎に違うということは、一ページ毎に能力が違うということを示している。
「ネリー、どう思う?」
「悪くないと思う」
「指輪も便利そうだけど、こっちにしようかな。選ぶの難しいし」
「わかったわ」
ネリーの判断で魔道書を二冊購入した。それだけでツェツィーリヤの金は全て消滅した。
ミロンは一人、表情を青くした。




