絶体絶命
絶体絶命であった。
無論、『創り者』は死なない。けれども、肉体の喪失は、死よりも辛いだろう。
ミロンはゴクリ、と喉を鳴らす。
ネリーの神々の死体は強力だ。攻防一体の凶悪なる兵器である。
だが、一方で、欠点も存在する。
「はぁはぁ」
体力の消耗。
敵との戦闘は、髪での砦を作る以上の負担をネリーにかける。
残り者の大群。
有象無象を蹴散らすだけならば、ネリーは苦もない。その筈であった。
しかし、数が多すぎる。
数千体ならばともかく、敵は数え切れないほどの大群だ。
アリアも、この戦いでは分が悪い。
彼女の怪力はかなりの戦闘能力ではあるが、あくまで一対一に限定するのならば、である。
そうして、最大の問題がミロンの存在であった。
「二人とも。ぼ、ぼくを置いていっても良いよ」
震える声で、ミロンが呟く。
そう、ミロンである。彼は露骨な足手纏いであった。彼を守りながらの戦闘ともなると、勝ち目はない。
ネリーもアリアも、逃げるだけならば可能だった。……ミロンがいなければ、だが。
「そのようなことはできません。自分はメイドですから」
「私は強い、ので」
二人はミロンを見捨てない。
そのことに、ミロンは表情を曇らせた。
怖い。
しかし、ミロンは真剣に置いていって欲しいと願っていた。
だというのに、少女たちは臨戦態勢に入っていた。
残り者たちが呻きながら、一斉に這い寄ってくる。腐臭を撒き散らし、肉の断片を零し、血液などの体液を地面に擦りつけながら。
それらはミロンたちへ向かってくる。
「燃えろ」
炎の髪が鞭のようにしなる。髪の長さは数十メートルにも達していて、一気に周囲の残り者たちを薙ぎ払う。
けれども、残り者は肉体の一部分さえ動けば事足りる。腕や足だけがミロンへと向かってくる。
その腕の一本をアリアが踏み潰す。
腕は暫く痙攣を繰り返した後、動かなくなった。
「……こういうとき、ルベル系の神々の死体が欲しくなるわ」
ネリーは初撃の勢いを失い、薙ぐような攻撃ではなく、個別に敵を燃やし始めた。近づく敵には、素早い髪が鞭として打ち据える。
アリアは近接戦に終始していた。敵を踏み潰し、蹴り潰し、徹底的に殲滅していく。潰した肉片を振り被り、投げつけていた。
圧倒的である。
しかし、効率は悪い。徐々に、敵の包囲が完璧なものとなる。
手数が足りない。
「せめて。もう少し、何かがあれば」
焦燥感に脅かされつつも、ミロンは必死に頭を動かした。彼にできることはそれくらいのことである。
そして、思考に没頭するあまり、警戒を怠った。どうせ、自分は戦えない。
その思いが油断に繋がったのだ。
足に、残り者が噛み付いた。
「あああ!」
足を振り回して、残り者を振り払おうとする。それくらいでは離れない。
足の肉が裁断される激痛。
ミロンは痛みで倒れそうになった。
その時だった。
「ちっ。頼りねぇなあ、新人」
突然、高い声が聞こえた。ミロンはその声が、天使のお迎えかと錯覚してしまう。
その考えは即座に否定される。
豪雨が降り注がれたのだ。
「ようし、命中だ」
それは発砲音。
銃声であった。
「助けに来たぜ、ネリー、そして新人ども」
声の主は遥か前方、小さな丘の上にいた。その人物は何と両手にそれぞれ一丁ずつスナイパーライフルを手にしていた。
「もう一発!」
弾丸が二発、射出される。
反動は『創り者』の肉体によって、力尽くで無視しているのだろう。微かに、姿勢がブレるだけに止まっていた。
「手数が足りねぇなあ。なら」
と、その人物はライフルを捨て、代わりに己の口内に手を突っ込んだ。
「ねえ、ネリー! あの人は誰? 凄くかわいいけど……」
「あの人は合流しようとしていた仲間よ」
ネリーが美しさを極めた『創り者』なのだとしたら、その人物はかわいらしさを極めた『創り者』であった。
黒の長髪は濡羽色である。小さく可愛らしい顔は小動物のようであり、小柄で華奢なスタイルも合わせて、深窓の令嬢のようであった。
ミニスカートからちらりと覗く足は白く美しく、また健康的である。
容姿だけ見れば、確実にかわいい女の子だと断言できる。
そう、容姿だけ見れば、だ。
「これならどうだ?」
その人物は口内から巨大なマシンガンを取り出した。マシンガンを手早く地面に設置すると、それの引き金を全力で振り絞った。
それをトリガーとして、破壊が連続した。
一秒間に、無数の死の音が木霊した。止まない破壊音に、ミロンは思わず耳を塞ぐ。
耳を塞いでなお、死の音は聞こえてくる。ミロンの目の前で、残り者が次々と倒れていく。
「凄い!」
「ええ、彼は凄腕なのよ」
「彼?」
「ええ。彼は男性よ。女って言わないでね。怒るから」
驚きで、ミロンが動きを停止させる。
突然現れた仲間は、どう見ても美少女に見える、男であった。彼は大量の重火器を操り、一気に残り者の数を減らしていく。
「ほら、後はどうにかしろよ! 俺はあくまでサポーターだからな」
嘯きながらも、自称サポーターの少年は引き金を振り絞り続ける。
ぼそり、とネリーが彼を紹介した。
「ツェツィーリヤ・ヘラキャット。サポーターとして最高峰の神々の死体を持つ男性よ」
硝煙の香りが、ミロンの鼻腔を擽った。




