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かつてゲームの大魔王  作者: 一崎
第一章 ミロン・アケディが恐れること
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怒りのメイド

 できたばかりの念願の主人を目の前で転がされて、激怒するメイドが一体。

 彼女は表情こそ変えない。


 だが、アリアの佇まいには明確な怒気が混じっていた。彼女の纏う雰囲気は、荒くれ者のそれであった。


「ブチ殺す、のでございます」


 直後、アリアが駆け始めた。

 切断された腕をまったく意に解することなく、身を低くして、驚く程の速度で前へ進む。


「うー!」


 大型残り者も、アリアの狂気と脅威に気が付いたのであろう。サイレンのような鳴き声と共に、手の巨剣を振り下ろす。


 アリアは即座に反応し、右へと跳ぶ。そして、地面に足を埋めて急ブレーキを踏んだ。

 無理矢理、前へと足を踏み出した。


 方向転換に一切の減速なし。

 どころか、アリアの全力の踏み込みは地面を蹴散らし、その代償に彼女に莫大な加速力を与えていた。


「うーうー」


 大型残り者が牽制の為に、足を振り下ろす。ミロンであれば、蟻のように容易く潰されてしまう一撃。


 しかし、激怒しているアリアにとっては、障害でも何でもなかった。


 彼女は加速しつつも、拳を固く握り締める。

 そして、振り被る。


 隻腕のメイドのたった一つしかない拳が煌めく。


 巨人の踏み付けとアリアの拳が激突した。

 嘘のような爆裂音。


「この虫けらが」


 巨人はアリアの肉体の二倍や三倍では利かない巨体を誇っている。

 それを「虫けら」と評しつつ、アリアが拳を振り抜いた。そう、振り抜けたのである。


 巨人の肉体が揺れる。足は上方へと弾き飛ばされていた。


「なっ!」


 ミロンと大型残り者が驚愕に眼を丸くした。大型残り者の無数の瞳が、一斉に動き始める。


 アリアの速度は落ちない。

 体勢を崩した残り者の足元に、とうとう辿り着いていた。


「邪魔なんだよ、このゴミがっ! ……でございます」


 無理に口調を改めようとしつつ、アリアが豪腕を振るっていた。彼女の小さく、可愛らしい手は、爆音と共に残り者の足へと命中していた。


 生まれたのは、凹。

 皮膚が容易く突き破られ、赤い肉が眼に入ってくる。ブチブチ、と筋繊維が抉られる音。

 白い骨が見えるが、それは刹那のうちにへし折られていた。


「っく」


 アリアの片腕が、肩まで足に埋もれていた。


「服が汚れたらメイドとしての示しがつきません」


 ストレスが解消されたのか、冷静な口調に戻りつつも、アリアは腕を力尽くで引き抜いた。


「ううー! うー」


 警報めいた悲鳴を、大型の残り者が上げる。

 その声はそのまま本当の警報へと成った。


 足が壊された影響で巨体が崩れ、転倒しようとしていたのである。


 ミロンは焦燥に満ちた声で悲鳴を上げた。


「御心配なく」


 巨人の腕が地面に着く。それから頭が下がってくる。

 そこに、アリアが渾身の蹴りを見舞った。


 巨人の眼球(ひし)めく頭部が粉砕された。シャンパンを開けたときのように、首元から血液が吹き散る。


 その単純な動作だけで、残り者は動きを完全に停止させた。


 かに見えた。


 頭部を失ってなお、残り者は動く。

 首からは絶えず血液を噴射しつつ、狂ったように残った方の足で地面を踏み荒らす。


 見えていないのだ。


「厄介でございますね。自分では、あれの全身を破壊するのに少し時間がかかってしまうかと」

「頭は取り敢えず潰して、視界は奪ったんだ。もう逃げた方が良いかもね。それに」


 と、ミロンは己の左目を抑える。

 紅く発光する瞳。

 それが意味するのは激痛。そして、もう一つ。


「まだ敵がいるよ。それも、多分沢山ね」

「見当たりませんが、御主人様が仰るのならばそうなのでございましょう」

「信じてくれてありがとう。ところで、ネリーは?」

「分断されて、今ではおそらく……」


 アリアが視線を向けた方へとミロンも首を向ける。そこには、もう一体の大型の残り者が存在していた。


 今、アリアが相手にしていた個体よりは小さいから気が付かなかったのだ。


「交戦中でございますね」

「うん。なら、アリア。きみはネリーを助けに行って」

「本来ならば、御主人様のお側にいたいのですが」


 主人の命令には従うしかない、とアリアがネリーの元へと走り出した。


「ごめんね」


 アリアの背を見送ってから、ミロンは呟いた。


「ぼくは弱くて、無力だ。だから、きみを助けてあげることも、守ってあげることも、殺してあげることもできないのさ」


 謝罪をするミロンの真横に、足が突き立った。


 頭がない以上、聴こえている筈はない。それなのに、ミロンは謝罪を繰り返す。そこに意味はない。


 ただのミロンの自己満足なのだから。意味がある必要もない。


「いつか、きみが救われることを、ぼくは本心から願っているよ」


 そう言い残して、ミロンはアリアの後を追った。


 ミロンが彼女に追いついたときには、既に決着が着こうとしていた。


 煤だらけ、火傷塗れのもう一体の巨人。肉は所々引き千切られ、最早どうやって立っているのかもわからない。


 それらの傷は全て、ネリーの『命の灯(アラハ・ハール)』によるものであった。


 巨人の眼前に、ネリーは腕組みをしつつ君臨していた。髪の束を椅子のようにして、優雅に座っている。


 静を極めている主人とは対照的に、残りの髪は怒涛の勢いで巨人の肉体を貪っていく。


 髪が肉を削ぎ、燃やし、焼き尽くしていく。


「あああああああ」


 巨人が悲鳴と共に、腕を振り下ろす。その腕はネリーの髪の天井によって防がれる。だけに留まらず、巨人の腕を焼却してしまった。


 灰が風に流される。


「早かったわね」


 言葉と同時に、決着がついていた。

 ネリーの髪が幾重にも束ねられて、巨大な、一本の槍となった。その槍が、上から巨人を抉りつけた。


 ミキサーにネズミでも入れたかのような惨状が完成する。流石の残り者も、もう動けまい。


「兄様。他の敵は?」

「まだいる。何処にいるのかはわからないけど」

「……下ね」


 ネリーの言葉を待っていたのだろうか。地面が鳴動する。


「まさか」


 地面から無数の腕が生えてきた。

 その数は百や千ではない。もっと上。

 周囲の地面を一帯に、腐敗した腕が出現したのである。


「まるで地獄ね」

「まるで、じゃないよ! 残り者の大群だ!」


 ミロンたちは数万の残り者たちに囲まれていた。

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