握手
「自分たち機人は、主人に仕える為に製造されます」
メイドはまるで懺悔をするかのように、両の手を組み合わせて、天に祈るようにして語る。
「しかし、自分は『欠陥品』であるからと、捨てられてしまったのです」
「そんな。どうして?」
凄惨な声音に負けて、ミロンが問い掛ける。
ミロンの言葉に頷きを返したメイドは、回想を続行する。
「自分は他の機人よりも、力が強かったのでございます。ほんの少し、ですが」
「少し?」
「何らかの要因で力を制御できません」
言われて、ミロンは思い出す。
粉々になっていたティーセット。潰された鉄製のドアノブ。砕かれた地面。
どれも全て、ただの怪力一つで行われていたのだ。
「このような悲劇が許されるでしょうか? 自分は生まれた時、楽しみにしておりました。あぁ、自分はどのようなご主人様に仕えられるのだろうか、と」
なのに、とメイドは冷たい声音で慟哭した。
「自分は壊れていると、間違っているのだ、と! そう言われて、あっさりと捨てられたのでございます」
「……」
「自分は望んで壊れていた訳ではありません。ただ一人、ご主人様にお仕えできればそれで良かったのに」
「……メイドさん」
人に仕える為に生み出された機人。だというのに、彼女はその使命すら果たせず、勝手に創られて、勝手に捨てられたのだ。
まだ見ない主人に憧れて。
ミロンは想起する。
意地でも自分たちにお茶を飲ませようとしていたメイドの姿を。
メイドはただ、本当にただお茶を飲んで欲しかっただけなのだ。
主人ではないが、お客様でも良い。せめて、誰かに奉仕したい。そういう機人の悲願を果たす為に。
「きみは、ずっと一人なの?」
「はい。製造より百年。工場から逃げ出して以来、ずっと一人でございます」
それはどれだけ辛かったのだろうか。ミロンには想像もできない。
薄暗い、オンボロの家をたった一人で管理し続ける。その無意味さと虚しさ。
人に仕えたいのに、人が現れない居たたまれなさ。
メイドが百年、何を思って生きていたのだろうか。
ふと、妊婦たちを思い出した。
同じなのだ。報われない生を続ける彼女たちは、同じなのである。
気が付けば、ミロンはまた涙していた。
美しい顔をぐちゃぐちゃにしながらも、ミロンは泣いた。
そして、そのままメイドに近づくと、彼女を優しく抱擁した。
「メイドさん。ごめんね、逃げようとして。……お茶を、淹れてくれる?」
「……良いのですか?」
「うん」
機人は涙を流せない。
悲しいときも、嬉しいときも、機械は涙を流せないのだ。
だからこそ、ミロンは泣く。
哀れな機人の為だけに、ミロンは彼女の代わりに涙した。
「ありがとうございます」
オンボロの家に戻り、テーブルに着く。
テーブルの上には、やはり壊れたティーセット。メイドの怪力によって、壊されたものであろう。
どうにか全壊は免れた、という様相のティーセットである。
「壊れているわね」
と、小さく呟きながら、ネリーがカップに口を付ける。ギザギザのカップに口が触れ、実に優雅に紅茶が喉を進んでいく。
「うん、美味しいよ!」
ミロンには紅茶の良し悪しはわからない。だが、美味しいと感じたのだ。例え、割れたカップの所為で唇を切り、紅茶に血が混じろうとも。
ミロンの言葉を聴き、メイドがニコリと微笑んだ。
機人にも、心があるのだろうか。ミロンの目には、メイドの表情が見える。心底嬉しそうな、微笑みが見える。
「ちなみに、メイドさん。きみ、名前は?」
「名前はございません。自分は製造と同時に破棄されることが決定しましたので」
「そうなんだ。何か寂しいね」
と、声音を落として、ミロンが言う。それから暫く沈黙が生まれたが、それをネリーが崩す。
「名前……兄様が付けてあげれば?」
「え? ぼく?」
「ええ」
ネリーの視線を受けて、ミロンは彼女の言いたいことを察した。現在、ミロンたちは力を欲している。
死なない為の、力。
それは神々の死体であり、また仲間でもある。
先程は、メイドの正体が不明であったから勧誘を諦めた。けれども、今は違う。
勧誘するとしたら、今しかないだろう。
ミロンは悩む。
そのような打算的な考えで、人の名を決めてしまっても良いのだろうか、と。
チラリ、とメイドの顔を伺うと、そこには冷たい表情があった。
メイドは表情とは反して、身体をウズウズと揺らしている。期待、しているのだろう。
メイドが喜ぶなら、とミロンは名前を考えることにする。
「そうだね。じゃあーー」
少女の名前を浮かべたとき、ミロンの頭には幼馴染が現れた。まだ引きずっているのだ。
咄嗟に唇はアリス、と呟きそうになる。しかし、ミロンは首を左右に振って、それを否定する。
「アリ……ア。きみの名前は、アリア。どうか、な?」
「アリア」
噛みしめるように、メイド……アリアは自分の名を呟く。何度も、何度も。
やがて、メイドが静かに頷いた。
「インプット、しました。今日から自分はアリアです。ありがとうございました」
深く、アリアがお辞儀をする。
ミロンは慌てて、両手を振り乱す。
「そ、そんな、大したこと、してないし」
「いいえ。貴方は自分を救ってくださいました」
「救ったなんて、そんな」
「後は……」
チラチラと、アリアがミロンの表情を伺う。ミロンは彼女の言いたいことを察した。
恐る恐る、といった様子で、ミロンが尋ねる。
「その、さ。ぼくでも良かったりする?」
「はい!」
アリアの言いたいこと。
それはつまり、主人についてであろう。
「じゃあ、その、ぼくのメイドになってください」
ミロンは手を差し伸べる。
アリアは恭しく、その手をそっと握る。
「はい、喜んで。……御主人様」
万感の思いが込められた御主人様という呼びかけに、ミロンは涙目になった。
ついでに、その涙目の原因に、差し出した手が握り潰されたことはまったく関係ない。




