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かつてゲームの大魔王  作者: 一崎
第一章 ミロン・アケディが恐れること
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遠い道のり

 髪の砦に守られながら、数キロ歩き続けていた。


『創り者』の肉体は強固であり、ある程度の疲労は無視できる。というよりも、そもそもそこまでの疲労を『創り者』たちは感じない。


 しかし、何事にも例外は存在するもので、ミロンはそろそろ肩で息をするようになっていた。


 ミロンが軟弱なのも原因の一つではある。けれども、一概に彼が悪いとは言い切れない。


 ミロンをガラスから守る為に展開された『命ノ灯(アラハ・ハール)』の砦。

 これの熱が、ミロンから体力を奪っているのだ。


「はぁはぁはぁ」


 文句は言えない。

 ミロンは、ネリーが善意でこの砦を作ってくれていることを知っている。その上、この髪の砦がなくなれば、ミロンはより困るだろう。


 だからこそ、口を閉じているしかない。

 額から汗が垂れてくる。それを手で拭いながら、ミロンは虚ろな目で前を目指して足を振り上げる。


 かつん、という甲高い透き通った音が、靴の下から響いた。

 ここガラス平原は、地面までがガラス製である。


 後、どれくらいで着くのか。

 と、ミロンは不安を覚える。もしかすると、永遠に辿り着かないのではなかろうか、という恐怖すらも覚える。


 その恐怖を解消する為には、後どれくらいで着くのかをネリーに尋ねれば良い。

 けれども、ミロンにはそのようなことはできない。一度訊いてしまえば、ミロンは己を抑えられなくなるだろう。


 数歩の度に、同じ質問を繰り返す機械になってしまう。

 そうなれば、ネリーは不機嫌になるに違いない。ミロンはまだネリーのことをよく知らないが、それでも自分がやられて嫌なことはしない。


 少し歩く度に、「まだー?」と訊かれるのは嫌なものだ。


 しかし、ミロンは質問の答えを得ることを諦めた訳ではない。

 質問するのが駄目ならば、質問しなければ良いのだ。無言の訴え、というものがある。


 ミロンは汗だくの顔を敢えて拭わず、疲労困憊という様子を隠さず、隣のネリーへと視線を向けた。


 ……ここまで酷い状態のぼくを見れば、きっと後どれくらいか答えてくれる筈!


 そういう期待の元、ミロンはネリーを見た。のだが、彼は逆に慌てることとなる。


「ど、どうしたの?」


 ネリーの顔色は、ミロンのものよりも酷かったのだ。

 無表情で淡々と歩いてはいるが、顔が青褪めている。額から溢れる汗の量も、ミロンの比ではない。


「少し、疲れたわ」

「少し!? 何があって、どうなってるの?」

神々の死体(ホラーチャーム)を使い過ぎた……」


 涙声でネリーが事情を語ってくれる。


「や、や休もう! ね」

「それはナンパ師の常套句」

「今そういう状況じゃないからね!」

「兄様になら……構わない」

「落ち着いて! 錯乱しているよ」


 一番ミロンが慌てていた。錯乱しつつも、ネリーの身体を支える。


「解除していいから。ごめんね、こんなに負担になるなんて知らなくて」

「解除は、しない。兄様が耐えられない、ので」

「耐えるよ。ほら、ネリー言ったでしょ? ぼくは強い眼鏡だから」


 ふふ、とネリーが力なく笑う。

 そして、そのまま彼女は意識を失った。


『創り者』も意識を失うのか、とミロンは変な部分に感心していた。


 そのような感心をしている場合で無いと、ミロンは理解していた。


「ぼくの目が痛んだということは……」


 この近くに『壊れ者』か残り者がいるということだ。それは非常に拙かった。


 ミロンにはもちろん戦う力などない。であるから、今敵に見つかれば、その先の結末は確定している。

 必ず、肉体を失う。


 それも、ミロン一人ではない。ネリーも道ずれに、である。


「それは駄目だ」


 気絶したネリーの肩に腕を回し、力尽くで持ち上げる。意識を失った肉体はあまりにも重く、ミロンは立っているのもやっとという状態になる。

 それでも、無理矢理一歩を踏み出した。


 ネリーの『命ノ灯(アラハ・ハール)』は、彼女の気絶と同時に解除されていた。

 ガラスに反射した太陽光が、ミロンの瞳を容赦なく焼き付けていく。


 ネリーの肉体を引き摺るようにして、ミロンはガラス平原を歩いていく。


「置いてはいけない、からね」


 ネリーを置いていけば、ミロンの生存率は少しだけ上昇する。だが、彼はその選択をしなかった。

 彼はネリーに恩を感じている。恩人を見捨てて生き延びることは、ミロンにはとっては考えられないことであった。


 ここで見捨てれば、必ず後悔する。

 その後悔を恐れて、ミロンは敢えてネリーと共に歩き出す。


 きぃきぃ、とネリーの足がガラスの表面を削る異音が耳に入る。不快であった。


 ネリーを半ば担いでいる状態なので、耳を塞ぐこともできはしない。歯を食いしばり、只管不快感に耐える。


 だが、五分もしないうちに、ミロンの肉体には一時的な限界が訪れていた。

 ネリーを落とし、自身の肉体の制御も失う。その場に、音を立てて崩れ落ちる。


「誰か。何か……助けて」


 救いを求めて、ミロンは微かに首を動かした。そして、発見する。


 ガラスの雨の向こうにある、ガラスではない何かを。


 そこは丁度、ガラス平原の果てであった。


「土、だ」


 ガラス以外のものを久しぶりに見る。

 喜びで口元が緩む。


「それに、家まで」


 ガラス平原の果て。

 そこには土があり、また家すらもあった。たった一軒の木造住宅。けれども、今のミロンにとって、そのオンボロの家はまるで天使の住む宮殿のように見える。


「やった」


 心の底からミロンはそう呟いた。

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