ガラス平原
空がある。
見渡す限り、深く澄んだ青色。そこにアクセントとして、純白の雲が漂っている。
太陽は眩く照り輝き、ミロンたちを静かに見つめている。
その大空の下をミロンたちは歩いていた。
ドーム内では考えられなかった程の開放感がある。
しかし、ミロンの表情は曇っていた。開放感とは無縁そうな陰鬱な顔である。彼が見つめるのは、一見美しい筈の大空である。
「ねえ、ネリー」
「何かしら?」
「この景色は何?」
ただの空ではなかった。
空を覆うのは一面の青。だが、今日の天気は晴れなどではない。
今日の天気は……ガラスである。
「どうしてガラスが降ってきているのさ!」
空からは絶えず、ガラス片が降ってきていた。砕けに砕けたガラス片は、ギリギリ視認できる程の大きさしかない。
そのガラスが太陽光を反射して、七色の閃光を迸らせている。その光景は美しいとも言えた。
青空を無数のガラス越しに見ると、何とも幻想的な光景へと変貌していた。
けれども、当然、それだけではない。
ミロンの目が焼ける。太陽光が何度も反射され、ミロンの目を焦がすのである。彼は眼鏡を外して、その上、目まで閉じている。
だというのに、目が潰れそうな程痛かった。
「兄様は軟弱ね。『命ノ灯』」
仕方がない、という溜息と共に、ネリーが髪の傘を生み出した。それは三百六十度、全方位を守護する要塞となった。
蒸すような熱気に、ミロンが顔をしかめると、僅かに隙間が開けられた。
「というか、きみは大丈夫だったの? ぼくなんて、ガラスを吸い込んだせいで、凄くマズイことになってるんだけど」
『創り者』の肉体は頑強である。故に、ガラスを飲み込んだ程度で殆ど傷付かない。筈なのだが、ミロンの唇からは僅かに血液が垂れていた。
「うん。私は強いから」
と、ネリーは胸を張る。
ミロンもそれには大いに同意するが、思わず漏れる溜息を止められない。『創り者』とは、自分以外全員、このような人外なのだろうかと考えると、もう呆れるしかなかったのだ。
「で、合流する仲間は何処にいるの?」
「もう少し先よ。あ、見て兄様」
無表情でネリーが近くの木を指差した。髪の砦の僅かな隙間から木々が垣間見える。
「あ」
その木は普通の木ではなかった。何と、ガラスでできていたのだ。
薄いブラウンのガラスが幹となっており、エメラルドのガラスが葉っぱ代わりになっている。
透明の木には、視線を奪い去る程の美麗さが存在した。吸い寄せられるように、ミロンは木に見入る。
「ここは何なの?」
「ここはガラス平原。全てがガラスでできている場所よ」
ファンタジーである。
この世界は残酷で醜いことばかりではないのかと、ミロンが少しだけ安堵する。
その時であった。
ミロンが安堵することを咎めるかのように、潰した目が痛み始めたのである。
「っつ!」
「もしかしたら、その目は知覚系なのかもしれない」
「知覚、系?」
目の痛みを堪えながら、ミロンは訊き返す。すると、ネリーはうん、と頷きを返してくれる。
「知覚と叡智を司る神……マナの瞳かもしれない」
「どうしてそう思うの?」
「兄様の瞳は今の所、敵襲の時に傷んでいるわ。ので」
「なるほどね」
それが事実だというのならば、この痛みこそが能力の正体なのであろうか。
敵の接近を知らせる瞳。便利ではあるが、地味である。その上、この痛みでミロンは碌に動けなくなる。
「瞳が潰れているから、きちんと能力が発揮できていないのかもしれない」
「でも、もうどうしようもないよ?」
「いいえ。『創り者』の肉体は簡単に回復するわ」
「目が治るの?」
「ええ。死体を食べれば良いのよ」
「死体を食べるだって!?」
「ええ」
当然のことのように、ネリーは断言した。更に、
「異形系の残り者でも構わないけど、一番回復できるのは人タイプね」
「ど、どうして食べると回復するの?」
「私たちは『創り者』だもの」
ミロンには、ネリーの理論が理解できない。しかし、彼女はまるで当然の、当たり前のことを言うかのようだった。
だから彼は反論できなかった。
黙って、首を左右に振るう。
「それは食べたくないや」
「どうして? 目が潰れていたら不便よ?」
それはミロン自身が一番理解している。けれども、彼が目を潰したのには理由があるのだ。
謎の激痛から逃れる為。
現に、最初のときと今とでは、痛みに雲泥の差がある。目を潰したからなのかは不明だが。
その痛みを生み出す目を、人の死体を食べてまで治そうとは思えなかった。
「止めとく。どうしても必要なときは考えるけど」
「そう。無理強いはしないわ」
ネリーは優し気にそれだけ言うと、前へ進み始めた。髪の砦に触れれば火傷してしまうので、ミロンも慌てて歩き始めた。
地面までガラスでできているのであろう。ツルツルとした感触を足で感じながら、ミロンは歩く。
どうか何もありませんように、と願いながら。




