二部
途方もなく歩いていると、私の頭上にとんでもないものが現れた。
これは!
なんと!!
彼女だ!!!
私の頭上には巨大な看板がそびえ立っていた。
下ばかり見て歩いていたので気が付かなかった。
その看板の中に、彼女がいた。
あの日と同じ微笑みで。
信じられないことに、彼女は人間界では超有名な歌姫だったのだ。
私は、なんという人に恋をしてしまったんだ。
しかし諦めたくない。なんとしてでも彼女に会いたい。会って気持ちを伝えたい。
だが。
ああ。どうすればいいのか。
そこへ一人の人間の少女が近付いてきた。
「悲しそうな顔。どうしたの?」
私は絶望ついでに、彼女に話した。
筆談で。
私が実は人魚であること。私の生い立ちのことも。
「まあ、なんて孤独な人生」
(いいえ、私は孤独ではありませんでしたよ。
男は私一人でしたが、周りには女が腐るほどいましたから。ハーレムというやつですよ)
「いいえ、あなたは集団の中にいながら、孤独だったのよ」
そうなのだろうか。
考えた事もなかった。
(ところで、君はどうして私に話しかけてくれたんですか?
見ず知らずの男に)
「だって、あなたが泣いていたから」
私は涙を流してはいなかった。
なのにどうして。
(泣いていた?)
「あなたの心が」
(わかったぞ、お前は魔女だ!私の心を読んだな?)
「まあ!なんて酷い事を言うの、あなたは」
少女はそう叫ぶと、泣きながら走り去っていってしまった。
悪い事をした。
あんな可愛らしい少女が、魔女のはずはないのに。
私はさっき少女に言った事を後悔した。
後悔。
そうか、やはり後悔だ。
私はあの時、声と引き換えに脚を貰った事を今、後悔しかけているのだ。
どうしようもない初恋。
手に入らないと悟った途端に、後悔の波が押し寄せてくる。
とんでもない選択をしてしまった。
熱い想いに任せて、後先考えずに私は私の全てを捨ててしまった。
ケンタウロスは鱗とヒレを欲しがっていたが、それを手に入れた後で、やはり後悔しただろうか。
やめておけ。
私は今、後悔しているぞ。
私はあの魔女を探す為に、海岸へと引き返した。
元に戻してくれ。
彼女が手に入らないのでは、この人間界に生きている意味はない。
元の人魚の国へ帰りたい。
それから、そうだ名前だ。
名前を返して欲しい。あなたはどうして名前まで奪ったのだ。
どこにいる!
出て来てくれ!!
しかし声を奪われた私の叫びは、魔女に届くはずもなかった。
涙を流しながら海岸を見渡していると、さっきの少女がこちらにやってくるではないか。
「ほうら。やっぱり泣いてるじゃない」
(今は泣いてるけれど、さっきは泣いてはいなかったよ)
………。
(いや、そんなことはどうでもいいんだ。
さっきはごめんよ。私は君に酷い事を言ったね。
本当にごめん)
「いいのよ」
少女はにっこりと微笑んだ。
私も微笑み返す。
「名前がなくても、あなたはあなた。
そうでしょう?
声が出なくても話ができるように。
名前がなくたって、あなたは涙を流せる。そうやって微笑む事もできる。
それが、あなたよ。ちがう?」
また、涙が溢れた。
(君、裸足だね)
私は涙をごまかす為にうつむき、そう言った。
さっき会ったときも裸足だったろうか。
「あなたもね」
私達は手をとりあい、砂浜を歩き出す。
(ケンタウロスの所へ行ってみようか)
「どうして?」
(なんせ彼らは、靴の生産量が人間の二倍だそうだから。きっと君に似合う綺麗な靴が見つかるよ)
例の、かつて陸に上がった人魚は、きっと幸せに暮らしているんだと思う。この地上のどこかで。
そうだ、彼らにあったら教えてあげよう。
小人には、与えてばかりじゃなく貰うことも覚えなければならないことを。
ケンタウロスには、周りが変わるのを待つのではなく、自分達が変わろうとするのも必要だということを。
そして。
小人が、私に服をくれたように。
ケンタウロスが、靴の生産量の話をしてくれたように。
私も彼女に、何かをあげたい。
そう思った。
「そうだ!私があなたの名前を考えてあげてもいいわよ」
また、笑った。




