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もらいものの座敷童

先日奥州へ温泉に浸かりに行ってきたという知人から、お土産にと包みをもらった。

家に持って帰って、どれどれと開けてみると、結構な値のしそうな染物の風呂敷に包んであった桐の箱に、これまた木製の箱が収めてあったのだった。


一緒にはさんであった封書に気づいてその中身を見てみたところ、なるほど、かなりこれはありがたい贈り物であったことが分かった。


ぬえという妖怪がいる。

きいん、とすごく澄んだかくも美しい鳴き声で鳴く妖怪なのだが、その美しさのあまり、人間が聞くと狂ってしまうほどである。


その鵺が一生に一度、変声期で声変わりするときにだけこぼれ落とすという、希少な言霊「鳴き鵺」の妖石、「鵺のアルト」。


それを職人が気が遠くなるほど長い年月をかけて加工して作り出される、本当に一級品の宝具「常闇のオルゴール」がこれなのである。


オルゴールが好きなぼくは、もうここ60年くらいほしいなほしいなと思って手が出せずにいたのであるが、まさかこんなものをお土産にもらえるなんて夢にも思わなかった。


さっそくドキドキしながらその樹齢二千年の樹から削り出したというオルゴールの箱の蓋を開けると、うっとりするような金属音の歌声が部屋中に響き渡った。

星空に花火をちりばめたような、砂利道の砂利がすべて宝石であるような。


そんなあるはずのない夢のようなものが、歌になって目の前に飛び出してきたような錯覚。


こんな美しい声があるのか、とぼくはうっとりと目を閉じて聞き惚れてしまっていた。




……ぺしぺしと頭をなんか叩かれてることに気づくまでは。


「ねー。ねー。おなかすいたけど」


「……」

……あ?


「ねえねえ、聞いてるのって聞いてるんだけど」


……あ?


世にも美しい鵺の旋律が部屋中に満ち満ちた中で、そういえば全く変哲もなくなんか知らない子どもがけろりとしている。


黒くツヤのある髪を男だか女だか分からないなんとも微妙な位置でぱっつんと切りそろえ、黒地に紫陽花柄の着物を身に纏っている。赤い帯をまいて、その帯に一つだけ金の櫛をさしている。


で、誰コレ……?


そのうえぼくの部屋は一人しかおらず、周囲一キロ以内は〈縄張りの呪〉でもって囲ってある。

鵺の歌を聞いて平然としていられる時点で人外のものなのは

間違いないが、かといってこの部屋に無断で立ち入ることができるものはかなり限られてくるはずだ。


……となると。


「君、誰?」


とりあえず本人に聞いて見た方が早そうだった。


「おりょ? 怖がらないの? いきなりサチがここにおっても、動じないの? ヌシ様何気に大物?」


「……ヌシ?」


「うん。サチはヌシ様にもらわれてきたから、ヌシ様がサチのヌシ様なんだよ?」


「……はぁ」


「最初はね、お山の山神様のヌシ様の元で、立派な立派な木のうろで生まれたんだよ。そこで二千年くらい遊んでたんだけど、ヌシ様が人間に狩られてしまわれて、サチの木も切られちゃったの。」


「ほほぉ」


「それで、そのうろの節目のなかに隠れて、なんかずいぶん長いこと怖くて震えてたんだけど、さっきからちょっと懐かしいにおいがしてた気がしたの。で、ああこれは、お山のにおいだ、って思って、ヌシ様に会いにでてきたの!!」


「ふうん」

ガキに説明を求めたからよく分からんのは当たり前だったか。

何となーく分かったような分からんようなだが、こいつはまあ、あれだ。

『樹の子』と呼ばれる木の精だ。


やたらに山が拓かれるようになってから、人間は山神を密かに殺している。神罰を受けるのは嫌なんだろうな。

それで、住処を追われたこいつは、多分何百年かは古い民家にでも使われていたんじゃないか。木材として。


それで、誰か“視えてしまう”体質の子どもとかに、そこの大人が「なんか子どもがいるよ」とか言われて、とたんに「座敷童さまがおられました!!」と、担ぎ上げられて祀られちまったとか、まあそんなとこだろう。


実際『樹の子』が座敷童になるのと、生まれることはできなかったが、そこの家の子どもの魂が家を守ろうと座敷童になるのとがほとんど半々らしいし、レアなケースではないが。

まあ、気の毒なこったな。


「……で、その元樹の子のサチがなんでここにいんだよ」

「あ、そこはわかってくれなかったのね……」


意外とすんなり受け入れてもらえたような嬉しそうな顔をしていた座敷童は、ふにゃんとがっくりした顔になった。


「サチがここに出てこれたのはヌシ様がこの箱の蓋を開けたからだよ?」


と、座敷童はひょい、と卓の上の木箱を指で指した。


「ん? だってこれ、あれだぞ。さっき猫又のまたきっつぁんが

お土産に持ってきてくれた『常闇のオルゴール』だぞ?」


「? うん。ほら、ここ」


座敷童はさも当然と言うように、オルゴールの木箱の蓋の裏側を開けて見せた。

「ね、ここが、サチのうろのお節ー♪」


「…………」


っあー。

またきっつぁんこりゃああれか。

そういや去年の今頃もよく分からん“雪女”連れてきて、「行く当てがないらしいから一晩だけ泊めてやってくれ」とか言ってきたような。


それで仕方なく一晩だけ飯と宿を恵んでやったら、なんか最初ものすごく不服そうにしてやがったあれ。

そういえばまたきっつぁんが連れてきたような。


と、そこまで考えて、はっと旧知のおっさんの大きすぎるお世話に思い至る。


「あんの縁談オヤジ……」


はあぁ、と思わず大きくため息をついて、チラリと座敷童を見やる。

「?」 と首をかしげながら、ちょこんと正座をして座っている。っていうか居座る気でいる。


……座敷童を追い出すと家が滅ぶ。

ついでに言うなら、座敷童に出ていかれても破滅するっていうのはもはや人間でも知ってる常識だ。


「ちくしょう、一杯くわされた……」

なんだかやるせなくて溢れ出す涙が止まらない。


なんでそんな気ぃ使うの!?

いらないよ!! むしろ普通にオルゴールだったらただただ嬉しかったのに!! 逃げ場無くすとか手が混んでき過ぎだよまたきっつぁん!!?


さめざめと悲しみに浸っている犬神を不思議そうに見つめていた座敷童のサチは、キョトンとして犬神の方をぽむぽむと叩いた。


「おなかすいたぞヌシ様?」


「お〜いおいおいおい」

泣けてきた。

割と本気で泣けてきた。


仕方なく涙ながらに立ち上がって、食料棚を開けて見て、はた、と思い当たってぼくはビタリと動きを止めた。

……そっか。


「うー? どうしたのヌシ様ー?」


……そりゃあそうだったわ。

朝晩帰ってきたら珈琲が主食の犬神の“食料棚”に、“食料”なんてそもそもあるわけなかった。


……子どもって珈琲飲めたっけ。


「うー? ねーねーおなかすいたヌシ様あ」


……ていうか食ってそもそもなんだ?

だめだ。ぼくだけならなんとかなっちゃってたけど、根本的になんか違う気がする。


はぁ、とまたもや大きなため息をついて、ぼくはポケットから携帯を取り出した。

あんまりない登録アドレスの中から、一番分かってくれそうで料理とかできそうなイメージのやつに電話をかけてみることにする。


プルルルル……

プルルルル……

ピッ。


「あ、もしもし、こだまか? 空羅ですけど、ちょっと聞きたいんだけどいいかな。 あ、ありがと。 子どもっていくつくらいからミルクとか離乳食とか、普通のもの食えるとか、こだま分かったりしないかな?」


ブツン!!


「あれ。切られた?」

なんだ? まあ年末だし、ちょっと間が悪かったのかなあ?


「ぬーしーさーまーあー」

「んああ、わーったわーった。適当に食パン買ってきてフレンチトーストでも作ってあげるからちょっと待ってなさい」


「ふおおおお!? ふれんちとおすと!!? なにソレ、ヌシ様何者!?」

「……食材さえありゃ料理くらいできんだよ」

「じゃあなんでないのー?」

「食いたいのか食われたいのか……?」

「ひいっ 食べたいですヌシ様ゴメンナサイ!!!」


やれやれ、とぼくはコートと財布を手に、玄関で靴を履いた。

まあ、ちょっとくらい賑やかなのも悪くないのか?


フフン、犬神にもヤキがまわるのかもな。


と、自嘲気味に犬神は玄関の戸を開けた。

犬神はそして凍りついた。


真っ赤に腫らした目で大量のビニール袋とでかいリュックサックを持って、殺意のジト目で頑と仁王立ちしていた『送り犬』のこだまが、そこで突っ立っていた。


「…………ぇ?」


犬神の苦悩は、果てもなくまだ続くっぽかった。

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