件の予言
日本の西の外れで件が生まれたと、この間風の噂に聞いた。
ほとんどの奴らはその産声にあたるかの有名な「件のお告げ」を聞きに、その何とかいう村の牛舎へすし詰めになりに行ったらしいが、ぼかぁ別に行く気が起きなかったので行かなかった。
いつも通りに仕事をして、適当に食べて、適度に寝て、夜気から昔よりも随分と薄くなってしまった神気を吸ったりしていた。
もうすぐ一人暮らしをするので、ちょっとウキウキしたりしているというのも大きい。
ベッドなんかいらないから、ハンモックで寝ようとか。
日当たりは気にしないけど、静かで近くに星の見える公園とかあるといいな、とか。
けっこうほくほくしていたりした。
だから、件のことなんかすっかり忘れていた。
いや、もう最初っからアウトオブ眼中だった。
だから、件が言ったその「お告げ」がなんだったのか、知らぬうちにぼくは最後の月が終わるのをまったりと過ごしていた。
件とは牛の身体にヒトの頭を持った、半人半妖である。
生まれてから間も無く、ヒトの言葉で何事かをしゃべくるが、それは何故だか絶対に現実になるのだという。
まあ、その直後に死んでしまうのだから、よくは分からない妖怪なのではあるが、その件め、なんか余計なことを言いやがったらしい。
『東方に犬神がいる。この者が近いうちにメスをつがいにするが、そのメスは子を宿さない。代わりに宿すであろうモノが、再び常夜の闇を創るであろう』
「って、消え入りそうな弱々しい声で、でも確かにはっきり言ったんだよ。間違いねえ!!」
「あぁ、そうかい」
と、まあそのせいで、昼間っからウチの店に押し寄せてきた和菓子屋のオヤジがぼくをとっ捕まえてクダを巻き始めるんだから困ったもんだ。
はす向かいの和菓子屋「ののむら」。
そこのオヤジのこいつ野々村 半月、なにを隠そう小豆とぎである。
「で、俺たちの時代を取り戻してくれるってえその聖母様はどんな娘なんだぃ?」
そんでもってものすごく下世話だ。
「知らねえですよ。そんなんいるんだったらむしろ紹介しろくださいませお帰りください二度と来んな」
「……君、敬語って知ってる?」
「バカとハサミは使いようですんで。敬語もバカには使わねえでしょ敬わねーし。ハサミなら正しく使って微塵切ってあげますケド?」
「空羅くん!!? お客様に向かってなにを言ってんの!?」
ヒュンヒュンと不機嫌そうに、どうせ死にはしない同類に対して心底鬼畜にハサミを弄びつつ殺意を放ってくる犬神を、改めて目の当たりにした小豆とぎは、慌てふためく店長をものすごく不憫な目で生あったかく見つめてから、
「ああ……件のお告げはとりあえず外れなさそうなことだけ確信したわ」
と、残念なほどに人間臭い顔で呟いてしまったそうな。