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落日の音  作者: もぃもぃ
9/22

八.

「……吹けない」

懐にしまっていた笛から唇をはなし、息をはいた。

笛の音がでないことに、知らずわずかに安堵しながら。



「こちらにおられたのですか」

落ち葉を踏む乾いた音と、すでに聞きなれた侍医の、穏やかな声に振り向いた。

「ごめんなさい、もうそんな時間だったのね」

音をだすことに夢中になっていたらしい。石畳にはすっかり茜色が差していた。



「……キールド様のお笛でございますか」

問われた、にわかには信じがたい言葉に、息をのんだ。

「なぜ、それを」



「――――わたしも、七年前の政変を逃れて参りました」

 

 

 枯れ葉が、音もなく地に、触れた。




「ときは、次々とわたしを、わたしたちを翻弄します」

そう言って、穏やかな声を老いた手に落とした。



「後悔を置き去りにしてなお、償いすら、赦されることはかなわず」

入り日はなお濃く、木々の枝に色を落とす。



 


 ――ラヴェンナ、ぼくはもう





「――……喪われたかたもまた、そうだったのではありませんか」




 

 吹かないよ。かなしみの笛しか――――



 胸元の笛を、強く、にぎる。

胸が、くるしい。

赦されないというのならば、わたしのほうだ。

愚かであったのは、わたしだ。


「……なぜ。なぜですか。わたしをそれほどまでに、心配なさるのは」

――あのひとも。


「――わたしが」



*** *** ***



「なぜ、なぜっ……! このようなものを、わたしに」

突如として、視界が真っ赤に明滅する。

顔をおおう。

息をつめる。

はてのない、静けさに言葉をうしなう。

かなしみは、そそいでなお、戯れに零れ落ちる。

音は、いたみに沈む。

熱は、甘露に染まる。



「――――望んだのは、そなただけではないからだ」



ちがう。愚かな望みかたをしたのは、わたしだ。

「こわしたのは、わたしです」



 

 あの輝きを、あこがれを

 ぬくもりを、光を









熱に、染まってしまったから。





*** *** ***



「――わたしが」

――――これ以上は言葉をのんだ。

事実を言ってしまってはもう、戻ることはできない気がするから。


恐ろしいことなど、ない。

恐れていることは、ここにはない。


だって音はもう、きこえない。


とおく思い出の、あの日から。

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