八.
「……吹けない」
懐にしまっていた笛から唇をはなし、息をはいた。
笛の音がでないことに、知らずわずかに安堵しながら。
「こちらにおられたのですか」
落ち葉を踏む乾いた音と、すでに聞きなれた侍医の、穏やかな声に振り向いた。
「ごめんなさい、もうそんな時間だったのね」
音をだすことに夢中になっていたらしい。石畳にはすっかり茜色が差していた。
「……キールド様のお笛でございますか」
問われた、にわかには信じがたい言葉に、息をのんだ。
「なぜ、それを」
「――――わたしも、七年前の政変を逃れて参りました」
枯れ葉が、音もなく地に、触れた。
「ときは、次々とわたしを、わたしたちを翻弄します」
そう言って、穏やかな声を老いた手に落とした。
「後悔を置き去りにしてなお、償いすら、赦されることはかなわず」
入り日はなお濃く、木々の枝に色を落とす。
――ラヴェンナ、ぼくはもう
「――……喪われたかたもまた、そうだったのではありませんか」
吹かないよ。かなしみの笛しか――――
胸元の笛を、強く、にぎる。
胸が、くるしい。
赦されないというのならば、わたしのほうだ。
愚かであったのは、わたしだ。
「……なぜ。なぜですか。わたしをそれほどまでに、心配なさるのは」
――あのひとも。
「――わたしが」
*** *** ***
「なぜ、なぜっ……! このようなものを、わたしに」
突如として、視界が真っ赤に明滅する。
顔をおおう。
息をつめる。
涯のない、静けさに言葉をうしなう。
かなしみは、そそいでなお、戯れに零れ落ちる。
音は、いたみに沈む。
熱は、甘露に染まる。
「――――望んだのは、そなただけではないからだ」
ちがう。愚かな望みかたをしたのは、わたしだ。
「こわしたのは、わたしです」
あの輝きを、あこがれを
ぬくもりを、光を
熱に、染まってしまったから。
*** *** ***
「――わたしが」
――――これ以上は言葉をのんだ。
事実を言ってしまってはもう、戻ることはできない気がするから。
恐ろしいことなど、ない。
恐れていることは、ここにはない。
だって音はもう、きこえない。
とおく思い出の、あの日から。