六.
わたしの過ごす室にはいくつかのリボン刺繍がされた装飾品や小物が置いてあった。ほかにも、久しく目にしていない綺羅な宝飾や調度品がしつらえてあり、南に面した室の窓からの日差しにまぶしく映されている。
近くにある宝飾箱のひとつを、手にとった。質感をたしかめるように、ゆっくりとリボンによって刺繍された撫子の花をなぞった。晩秋にあってめずらしい日和に、撫子の薄紅が淡く光る。
思わず、といったほうがよいだろうか。思わず、ふれてしまった。もう随分と刺繍などしていない。秋のちいさな輝きを体現したようなあたたかな色合いに、人知れず顔がほころんだ。
むかしは、刺繍をよくしたものだった。母に教わりながら、たどたどしい手つきで。それほど得手ではなかったから、刺繍をしているときは、『むずかしいお顔をなさっているわよ』と、そのたびに微笑を返された。それでも、よく刺繍をした。上達して、見てほしいと思うひとが、いたから。
髪を結ぶためのリボンにも、刺繍をしたことがあった。とても上手くできて、気に入って使っていたけれどすぐに失くしてしまった。
予兆だったのだろうか。
わかっていたのだろうか。
リボンを失くしたことに気づいたとき、城は、一度目の、狂気の血に染まった。
「――――もうすぐだ」
声が、怜悧に空気を裂いた。
乾く
ひどく
なにが?
そのひとが手にしていたのは、笛だった。
あなたが、奏でた。