四.
これ以上は身体が冷えると言われ、横抱きにされて室に向かった。
肌に触れた刹那に、ほんのわずかに感じたような疑問は、けれどそれと認識する間もなく霧散した。
遠ざかる庭園から城の北側の窓に見える湖に、ぼんやりと目を移した。西日に湖畔の木々が照らされ、水面に濃い晩秋の影を落としていた。国境とはいえ、故国から二日移動しただけとは思えぬほど、目にした土地は開けた眺めだった。長きに渡って戦争の絶えなかった故国の王城は、遥か眼下に城下を望んだものであったのに。
湖を城のこれほど間近に見ることができるなど、驚いた。地平はどこまでも穏やかであるように感じられた。
「――今少し、ひと月ほどこちらで過ごす。雪が降りはじめたならこちらからは離れる」
唐突に頭上から声が降った。
「……こちらからは、もう城は見えないのですね」
声には答えず、窓を見つめたまま呟いた。
ついこの間まで国の境界であった湖の奥の深い森は、多くを遮る。故国の城も、熱も、温もりも、光も。
「案ずることはない」
いつの間にか歩みを止めていた声のほうを、今度は顔を上げて見つめた。
――気休めなのだろうか。わたしに構うことなどないのに。それに、なぜわたしに……
「お方様」
若い女の声がした。それが室付きの侍女で、なおかつわたしを呼んでいるのだと気づくまでにわずかに間を要した。
「侍医がお室に参っております」
そういえば、あの穏やかな声のひともわたしの身を案じていた。
思わず顔がゆがむ。
なにを心配することがあるというのだろう。
「心配事など、なにもありません」
だってわたしが恐ろしいことは、この国にはないのだから。