表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落日の音  作者: もぃもぃ
15/22

十四.〈蹟.三〉

 一部、『十.』の冒頭に対応しています。

 君が言った言葉を、こんなかたちで君に返さなければならないなんて。

 ぼくは、なんと慮外なのだろう。なんと傲慢なのだろう。


*** *** ***


 深い茜色が湖面にきらめきをまぶしている。

それは空をもうひとつ見つめているようだ。

青年はひとり湖畔で、笛を吹いていた。


「なぜいつもこの場所で笛を奏でる」

今しがた言い争った声の主に、振り返らずに青年は答えた。

「あの子に、届くように。いいや、届いてほしくはないかも知れない」

「……なぜ」

「ぼくが鎮魂の笛しか吹かないことを、あの子は知っているから。ぼくの笛の音が聴こえることを、きっと恐れている」

 青年は笛に目を落とした。


「……さっきは、済まなかった。シュライゼ」

「――いや。気にしていない」

「こんな穏やかな国に、争いがあるなんて。幼い頃から、ずっとこの国は平和なのだと思っていた」

「穏やかであるのは、景色だけだ。人の心は、荒れる」

「ぼくはなにも知らなかった。君は、手にしたかったんだね。争いのない国を」

「そうだ。だが。わからない、未だに。正しかったのか。もう、五年も前の話なのに」

「ぼくがここに逃れて来て、もう四年だ。ここに来なければ、ぼくはこんなにも平静では暮らせなかった」


青年は、穏やかさを慎ましくたたえる湖に目を戻した。


「ぼくは、君のなにを見てきたのだろうか。こんなにも、ともにいて。父のこともなにもわからなかった。政変を起こすほど、あの国がほしかったなど」

「近くにいても、わからないことばかりだ。わたしの父も母も兄弟も、心は通わない」

「……生きて、いるのに」

「そうだ。心があれほど通わなくて、ともに暮らす意味はない」

「君は、排除しなければならなかった。腐敗を」

「あれ以上争って、戦いにでもなれば。そのように無益なことはない」

「だから、家族を、臣を追放した」

「……人を殺さずとも、人の心は死ぬ。人が生きずとも、人は心に生きる」



「……シュライゼ」

湖面に風が吹き抜ける。

青年は湖をひたと見つめる。

濃い茜色が、青年の瞳を染める。

「君は、正しい」

青年は湖を見つめ続ける。

「シュライゼ」

彼は手の内の笛を、握りしめる。

「ぼくはあの地にかえるよ。この音を、終わらせるために」

風が、青年の髪をなでる。

「あの子はきっと、ずっとあの日から恐れていただろう」

「恐れている、というのは?」

「鎮魂の音が聴こえること。鎮魂の音が聴こえないこと」



 青年はふたたび笛を構えた。

音は、湖面を渡り、風に乗り、森を伝う。

茜色の湖水をすべる。

湖面に落した葉陰がゆれる。

入り日は濃く、濃く、落葉を染める。

けれど湖水はきらめく。

澄んだ音を、光とするように。

湖水の茜が、一層のかがやきを帯びる。

光が、笛を照らす。

音が、落日に染まる。

落日に、音がつつまれる。

青年は、目を、閉じる。



*** *** ***


 済まない。シュライゼ。

いまぼくは、どんな顔をしているだろう。

君の国に来たときとは、違う顔をしているだろうか。

また恐れを抱き、憎しみを抱いているだろうか。だけど。ただひとつ、この胸にあるものを、叶える。

いまはただもう、そのことしかない。


 ずっと、忘れられない。君の、かなしみに満ちた姿を。

ずっと忘れられないのに、わかっているのに、ぼくは、君に願ってしまう。

どうか叶えてほしい。君が望んだ国があるように。

ぼくが、またひとつ君の失うものになるとしても。

争いが、いつまでも果てないのなら。

父があの子を苦しめるなら。


あの子を救う道は閉ざされてしまった。

祖国の再建を誓った仲間を喪ってしまった。

この地に戻ってからの三年の月日は、水泡と帰した。

君に頼むしかないんだ。どうかもう。終わりにしてほしい。君が、終らせてほしい。

 


『人が生きずとも、人は心に生きる』

君のこの言葉を君に返すぼくは、赦されるべきではない。




 シュライゼ、ぼくはあの子に、なにも伝えていない。あの日からずっと。

だから笛にこめる。

笛をあの子に渡してほしい。

託す笛は、君の来訪を、待つ。

これは成し遂げられなければならない。

ぼくは父を討つ。

城を崩してくれ。

あの子を頼む。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ