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落日の音  作者: もぃもぃ
14/22

十三.〈蹟.二〉



 泣いていたあの子の頬は、あたたかかった。



*** *** ***

*** *** ***


『なんと、無茶なことを……』

『確証が欲しかった』

『それにいたしましても。お方様は、身重でいらっしゃるのですよ』

『……その通りだ。ただ』

『そのようなお顔を、なさいますな』


『――……うしなったものは、もどっては参りませぬ。陛下』


『キールド様は、いつも。あなた様の、おそばに』



 ぼんやりとした霞のなかで、瞳が痛みに伏せられたように見えた。


*** *** ***

*** *** ***



 親愛なる――

 


 君の名を書くのは、きっとこれが初めてだろうね。

 君とみたあの湖は、いまでもきっと穏やかなのだろう。


 親愛なる シュライゼ




 君は覚えているだろうか。

初めて会ったときの、ぼくの顔を。いまぼくは、あのときと同じ顔をしているだろうか。

 

 もうどれほど君の国で、ぼくは君と月日を過ごしただろう。

いや、四年という月日は、そんなに長くはないのかも知れない。

なぜこんなに、やさしく感じるのだろう。君と過ごした日々を。

決して、楽しいものではなかったはずなのに。そしてそれは君も、同じだったはずだ。



 君の国に初めて来たとき、なんて穏やかで平和な国に来たことだろうかと(いや、そんなことはわかっていたはずなのに)、そう、なんて穏やかな国に来たものかと、ぼくはなかば君を憎んだ。

君の抱える苦しみをなにも知らぬまま。


 


 もう書くまでも、ないだろうけれど。

ぼくは、古くから争いの絶えない国に生まれた。

ぼくのごく幼い頃を最後に戦争は終ったけれど、城の堅牢な石壁は、いつも冷たかった。

それからは静かに、ただ静かに時は流れていった。



 だけどあるとき、その静寂を打ち破る光が生まれたんだ。

ぼくにとっては、それは光だった。

その光を初めてみたとき、ぼくは驚いたんだ。

こんなに無垢で、こんなにかわいいものがあるのだと、そんな歓喜にあふれた感情を、まだ幼かったけれど、そのとき初めて知った。



 もうなんど君に話しただろう。

 ぼくは、その光――いや、ラヴェンナと、ずっと一緒に遊んで育った。

たしなみとして母から与えられた覚えたての笛を、ぼくはくる日も吹いて、あの子に聴かせた。

あの子はお姫さまなのに、口を大きく開けて、よく笑う子だった。

それにぼくの吹く笛を、目を輝かせて聴いてくれていた。


 あの子の父君と母君――いまはもう亡くなられた国王陛下と王妃陛下は、あの姫を殊更に大切になされていた。

ぼくの母と王妃陛下はとても親しくて、母はよく王妃陛下を訪ねていた。

あの子が生まれてからも、それは変わることなく。

そうして出会ったあの子は、ぼくにとてもなついてくれた。


 春に、暁を。

 夏に、木漏れ日を。

 秋に、落陽を。

 冬に、星影をみつめながら、そのめぐりを、ともに過ごした。


いまでも、瞳をとじると浮かんでくるよ。

あの子の、輝くような笑顔が。

ぼくに笛をせがんだ、あの無垢な瞳が。

あの、光あふれる季節が。


 その季節のなかでぼくはいつしか、願っていた。

あの子がずっと笑っていられるような、争いのない穏やかな国になるようにと。

そして望んだ。あの子の永久とわの笑顔を。



 あの子はね、撫子の花がとてもすきだったんだ。

刺繍にして、髪を結う飾りにしていたくらいに。

ぼくがそれを褒めると、とても嬉しそうにしてくれた。


 きっと、あれが最後だ。

あの子が笑ったのは、あれが最後だ。



 そのすぐあとに、ぼくらが過ごした城は、血に濡れた。

狂気の血に染まった。君も知っているように。一度目の、政変が起こった。



 いまはもう、あの子と遊んだ庭園は枯れた。

 あの子は、いまもまだ泣いている。あのときと、同じに。


 けれど。けれどシュライゼ。

 あの子の頬は、あたたかかった。

 泣いていたあの子の頬は、あたたかかった。

 変わらず。あの子はなにも変わらず。






 シュライゼ

どうかぼくの願いをきいてくれないか――




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