十二.〈蹟.一〉
〈蹟.一〉
(せき.いち)とお読みください。
「この者に、覚えはあるか」
灯火に揺れる影が、音もなく壁に這う。
硬質な声は冷たい壁に翻ってなお、冴え冴えとして響いた。
氷のように、瞳は射る。
「――――……」
*** *** ***
「その、旗は……」
固く手に握られた、汚れた長い柄を見つめた。
「この最上の塔のものだ」
ああ。
落ちたのだ。
城は、落ちた。
「……っ」
短剣の柄を握りしめた。
ざらついた砂の感触が手のひらに伝う。
その、刹那。
「――――なにをしているっ!」
「やめてやめてっ」
はなして。
おねがい。
あなたが笛を吹くときは 争乱のとき
ただ鎮魂の音を奏でるために
音が、しない の なら
「音は……」
「――――ラヴェンナ」
「……っ」
やはり、そうだったの。
この名を呼ぶのが、キールド。あなたでないのなら。
「ラヴェンナ」
突き刺さる。熱く、乾く。
「終らない。まだ、終わらない」
風 が
唸るような烈風が、巻く。
砂塵を。衣を。髪を。
風が、弔鐘を鳴らす。
今はない、落ち葉も 手紙も
すべて 浚う。
――たすけるから 君を かならず――
*** *** ***
氷のように、瞳は突き刺さる。
「この者に、覚えはあるか」
「――――……」
「ラヴェンナ」
なんて、似た面差し。
どうして、春の瞳ではないの。
「ラヴェンナ。終りだ。今度こそ」
声が、胸に 刺さるのは
氷のように 響くのは
「この、者は――――……」
同じに。
失って、しまったから。
このひとも。
「キールドから国を。すべてを」
奪った者。