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落日の音  作者: もぃもぃ
12/22

十一.



 その季節を そのめぐりを 君はどうか



*** *** ***


 背筋に寒さを覚えて、震えた。

せりあがってくる不快感に、口をおおった。


「――お方様? いかがされました?」

身体が傾いだせいで、手にしていた縫いかけの刺繍が床に落ちた。

侍女が駆け寄る音がきこえた。


――ここしばらくは、治まっていたというのに。

いえ。こちらに来てからは、なにもなかった。



「ただ今、侍医をお呼びして参ります」

侍女の足音が遠ざかっていく。



 ふいに。ぐらっ、と。

景色がゆらいで、とうとう床に膝をついた。




――――気がつかなかった。

手が、腹をかばっていた。



 砂だらけの床に。散らばった硝子の破片が、見えたような気がした。

そして――――短剣。

そう、短剣を掴もうとした。

そして、それは今も。


硬質な感触を、懐にさぐる。

剣が熱をもつ気がする。



 わたしは  なにが  したいのだろう



 音は、とおい。

ならば、おわったのだ。

だから、おわる。


ならば、かえってくる。

なにもかも。



手のひらに、ざらついた感触が伝わる。

砂――ではない。床に落ちた刺繍の、縫いかけの、撫子。



 

 かえってくる。

失くしたものは、きっと。



*** *** ***


「冷え込んで参りましたゆえにございましょう。もうまもなく、雪も降りましょうから」

わたしが横になった寝台の傍らに立つ侍医が、穏やかに言った。

「大事はございませぬ。ですが、お身体を決して冷やされてはなりませぬ」

なだめるように、諭すようにするその声は、横になったわたしの身体にゆっくりと浸透する。

顔が、ゆがむ。

胸が、くるしい。


「なにとぞ、ご案じ召されませぬように」

また、なだめるように声が降りた。



――――なんのために、一日と置かず侍医が室に来るのか。

なぜ、心配されるのか。

本当は、もう。

最初から、ずっと。

わかって、いるのに。



*** *** ***


――……あたたかい。

ゆっくりとすべる熱を、頬に感じた。


「大事ないか」

ぼんやりとした意識のなかで、声が木霊する。




 落ち葉を巻きあげた風が、室の窓にあたる。

深閑なかつての国境の森が、ざわめく。



「――――もうすぐだ。もうすぐ……――――……」




 あのひとの名をささやく声が、きこえた気がした。



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