十一.
その季節を そのめぐりを 君はどうか
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背筋に寒さを覚えて、震えた。
せりあがってくる不快感に、口をおおった。
「――お方様? いかがされました?」
身体が傾いだせいで、手にしていた縫いかけの刺繍が床に落ちた。
侍女が駆け寄る音がきこえた。
――ここしばらくは、治まっていたというのに。
いえ。こちらに来てからは、なにもなかった。
「ただ今、侍医をお呼びして参ります」
侍女の足音が遠ざかっていく。
ふいに。ぐらっ、と。
景色がゆらいで、とうとう床に膝をついた。
――――気がつかなかった。
手が、腹をかばっていた。
砂だらけの床に。散らばった硝子の破片が、見えたような気がした。
そして――――短剣。
そう、短剣を掴もうとした。
そして、それは今も。
硬質な感触を、懐にさぐる。
剣が熱をもつ気がする。
わたしは なにが したいのだろう
音は、とおい。
ならば、おわったのだ。
だから、おわる。
ならば、かえってくる。
なにもかも。
手のひらに、ざらついた感触が伝わる。
砂――ではない。床に落ちた刺繍の、縫いかけの、撫子。
かえってくる。
失くしたものは、きっと。
*** *** ***
「冷え込んで参りましたゆえにございましょう。もうまもなく、雪も降りましょうから」
わたしが横になった寝台の傍らに立つ侍医が、穏やかに言った。
「大事はございませぬ。ですが、お身体を決して冷やされてはなりませぬ」
なだめるように、諭すようにするその声は、横になったわたしの身体にゆっくりと浸透する。
顔が、ゆがむ。
胸が、くるしい。
「なにとぞ、ご案じ召されませぬように」
また、なだめるように声が降りた。
――――なんのために、一日と置かず侍医が室に来るのか。
なぜ、心配されるのか。
本当は、もう。
最初から、ずっと。
わかって、いるのに。
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――……あたたかい。
ゆっくりとすべる熱を、頬に感じた。
「大事ないか」
ぼんやりとした意識のなかで、声が木霊する。
落ち葉を巻きあげた風が、室の窓にあたる。
深閑なかつての国境の森が、ざわめく。
「――――もうすぐだ。もうすぐ……――――……」
あのひとの名をささやく声が、きこえた気がした。