十.
身体を刺すような風が、あたたかかったものの名残すら、うばい去る。
ただ轟々と音は流れ、数瞬まえの輝きをまた、連れてゆく。
恐れを知らぬ弔鐘だけが、惨禍の嘆きをなでていった。
「……キールド」
――――音が、きこえる。
あなたの、音が。
でもとおい。
ずっととおい。
かなしみの音は、いつ、かえるの
おさなき音色に、いつ、かえるの
*** *** ***
くずれ落ちた景色に、立ち尽くした姿が滲んで、映った。
「――ラヴェンナ、ぼくはもう吹かないよ。かなしみの笛しか、吹かない」
痛みに沈んだ瞳は、伏せられた。
「鎮魂の笛を、奏でよう。祖国を、取り戻すまでは」
「……とりもどす……?」
「ぼくには、それしか赦されない。いや、それすらも、きっと。けれど」
「わからない。キールド、わからない。どうして?」
「――ラヴェンナ。泣かないで」
ひどく冷たい手が、頬をすべった。
ぬくもりは、どこへ、いったの
あの、あたたかい、ひかりは
*** *** ***
あたたかい……。
なぜ?
どこに、あるの?
いつ、かえるの?
あの、輝きに――――
「――――ラヴェンナ」
目をあけた刹那に、真冬の夜空のような瞳とかち合った。
「陛下」
「探した。なぜ、あのような場所に」
白い息が舞った。
間近にある熱を急に感じ、思わず身じろぎした。知らぬ間に、外套でくるまれていた身体に気づいた。
「……申し訳ありません。すぐ、戻るつもりで……いつの間にか、うたた寝を――」
「――いつの間にかでは、ないっ!」
深閑な夜の冷気を、怒声が破った。
「かような時候に。なにを考えている」
見上げた瞳は、厳冬の星影のように、冴え冴えと光る。
「大事に至れば、いかがする」
「……大事? 大事とは、なんですか」
懐に、手をあてる。かたく手を、とじる。
「なぜ、いつもそのように――――諦めている」
「――――諦めている? わたしが?」
この声は、なぜ、こんなに響くのだろう。
冷たく、胸に刺さるように。
「諦めているだろう。――――なぜ、キールドがその笛をわたしに託したと思う」
「――――っ! あなたはっ。あなたは、なぜ……っ。なぜなのです」
なぜ、わたしに、構うの。
なぜ、わたしに、触れるの。
「わたしには、こうすることでしか――――……」
乾く
ひどく
一体、なにが
――――ぼくには、それしか赦されない。いや、それすらも、きっと――――
――――後悔を置き去りにしてなお、償いすら、赦されることはかなわず――――
声が木霊する。
迷い込んだ落葉が木霊する。
「わたしはなにも、望んでいません……っ」
懐の笛を、握りしめる。
音は、とおい。
失くしてしまった。
春の瞳が、伏せられた、あのときに。