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落日の音  作者: もぃもぃ
10/22

九.

 


 春の暁 夏の木漏れ日 秋の落陽 冬の星影



*** *** ***


 遥か切り立つ山肌に、河を吸い上げ、岩をさらい、石壁を叩く風を巻き込み、最上の塔の旗は揺れる。砂塵は足下を哄笑するかのように歩廊を流れた。


 手にしていたはずの手紙を、風はいよいよ居丈高にわらい、うばった。

「まって!!」

堅牢なへきに、風は冷たく反射する。舞いあがっては、とまり。舞いあがっては、とまる、先ほどまで手の内にあった手紙を追いかけた。


手蹟に残されたぬくもりを求めるように、手を仰ぐ。




 ザ

ザアアアアア――――――



迷乱する落ち葉が、眼前に迫った。

朽ちた庭園にあってなお、落葉は木霊した。






「――――ラヴェンナ」

「…………。――――!!」



「どうして」

「戻ってきたんだ。君を、たすけるために」

「わたし、手紙を、なくしてしまった」

「持っていてくれたのか」




「――ラヴェンナ。泣かないで」


「ラヴェンナ」


「すまない、ぼくはまだ。かなしみの笛しか、吹けない」


「ラヴェンナ。たすけるから。君を、かならず」



*** *** ***


 大切なものは、あのときに失ってしまった。

気に入っていたリボンも、父も母も、祖国くにも。


ただひとつをのぞいては。



 たったひとつのあこがれ。

 たったひとつの光。



*** *** ***


「お方様。お手がとまっておいでです」

わたしを呼ぶ室付きの若い侍女の声に、手もとに目を戻した。

布を刺したままの針は、その中ほどでとまっていた。


「お上手でいらっしゃるのですね」

わたしの手もとの刺繍を見つめて、侍女は言った。


「そんなことはないわ、だって随分と久しぶりだもの」

ただ、この花の刺繍に関しては、慣れているというだけだ。

「――……それまでで、いちばん上手くできたのはね、撫子の花だったの」



あたたかな輝きは、あのひとのようだった。

春の陽のようにやわらかで。

山花のように、ただ静かに。


だから、すきだった。花も、笑顔も。

萌えいずるみのりの、きらめきをあらわしているかのよう。

やさしい夕日に、つつまれているかのよう。



「だけど、なくしてしまった」 


 それは、いつ?



*** *** ***


「一度ならず、二度までも。こんなことにっ……」


*** *** ***


「お方様。笛が……」

膝においていた笛が、いつの間にか床に転がっていた。


侍女の手が、笛を拾いあげた。

「この笛をお持ちだった御方は」

侍女の手が、笛をにぎる。





――――ラヴェンナ

ぼくは、ゆるさない。




君からすべてをうばった




ぼくの、父を。


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