九.
春の暁 夏の木漏れ日 秋の落陽 冬の星影
*** *** ***
遥か切り立つ山肌に、河を吸い上げ、岩を浚い、石壁を叩く風を巻き込み、最上の塔の旗は揺れる。砂塵は足下を哄笑するかのように歩廊を流れた。
手にしていたはずの手紙を、風はいよいよ居丈高に嗤い、うばった。
「まって!!」
堅牢な壁に、風は冷たく反射する。舞いあがっては、とまり。舞いあがっては、とまる、先ほどまで手の内にあった手紙を追いかけた。
手蹟に残されたぬくもりを求めるように、手を仰ぐ。
ザ
ザアアアアア――――――
迷乱する落ち葉が、眼前に迫った。
朽ちた庭園にあってなお、落葉は木霊した。
「――――ラヴェンナ」
「…………。――――!!」
「どうして」
「戻ってきたんだ。君を、たすけるために」
「わたし、手紙を、なくしてしまった」
「持っていてくれたのか」
「――ラヴェンナ。泣かないで」
「ラヴェンナ」
「すまない、ぼくはまだ。かなしみの笛しか、吹けない」
「ラヴェンナ。たすけるから。君を、かならず」
*** *** ***
大切なものは、あのときに失ってしまった。
気に入っていたリボンも、父も母も、祖国も。
ただひとつをのぞいては。
たったひとつのあこがれ。
たったひとつの光。
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「お方様。お手がとまっておいでです」
わたしを呼ぶ室付きの若い侍女の声に、手もとに目を戻した。
布を刺したままの針は、その中ほどでとまっていた。
「お上手でいらっしゃるのですね」
わたしの手もとの刺繍を見つめて、侍女は言った。
「そんなことはないわ、だって随分と久しぶりだもの」
ただ、この花の刺繍に関しては、慣れているというだけだ。
「――……それまでで、いちばん上手くできたのはね、撫子の花だったの」
あたたかな輝きは、あのひとのようだった。
春の陽のようにやわらかで。
山花のように、ただ静かに。
だから、すきだった。花も、笑顔も。
萌えいずるみのりの、きらめきをあらわしているかのよう。
やさしい夕日に、つつまれているかのよう。
「だけど、なくしてしまった」
それは、いつ?
*** *** ***
「一度ならず、二度までも。こんなことにっ……」
*** *** ***
「お方様。笛が……」
膝においていた笛が、いつの間にか床に転がっていた。
侍女の手が、笛を拾いあげた。
「この笛をお持ちだった御方は」
侍女の手が、笛をにぎる。
――――ラヴェンナ
ぼくは、ゆるさない。
君からすべてをうばった
ぼくの、父を。