鎧を脱いだ日〜強面冒険者はオトメン旦那にジョブチェンします〜
異世界転生したら女の子になった俺、オトメンな伴侶が出来ました。 ~最強冒険者は、今日も帰る場所を守ります~のオトメン旦那カル視点です。
冒険者に、なりたい訳じゃなかった。
出来ることなら、村で静かに暮らしたかった。
でも、ただでさえ目つきが悪くて、体もデカい僕は、いつも周りから怖がられていた。
父の魔物退治に付き合わされて、本当は嫌いな剣の腕だけを評価される。
小さい頃、話すと弱虫なのがバレるから話すな、と母に言われてから、言葉が出にくくなった。
寡黙な男だと思われて、誰からも話しかけられなくなった。
家事が多少できたって、こんな大男じゃ、何の価値もない。
心機一転したくて村を出て、都市に来た。
でも結局、食い扶持を稼ぐために冒険者に登録することにした。
僕にできることなんて、弱い魔物狩りくらいだと思っていた。
試験を受けるのは、僕を含めて四人。
華やかな見た目の三人は知り合いらしく、楽しそうに話していた。
教官だという人が来た。
――風が、止んだ。
そんな気がした。
肩口で揃えられた月みたいな髪。
吊り目がちな大きな目は、底の見えない湖みたいだった。
背は高く、僕の肩くらいまである。
女性で、こんな人は初めて見た。
少し話をしただけで、空気が変わった。
教官の声が冷たくなり、背筋が震える。
三人は不合格。
僕だけ、外に出るように言われた。
理由を聞きたかった。
でも、言葉が出ないまま、街の外に出ていた。
フィールドで、狼を倒せと言われた。
村にいた頃のより、ずっと大きい。
怖い。泣きそうだ。
でも、後ろから刺さる教官の視線も、同じくらい怖かった。
重心を落として構える。
手負いになると、危険度が跳ね上がる。
だから――やるなら、一撃だ。
飛びかかってきた狼の首を、叩き斬った。
魔石になるまで、剣は下ろさない。
魔石になれば、安全。
それまでは、まだ危険。
無事に魔石になった。
拾い上げて見せると、教官は――
ニッコリと、とても綺麗に笑った。
「良い戦い方だった。」
胸の奥が、熱くなった。
叫びそうになるのを、必死で堪えた。
狩場の細かいルールや暗黙の了解なんかを教えてもらいながらギルドに戻ったら教官が冒険者タグを首にかけてくれた。
「今からお前は私たちの仲間だ!」と笑いかけてもらって、また泣きそうだった。
(ああ。ちゃんと出来たんだ。ここに居ていいんだ!)
なんとか礼を伝え、食事に連れて行ってもらった。
酒場に入ると冒険者と分かる連中ばかりだ。
見ない顔だな?新人か?とみんなが興味を示してくれる。
戸惑っていたら「ええ!私が監督したカルロスです。堅実で手堅い、良い剣士なんですよ。」と教官…いや、レイさんに紹介された。
周りからは、ミスリルのレイが認めるなんて有望だな!と笑いかけられ乾杯された。
恥ずかしくて、でも期待されてるのが嬉しくて、つい注がれた酒を飲み干してしまった。
ぐらりと視界が揺れ、意識が閉じる中で思った。
(…ああ。せっかく、認めてもらえたのにっ!)
遠くで、僕を呼ぶ声がした。
――――
頭が痛い。体が重い。
布団が柔らかくて、いい匂いがする…。
…ん?布団?
はっとして飛び起き、周囲を見回した。
見たことのない、上質な部屋だった。
壁紙の貼られた壁。
ガラスがはめられた窓。
木目を活かしながら、艶のある家具。
清潔で、丁寧に整えられた寝具。
棚に並ぶ本や雑貨を見て、宿屋ではないとすぐに分かった。
昨日、一緒にいた人の顔が浮かぶ。
――ここは、レイさんの部屋だ。
体を見下ろすと、鎧は外され、きちんとまとめられて寝台の脇に置かれていた。
(…こんな役に立たない僕を)
胸の奥が、ひどく冷えた。
(誰が、必要とするんだ)
ぽろりと、涙が落ちた。
せっかく褒めてもらえたのに。
認めてもらえたと思ったのに。
酒一杯で使いものにならなくなるなんて。
きっと、失望された。
やっぱり、役に立たないと思われた。
「……っ、う……」
(どこへ行っても同じだ。僕は、何も出来ない、ただの大きな石ころだ!)
頭痛がひどくなる。
涙で布団を汚さないよう、袖で顔を押さえたけれど、すぐに足りなくなった。
これ以上、迷惑をかけたら
そう思って、服を脱ぎ、顔を覆った。
そのとき。
小さなノック音がして、ドアが開いた。
そっと顔を覗かせたレイさんが、僕を見るなり駆け寄ってくる。
「どうした!?そんなに頭が痛い? 気分が悪いの!?」
「……っ、ちが……ごめ……なさ……」
心配される資格なんて、僕にはない。
そう思って、声を絞り出した。
「痛いとかじゃないんだね?」
「ヒック、は、いっ、ごめ、なさぃ」
頭の上でハアーと大きなため息が聞こえた。
(嗚呼、呆れられた。)
知らずに肩に力が入る。
レイさんがどんな顔してるのかが怖くて顔があげられない。
そっと頭を撫でられた。
(え?)
「真っ赤になって仰向けに倒れたから後遺症を心配したけど、うん、たんこぶとかも無いし、話もできてるから大丈夫かな?」
ナデナデと更に頭を撫でられて思わず顔をあげた。
優しい目だった。
僕が欲しくて欲しくてずっともらえなかった、優しくてあったかい眼差し。
(なんで?どうして、そんな目で見るの?役立たずの僕にはなんの価値もないのに、なんで?)
「あーあ、目が真っ赤じゃないか。で?痛くないならなんで泣いてたんだ?」
「っ!だ、って、僕、つぶれて、役立たずでっ!」
「ん?ああ!仕方ないよ!カルが飲んだのドワーフ印の蒸留酒だもん。アレ飲んで無事なヤツ見たことないよ?私。」
「えっ…」
言葉が、理解に追いつかなかった。
「それに、役立たずって何さ?私とカルは冒険者仲間でしょ?役に立つとか立たないなんて、主従じゃないんだから!」
…主従。
その言葉が、胸の奥で引っかかった。
(仲間……?)
今まで、役に立たなければ居場所はないと思ってきた。
役に立てない自分には、価値はないと思ってきた。
でも。
(…レイさんは、最初から、そんな目で見てなかった?)
もらった言葉があまりにも衝撃的で、瞬きしか出来ないでいたら、
レイさんが冷たい水に浸した手巾で、そっと目を押さえてくれた。
(あれ?いつの間に?)
「落ち着くまでゆっくりしていきな。」
「えっ!いや、でもっ」
「こんな顔の子を帰したら私がいじめたみたいになるだろう?服もびしょ濡れだしね。」
「うっ!ごめんな、ふぐっ!」
からかうように鼻を軽く摘まれた。
「ごめんなさいじゃなくて、ありがとう、が聞きたいなあ?」
「あ、ありふぁほう、ほはいふぁふ。(ありがとう、ございます)」
「ンッ!私はそっちの方が嬉しい。さ、て。とりあえず服を着替えようか?カルでも着れそうな服あったかな?」
「えっ、いや、乾くまでこのままでもっ!」
「あらやだ、カルくんてば自分の身体に随分と自信がおありなのねえ?でも、私が落ち着かないから着て欲しいなぁ?」
「へ?い、いや、自信なんてっ!あ、の、見苦しい格好で、ごめんなさい!」
「見苦しくはないよ?良く鍛えられた実用的な筋肉じゃない。拭き掃除任せたら綺麗にしてもらえそうだよねぇ。」
「!なら、服乾くまで、掃除、しましょうか?」
「え!?本当!?すごく汚れてるよ?」
「大丈夫です、掃除とか、得意なので。」
「わぁ!助かるー!私家事苦手なんだよねぇ。」
「他にもあるなら、言って、ください、泊めてもらったお礼、なんでもします。」
「すごいよ、カル!ピカピカ!うわぁ!」
洗濯してから掃除を終えたら、買い物に行っていたレイさんが戻ってきた。
「…いえ、そんなこと」
「あるよ!凄いよ!」
レイさんの笑顔を見て、役に立てた、と胸の奥が少しだけ温かくなった。
「あ、朝から何も食べてないから、お腹空いたでしょ?
屋台で買ってきたから、食べよ!」
机に、屋台の定番らしい串焼きや具挟みパンが並べられていく。
「好きなの食べて」と言って、レイさんは串焼きを、豪快なのに不思議と品のある仕草で食べ始めた。
釣られて、僕も串焼きを頬張る。
塩味の単調な肉だが、嫌いじゃない。
「…私は料理もてんでダメだから、いつも外食なんだが、屋台料理は飽きてきたよ。」
と眉を下げて笑うのを見て
「良かったら、僕が、作りましょうか?」
と口にしていた。
台所は広さも設備も大変充実していた。
「ねえ、カル?コレとかコレとか使える?お裾分けで貰ったんだけどね?」
と出してきたのは新鮮な野菜や肉の塊。
「私、肉焼くのすら丸焦げにしちゃうんだよねぇ…」
目を逸らし首筋に触れる動作の意味は「羞恥」だ。
「レイさん、戦いではあんなに判断力も観察力もあるのに?」
「っ!壊すのは得意だけど、作るのは向いてないんだよ!」
その言葉に、出来ないことがあってもいいと言われた気がして、胸が少し軽くなった。
簡単な料理なのに、レイさんは「美味い、美味い」と褒め続ける。
嬉しいけど、どうしていいか分からなくて、少しだけ居心地が悪い。
「ご馳走様でした!…美味しかったぁ」
お世辞ではない心からの称賛に、僕は落ち着かなくて皿洗いに逃げた。
が、すぐに終わってしまった。
お茶を淹れて食卓に戻る。
静かにお茶を飲みながら空間を共にするのは苦じゃなかった。
「ああ、良いなあ。」
ぽつりと呟くようなレイさんの声にカップを置く。
「建物の家じゃなくて、居場所の家、て感じがする。カルがいてくれるからかな?」
「っ!」
何も言えなかった。
嬉しいとか、そんな軽い言葉じゃ足りなくて、でも、どう返せばいいのか分からなくて。
持っているカップを握りしめた瞬間、
パキャ!と乾いた音がして、カップが割れた。
「うわ!ご、ごめんなさい!」
「ちょっ!大丈夫?手、怪我してない?」
「僕は大丈夫です!それよりカップがっ」
慌てて破片を片付けようとしたら、
ガシッと、手を掴まれた。
「そんな慌てて触ったら怪我するでしょ?
…ほら、見せて」
指先でゆっくりと手のひらをなぞられる。
「…ん。怪我はしてないね。良かった」
そのまま、指先にそっと口付けられた。
「大事な手なんだから」
「ぁ、ぅ…」
心臓がバクバクして、
頭が、ぐらりと揺れた。
「カル?」
戦士とは思えない、柔らかくて綺麗な手が、
頬を支えるように触れた。
近い。
近すぎて、息の仕方を忘れる。
「れ、レイ、さん、近いっ」
「ん? なぁに? 照れてるの?」
からかうような声音なのに、目はひどく真剣だった。
「ぁ、いや、そのっ」
「フフ……」
笑って、でもすぐに表情を緩めて、レイさんは僕を見つめる。
「…カルは、優しいな」
「え?」
思ってもみなかった言葉だった。
存在そのものを、肯定されるみたいな声音。
「こんなに初心で、気遣いばかりして…冒険者なんて、正直、心配になるよ。…どうして冒険者になったの?」
「…それしか、役に立てそうに、なかった、から。」
「ん?冒険者に憧れて、とかじゃなくて?」
「…ない、です。魔物、恐いし…」
レイさんは、少しだけ目を細めた。
「私とは反対だね。私は戦いは得意だけど、家事はとんと苦手でね。」
レイさんが目を瞑り息を吐く。
その動作に僕も身構えて固まる。
空気がシンと音を立てたように静まる。
「…あのさ、カル。」
静かで、真剣なレイさんの声。心臓が煩く鳴る。
「カルがいると、家が、ちゃんと『家』になる気がするんだ」
息を吸う音が聞こえた。
「だから…無理にとは言わないけどね?冒険者、続けなくてもいい。私の家で、暮らさない?」
「私、稼ぎだけは良いからさ。部屋も余ってるし…どうかな?」
言われた内容を必死に噛み砕く。
「…れ、レイさん?それって…ど、同棲、するってこと?」
「うん。選ぶのはカルだよ。嫌?」
まっすぐで、逃げ道を残してくれる視線。
この人は、怖くない。
しばらく、口が動かなかった。
声を出そうとしても、喉が空回りして、息だけが漏れる。
かなり時間が経っているはずなのに、
レイさんは、何も言わずに待ってくれていた。
その目は、
ゆっくりでいいから考えて、って言ってくれているように見えた。
そう、思いたかった。
「…ヤじゃ、ない、です。…むしろ、嬉しい、です」
こんなふうに、必要だと言われたのは初めてだった。
泣きそうになるほど、嬉しかった。
いや、気づいたら泣いてた。
レイさんが何も言わずに優しい手つきで頭を撫でてくれるから、余計に泣きやめなくなった。
僕は今日も家事をこなして家を居心地よく保つ。
僕を必要としてくれる、大事な人が寛げるように。
「ただいま」を聞ける幸せ。
「おかえりなさい」と言える幸せ。
二人で笑い合える、暖かな日常を守るために。




