表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教会支援部屍鬼対策課アメリ・パルツァーの手紙  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/13

8話 戦闘

「あの女。屍鬼化したのに、閉じ込められたせいで、腐ってしまった。あれじゃあ、使い物にならない。代わりにその娘を連れて行こうと思ったが」


 伸びやかな男の声に、アメリは反射的に振り返る。

 薄闇の中、輪郭はおぼろながら、メイドの姿があった。



 どろり、と。

 闇を引きずりながら歩み寄ってくる。



「面白いな。浄化師まで捕らえられるとは」


 紺色のワンピースに白いエプロンドレス。だいだい色に近い赤毛の髪を三つ編みにした姿は、どう見てもメイドだ。


 だが、綺麗に口紅を塗られた唇から紡がれるのは、男の声音だった。


「捕らえたのはどっちだか」

 アメリの前にマクシミリアンが大きく踏み出す。壁になってくれているらしい。


「立て、莫迦ばか


 一瞥され、アメリは慌てて立ち上がった。ついでにポケットに入れた試験管を握りしめる。


 アメリは屍鬼を見たことが無かった。

 いや、正確には《《屍鬼だったもの》》は、見たことがある。


 研修期間中、回収された死骸を見せられたことがあった。

 本来は三児の父だった、という青年には、頭がなかった。浄化師が砕き、彼を永遠の眠りにつかせたからだ。


 狂暴化したときは形相が代わることもあるだろうが、基本、外見は生きているときとさほど変わらないと言われている。


 だから、アメリは『動いている屍鬼』や『頭のある屍鬼』を見た時、「これが屍鬼だ」とわかるだろうか、と一抹の不安を覚えていた。


 だが。

 今、目の前にいるこいつがそうなのだ、と本能が告げる。


(でも、どうして……。この屍鬼は、会話ができるの……?) 


 今から考えれば、アメリはこの屍鬼に騙されておびき寄せられたのだ。

 知性がちゃんとある。


 変だ。


 屍鬼とは脳が機能停止している状態を指しているのではないのか。彼らにあるのは、異常な攻撃性だけのはず。


「おや、お前」


 メイド姿の男が腕を組み、小首を傾げた。飴色の瞳が見つめているのは、マクシミリアンだ。


「どこかで見たことがあるね」

「気が合うな。おれも、お前のことを覚えてるぞ。その、特徴的な赤毛」


 唸るような声が、若干震えていた。アメリはマクシミリアンを見る。


 肩を強張らせ、眉間にしわを寄せてにらみつけるマクシミリアンは、襲い掛かる寸前の猛獣にさえ見えた。


「どこでお会いしたかな」

 屍鬼は、三つ編みの先の房を指で弄びながら、マクシミリアンを見やる。


「忘れたのなら、思い出させてやる」


 ぐ、と右こぶしを握り締めると、拳鍔ナックルダスターから鋭い爪が三本現れ、その光が闇を切り裂く。


 マクシミリアンは、大きく一歩踏み出すと、右こぶしを振りかぶった。


「おお、その瞳! まるで青石サファイアのような瞳!」


 鋼鉄の爪が空を裂く。屍鬼は寸前で身体を躱し、愉快気に笑い声を立てた。


「あの女の息子か。ああ、そうか。お前」


 にやりと屍鬼が闇の中で嗤った。


「部屋の隅で震えていた小僧だ」

「黙れ!」


 マクシミリアンが吼え、再度大股に踏み込んで、屍鬼に爪を立てる。


 ちり、と。

 闇夜に火花が散ったようにアメリには見えた。


 屍鬼の頬を鋼鉄の爪が裂いたらしい。マクシミリアンは振り下ろした拳を逆手にし、下から上に引き戻して、屍鬼の喉元を急襲しようとする。


 だが、動きは見切られていた。

 数歩下がることで、あっさりと距離を取られ、鉄爪は空を掻く。


「なるほど、なるほど。それでは〝我が主〟に捧げるのは、お前の肉体の方がよいだろう」


 屍鬼は頬の傷を指でなぞり、血をなめとって微笑んだ。


「残念なことに、あの王妃はお前が殺してしまったからな」


 アメリは目を剥く。


 王妃ルイーサ。

 この上なく美しく、聡明で心優しかった彼女は、11年前に病に倒れてそのまま亡くなった。伝染性の病であったため、葬儀は親しい親族のみで行われ、外国の貴賓は招かれなかった。国民は各地の教会を通じて知らせを受け、七日の間喪に服したはずだ。


 そのルイーサが。


(……王子が、殺した……?)


 呆気にとられているアメリの前で、屍鬼はエプロンドレスに挿した棒を引き抜いた。何度か振ると、伸縮性になっているのか、短槍ほどの長さになる。


 屍鬼は、それを両手で持って構え、穂先をマクシミリアンに向けて膝をたわめた。


「あの女の肉体は、我が主が《《こと》》にご執心なさったものだ」


 闇の中、ちろりと、屍鬼が舌なめずりをした。穂先が揺れ、マクシミリアンの喉元を狙う。


「その息子を連れて行けば、さぞかしお喜びになるというもの」

「ほざけ」


 マクシミリアンが片頬を歪めた。


「来いよ。もう喋れなくしてやる」


 言い終わるや否や、短槍がまっすぐにマクシミリアンに向けて突き出された。


 ひ、とアメリが小さく声を上げるが、マクシミリアンは動じない。わずかに右に避け、そのまま鉄爪を振り上げる。


 屍鬼は短槍を握る左手を引き戻し、反転させて石突部分でマクシミリアンの一撃を撥ねた。


 短槍はそのまま回転し、マクシミリアンの腹を狙うが、彼は敏捷に前に飛び、左手を地面について後転をして距離を稼ぐ。


 向かい合うや否や、マクシミリアンは屍鬼に突進した。


 繰り出される真っ直ぐな短槍の突きを、強引に上から鉄爪を叩きつけて止める。がちり、と硬質な音を響かせて穂先が下を向いた。同時に、マクシミリアンは左足で踏みつけ、そのまま右ひざを振り上げる。勢いよく放った蹴りは、まっすぐに屍鬼の頭を狙った。


 当たる。その刹那、屍鬼は短槍を手放し、上半身を逸らした。

 マクシミリアンの蹴りは空を切る。


 がちん、と短槍ごと床を踏みつけ、マクシミリアンは回し蹴りを放つが。

 その足首を屍鬼は捕らえた。


「ほうら、捕まえた」


 飴色の瞳が収斂する。まるで蛇だ。


 屍鬼はその細い腕からは想像もつかない力で、マクシミリアンの右足首を掴んだまま、持ち上げようとする。


 態勢を崩しつつも、マクシミリアンは屍鬼の胸部めがけて鉄爪を打ち付けた。

 だが、裂いたのは白いエプロンドレスのみだ。


「あーあ。気に入っていたのに」


 言うなり右足首を持ったまま、大きく肘を引く。


 ぶん、と。

 鈍い音を立ててマクシミリアンの身体は宙に浮いた。


 あ、とアメリが声を漏らすより先に、屍鬼は片手一本でマクシミリアンを振り回し、壁に叩きつける。


 肺の中の空気を吐き出す音が漏れ、アメリは目を見開いてマクシミリアンを見る。


 その姿が信じられない。

 愛らしく儚げなメイド姿の少女が、自分よりも十センチ以上高い男を、片腕で逆さづりにしているのだ。


 べ、となにか吐き出す音がして、アメリは我に返る。


 逆さにされたマクシミリアンが、屍鬼の顔にむかって口中の血を吐きつけたらしい。


「随分威勢がいいな」


 まともに唾棄を顔に受けたのに、それを舌で舐めとり、屍鬼は嬉しそうに笑った。


「そういえば、お前の母親も光り輝くほど生気にあふれていた」

「黙れ!」


 途端に、マクシミリアンは暴れ、むやみやたらに鉄爪を振り回す。屍鬼は哄笑しながら、ぶらんぶらんとマクシミリアンを揺すり始めた。反動をつけてまた壁に打ち付けるつもりらしい。


 あの勢いで叩きつけられれば、即死しそうだ。アメリは大声を張り上げた。


「王子、じっとして!」


 言うなり、握りしめた試験管を屍鬼の顔目がけて放り投げた。軽い破裂音は、だがすぐに、耳を塞ぎたくなる絶叫に消える。


 目標も定めずに投げつけた試験管は、屍鬼の首元に当たったらしい。

 マクシミリアンを放り出し、屍鬼は自分の喉や顎のあたりを掻きむしりながら耳をつんざく悲鳴を上げている。


「アメリ!」

 茫然と立ち尽くしていたが、マクシミリアンの声に身体を震わせた。


さかいに投げろ! まだ試験管を持ってただろう!」


 マクシミリアンは立ち上がりながら、左手でフロアに続くはずの漆黒の壁を指さす。


 アメリはがくがくと何度も首を縦に振りながら、肩を抜いて鞄を前に回した。焦りながらかぶせを払いのけ、中に入れた試験管をつかみ取る。


 そのまま、大きく振りかぶり、投げつけた。


 ぱりん、と。

 儚い音を立てて試験官は破裂し、中身をぶちまける。


 ただの、水だ。


 いや、香辛料や香草、にんにくとたまねぎを蒸留した強烈な悪臭を放つ水。


 それが水晶の破片のように散り、闇を塗り替える。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ