3話 屍鬼対策課の給料
「もともと宮廷の図書部で蔵書管理をしていたんですが……。半年前にローゼンハイム卿より異動を命じられ、教会支援部屍鬼対策課に……」
「急なことでご苦労だな。屍鬼課に飛ばされるとは。なにをしたんだ」
くく、とマクシミリアンは喉の奥で笑い声を潰した。
「古文書でも失くしたか?」
「違います」
アメリは書類束を握ったまま、立ち上がる。別に業務失敗で異動を命じられたわけではない。
「どうしてもお金が必要で……。蔵書整理や史料の補修は大好きな仕事ではありましたが、もう少しお給金の良い部署がよくて、私から願い出たのです」
「お姉さんがお金? なんに使うの?」
きょとんとした顔でリアムはアメリを見た。なんとなく、自分の服装を値踏みされ、居心地が悪い。王子に拝謁する、ということでそれなりの一張羅を羽織ってきたが、それでも彼らが着ている物よりも格段に見劣りするはずだ。
装飾品も一切身に着けていない。何に使うの、と思われても仕方ない。
「失礼だが、お家の借金かなにかを背負わされたのでしょうか」
ロイが気づかわしそうな顔で言うので、アメリは慌てた。
「いえ。義弟が病弱で……。薬代にお金がかかるものですから」
「おとうと、って……。ご両親は?」
ロイが眉根を寄せる。
「すでに他界しております。父と義母は再婚であったため、一時は義母の親族が弟を引き取ろうと申し出てくれたのですが、本人が嫌がりまして」
当時は今ほど喘息が重症化はしておらず、『いつかアメリを幸せにするから』と可愛いことを言ってくれていたのだが。
「喘息もちだったんですが、年々酷くなるばかり。医師からは薬を変えてみては、と提案されたのですが、その薬代が」
言葉を濁すと、マクシミリアンのため息交じりの声が語尾を打ち消した。
「なんで、屍鬼対策課の給与が高いのかわかってんのか?」
目をすがめてマクシミリアンが問う。ロイとリアムも顔を見合わせてもの言いたげだ。
「……はい」
アメリは頷いた。
危険だからだ。
宮廷文官殉職者といえば、まずこの部署だと誰もが言う。武官と同じぐらいの死亡者数だ。
浄化師と行動を共にし、後方支援に携わるこの課は、屍鬼と真っ向から相まみえる部署でもある。各種戦闘能力を持った浄化師たちと違い、課員は一般人だ。とばっちりをくらい、うっかり命を落とすことも多い。
「危険なのは、別に構わないんですが」
「いや、お姉さん。そこ重要だよ?」
目を丸くしてリアムが言い、足元のネモも、ふうん、と鼻で息を抜く。
「いや、それよりも……。こうやって出張が多いと、弟に会えないのがつらいです。心配で心配で……。薬をちゃんと飲んでいるのか、とか。薪をケチって寒い部屋で震えてないか、とか……。ああ、早く弟に会いたい。お土産を買って帰るって約束したんです」
言ってから、しまった、余計なことを言いすぎた、と思ったのに。
「いま、なんか君、フラグが立った気がする」
「やばいなー。お姉さん、死んじゃうかもなー」
「え!? なんで!」
リアムもロイも、残念なモノを見るような目をこちらに向けていた。
「家族愛とか恋人との約束を口にする人って、割と良く死ぬんですよね」
「最後にひとめ会いたかった……、がく。とか、これを家族に……、ばたん、とか」
「縁起の悪いこと言わないでくださいよっ! 私は弟に会うまでは死にませんからね!」
「ほら、それ」
「やっばー」
「ええええええ!?」
困惑した声を上げるアメリだったが、ふと、冷ややかな視線を感じて瞳を移動させる。マクシミリアンだ。
「義弟ということは他人だろう。そんなやつのために、命を張るとは、随分とひとがいいのだな」
まともに目が合った途端、皮肉気に嗤われた。
「家族です」
アメリは語気強く訂正した。紙束を握りしめ、マクシミリアンを睨みつける。
「共に過ごしてきた日々があります。絆があります」
「だが所詮、血のつながりが無い。そんなものを家族と呼ぶのか?」
マクシミリアンは頬杖をつき、サファイアの瞳に鋭い光を孕ませてアメリを見下ろす。
「血がつながってこその家族だろう。いざというとき、そいつはお前を守ってくれるのか? お前は本当に庇えるのか?」
ふん、とつまらなそうに鼻を鳴らす。
「そんな他人のために、わざわざ危険な目に遭うこともないだろうに」
「では、王子はそちらにいらっしゃるおふたりも信じてはおられない、と?」
書類束を丸め、アメリはロイとリアムを交互に指した。
「私のような下級役人でも存じ上げております。王子は、随分とこのおふたりと仲がいいのだ、と」
まさか、悪行の限りを尽くし、課員をこき使って消耗させる、とは言えないが。
「そのおふたりと王子に血のつながりはございませんでしょう? ならば彼らとは一過性のお付き合いだ、とおっしゃるのですね」
語気荒く言い放ち、ついでに前のめりの姿勢で訴えた。
ぱちくり、と。
目を丸くしているのは、ロイとリアムだ。
その真ん中で、椅子に座っているマクシミリアンはこめかみに血管を浮かび上がらせていた。
「そんじょそこらの奴らとこのふたりを一緒にするな。こいつらは違う」
「なにが違うんですか。血のつながりが無いんでしょう。他人なんでしょう」
「血のつながり以上のものがある」
「はっ。論理が破綻していますね」
両手を広げて肩を竦めると、マクシミリアンが椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がる。
「まあまあまあまあまあ! ね、殿下!」
「ぼくは嬉しいよ、王子! 家族みたいなもんだ、って言ってくれたんだよね!」
途端に、マクシミリアンの肩をロイが押さえ、リアムが腰に抱き着いた。足元ではネモが尾を振りながら何度も行き来してマクシミリアンが飛び出すのを防ぐ。
「だから、殿下とわたし達のような関係が、あちらのお嬢さんと弟さんとの関係なんでしょう。ね。それから」
マクシミリアンをなだめすかしながら、ロイはちらりとアメリに視線を向けた。
「この方は王子だ。口を慎みなさい」
穏やかな表情を崩しはしなかったが、ぴしゃりと叱りつけられた。アメリは我に返り、口をつぐむ。つい、かっとなって言い返したが、そうだ。本来であれば雲上人なのだ。
「……これは、大変失礼を……」
丸めて握りしめていた書類束をほどき、胸の前で抱えて深々と頭を下げる。
「……。いい、おれも言い過ぎた」
吐き捨てられはしたが、怒りの矛先を治めてくれたらしい。どさり、と音がし、アメリはおそるおそる顔を上げた。
仏頂面ではあるものの、マクシミリアンは椅子に座って足を組み、その左側にはロイが。右側には苦笑したリアムとネモが控えている。




