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4話 変わらないといけない





 試しにカエデに聞いてみたのは、「竜人の王子討伐」――とまではいかなくとも、「竜族討伐隊の仲間について」のことだ。

 現時点ではカエデに魔竜因子は影響していないらしい。ならば、あの魔女を筆頭とした少数精鋭のパーティが結成される前であるはずだ。

 先手を打って未来の仲間達とコンタクトを取り、俺を暗殺しに来る原因を探り……あわよくば最悪の未来を変える。情報収集も立派な作戦だ。

 ところが、


「アマゾネスの女に、獣人の娘に、白衣の男……? 変な夢でも見たの?」


 肝心の連中はいないらしい。

 頭でも打ってきたのかと言わんばかりのきょとん顔に、俺はこれ以上何を言うこともなかった。


「いや、忘れてくれ。そもそもここは魔女の里だよな。褐色肌でガタイのいい女がいれば、聞くまでもなく目につくだろうし」

「ん? イヴァさんのこと?」

「知ってるのか!?」

「アマゾネス族っていうのがよくわかんないんだけど……まあ確かに男らしい女の人だなって人は居るよ。それこそ最近、銀狼(シルバーファング)のお友達を里に入れられないとかで揉めてたし」

「そいつは今どこにいる!?」

「あーえっとーそうだ。『魔術学園の入学手続きするっつってんだろ!』って怖い顔で怒鳴ってたから、今頃学園正門とかじゃないかな……」

「学園だな! ありがとう!」


 カエデの理解が追いつくのを待っていられなかった俺は、妹の肩をポンポン叩くと部屋を飛び出した。

 が、一旦ドアを開き直す。


「学園ってどっちだっけ!」

「えっと、家出て右だね」

「右だな! わかった!」


 今度こそ妹の指差す方角に向かって飛び出した。



     ◆



 魔術学園と聞くから、里の雰囲気からして田舎の学び舎なのだろうと高を括っていた。

 真逆だった。

 里の雰囲気に似合わない規格の校舎は、様々な施設を組み合わせた城のように見える。

 外壁までしっかり建てられていて、豪華な装飾だらけの土地はもう城と言った方がいいかもしれない。


「虫がいっぱいだな。鬱陶しい」


 建物の周りを多種多様な精霊が漂っているのが見える。魔女共に付いている精霊なのだろう。

 竜山で生息する魔光虫を思い出す。寒そうにしていたクレアの顔を思い出して、胸の奥が熱くなった。


(ああ……いかん。人間になった途端気持ちまで弱くなった気がする)


 学園正門に来てみると、褐色肌でガタイのいい女がいて、まさしく俺が捜していた仲間の一人だと確信した。

 アマゾネス族の女は線の細い魔法使いの男と揉めているようだ。というか、その男はついさっき俺にちょっかいをかけてきたブラッカの仲間だった。


「入学したらポチを入れていいっていったじゃんか!」

「あのねえ。銀狼(シルバーファング)はれっきとした魔獣なんだ。それを隷属の魔道具なしで受け入れるのは無理があるってもんだ。なんだっけ? 『お友達』だっけ?」

「違う! ポチは相棒だ! 家族だ!」

「はいはい家族ね。そう言って隷属化させずにペットの餌になった魔女もいたんだ。アマゾネスの里ではどうだったか知らないけど、とにかく人間を襲わないって証拠がなければ、イヴァさんの要求は受け入れられませーん」

「勘弁してくれよ。住み慣れない魔女の里すら入れないで、挙句近くの森で野宿だぞ? ポチが風邪ひいちゃうよ!」


 パリパリと枯葉を踏み砕く音が気に障ったのか、アマゾネスの女――イヴァは、俺を鬱陶しそうに睨みつけた。

 燃えるような赤髪を三つ編みでまとめ、闘争心を宿した金色の瞳が真っ直ぐ俺に向いている。

 蛮族で噂のアマゾネス族とは思えないほど細く、女性的な体付きをした女だった。

 さっきまであんなにペット可愛いを喚いていたくせに、ちょっと知らない顔が来ると振る舞いを正すらしかった。


「あっ……」


 魔法使いの男――記憶が正しければ――いじめっ子三人組の一人、ビリアンだ。

 俺に気づくと、顔色を変えてあからさまに視線を外した。気まずそうな顔をしている。

 スミレの記憶を頼れば、俺は里の連中から無視をされて是とする立場にあるらしい。まあ、いじめられっ子に構うなということなのだろう。人間のヒエラルキーは謎ばかりだ。

 にしてもいじめの主犯格である三人組のこいつがオドオドしているのは何故なんだ?

 ビリアンは緑色の髪をしていること以外ただの少年魔術士だ。

 ――ははーん。喧嘩に強いブラッカがいないと不安なんだな? 目が泳いでいるから、無視してやり過ごそうとしてるみたいだ。


「修行から戻ってきたぞ。なにか手続きがいるんだろ?」

「…………」


 白々しいやり取りをわざとしてみせると、ビリアンもあからさまに無視を決め込もうとしているようだ。

 もしかすると、俺がリザードを眼力だけで奪ってやったのが効いているのかもしれない。記憶上のビリアンとは大きく異なり、恐れが伺えて面白かった。


「お前に言ってるんだ根暗野郎。目も合わせられないならここのトップに直接言ってやろうか?」


 俺の態度に心底驚いたのか、ビリアンは俺を二度見した。俺の言いたいことを察したのか、さっきまでの態度を変えて慌てたように引き止める。


「ダメだ。学園長様は」

「『お客様の対応中』だって言いたいのか? お前俺が修行に出る前も同じこと言ったみたいだな? 意地で俺を困らせようとしてる魂胆が見え見えだぞ。浅ましいヤツめ。本職じゃないくせに門番めいた事をしているのは点数稼ぎか?」

「な!? うっ……うるさい!」


 ビリアンが顔を紅潮させて声を大きくした。

 こいつも一応怒るんだな。という感想しか出なかったが。

 いじめられていたスミレの記憶が我が事のように映像となって思い出されたこともあり、こいつの醜態は愉快だ。


「そんな態度でいいのか? 俺のペットは今ちょうど腹ペコでな、魔術士のガキくらい平気で丸呑みさせられるぞ」

「お前まさかブラッカさんのリザードを」

「見るか? 挨拶してやれ。ラッキー」


 顎で合図してやると、ここまで運んでくれたラッキーが物陰から跳躍し、緑髪のいけ好かないガキ目掛けて豪快に飛びかかった。

 鋭い爪を壁と大地に突き立てて、ビリアンが「うひゃあ」と情けない声を上げる。白目を剥いて気絶する臆病ぶりに思わず吹き出してしまった。


「よしよし、そいつは不味いから食うんじゃないぞ」

「ワン」


 極太なトカゲの尻尾を嬉しそうに振る。危機感を覚えた俺は、また唾液まみれの愛撫を防ぐために手をかざした。

 ところがコイツの歯止めが効かず、また地面に押し倒されることになった。勘弁してくれ。


「おまっ、躾が必要だな。おい舐めるな!」


 されるがままでいると、アマゾネス族のイヴァが「ホウキ売り」と無遠慮に呼びかけてきた。


「ああ?」


 こいつも蔑称で呼ぶのか。他族にまで知れているなら、スミレの待遇はこの時点でかなり悪かったのかもしれない。

 無理やりラッキーの顔を押し退けると、アマゾネス族の女が不思議そうな顔で俺を見下ろしていた。


「そいつ――」

「ラッキーのことか?」

「ああ、首輪の光消えてるけどいいのか? あの、ほら、隷属の」

「下賎なマジックアイテムか。そんなもの強者に必要ないだろう。お前もこいつと同じで、薄っぺらい価値観で物事を見てるのか?」

「バカにするなよ。アタシだって大事な相棒がいるんだ。ただ、魔女の一族のくせに珍しいなって思っただけだ」

「そうか。そもそも俺にペットは要らないんだがな。それより……」


 言い終わる前に、赤髪の女はきつく眉根を寄せた。

 ――ちょうどいい。前世で俺を殺しに来たパーティの一人、イヴァ・ヴァルキュリエだ。こっちから接触する手間が省けた。

 上手くこいつの懐に入り込み、俺を殺すに至る動機を探るチャンスだ。あわよくば竜族殺しの計画を白紙にしてやれるかもしれない。

 そうすればクレアを幸せにする未来に変えられる。

 俺に甘えるラッキーをひと睨みするとすぐに怯えてどいてくれた。仕切り直しだ。土まみれのローブを叩くと、イヴァに手を差し出した。


「お前、イヴァだろう? 俺はスミレ・レーニーンだ。これも縁だし、俺がお前の友達にうぼはぁぁぁ!」


 腹部に衝撃が走ると同時に、景色が右方向に荒々しく流れた。

 鋭く大気を切る音がしたと思えば、壁に叩きつけられたのか、尋常ならざる痛みが背中を襲った。

 レンガ壁に叩きつけられたようで、肺の空気全てが衝撃によって吐き出させられた。

 ――記憶では、こいつはスミレと同じく里で浮いていたはずだ。だから友達になってやると言おうとした途端、肉眼で追えない速度で回し蹴りを叩き込まれたらしい。


 イヴァは俺が立ち上がれないのをいいことに、忌々しそうに吐き捨てた。


「ペットは要らないだと? ふざけやがって。何様のつもりだ! ……ちょっと期待したアタシが馬鹿だったよ。このばーか!」


 中指を立てられて、イヴァは心底機嫌を損ねたように地を踏み鳴らしながら帰って行った。

 それにしても全身が痛い。竜人だったらこのくらいの蹴りなんともないのに。


「ちくしょう……油断してた。俺は今人間だったんだ……あ」


 心配そうに近寄るラッキーに構っている余裕は無いものの、やけに思考がクリアなことに気づき、無意識下で自分が何をしたのか気付いた。

 多面体が連鎖して構築された光の壁。希薄で小規模だが、間違いなく怪我を防いだ――魔術じゃない。防御魔法の発動だ。

 前世であればこんなもの展開するまでもないが、スミレの体である今、本能めいたなにかが魔力障害を一時的に超越したのかもしれない。

 つまり、まともに魔法が起動できたのだ。


「よ……よし。魔法が使えるとわかれば――」


 パチン。

 俺が喜んでいるところに水を差すようにして、菫色の精霊が俺の傍に現れた。そいつは泡を刺激するように、容易く防御魔法を割り崩してしまった。

 再び魔力が感じられなくなる。


「ああ! くそ! このおじゃま虫め!」


 苛立ちに体が追い付かない。弱々しく腕を振るだけでは、菫色の光球は俺に付きまとい離れてくれなかった。


「クゥン」

「なんて目で見てやがる……この」


 だめだ、力が出ない。

 アマゾネス族とはいえ、一蹴りで数メートル先の壁まで吹き飛ばされた無様な俺の様子に、ラッキーは傲慢にも心配そうな目で訴えている。いや、泣きそうになっているのか。そこまで心配されるほどお前の王子は落ちぶれてないぞ。


「泣きたいのは俺の方だよ」


 流石に完敗だ。

 人間の体というバッドステータスに、魔力障害体質のおまけ付き。

 前世で出来ていたことを思えば、今の俺はそこら辺の人間と同じ――いや、それ以下だ。

 いい加減認めなければいけない。

 俺は竜族の王子ではなく、一介の魔女見習いだ。

 大人しいリザードの頭に手を置く。


「そもそもお前がいなかったら、今の俺はなかったようなもんだよな」


 昨日もたまたま竜族としての覇気が感じ取れる同族のラッキーに助けられただけのことだ。

 俺自体は何もしていない。

 言ってしまえばハッタリでなんとかしているだけだ。


「ちょっと言いすぎたよ。感謝してる」


 柄にもなく塩らしくすると、ラッキーはやけに嬉しそうに尻尾を振り、俺に鼻を押し付けてきた。

 舐めるのをやめたのは褒めてやるが、やっぱり人間の体にこいつの強靭な鱗は少し痛い。


「……はあ。本格的に頑張らないとな」


 前世のスミレは、俺と相対して対等に近い力を発揮した。

 それも、たった二十年でだ。

 俺がいかに持ち得る才能だけで甘んじていたのか、嫌という程見せつけられた気分になる。


 変わらないといけない。

 でなければ、クレアをまた死なせる結果になりかねない。

 それだけは嫌だ。


 少なくとも、この時代でスミレは魔術を使えていなかったというのはカエデの反応で分かった。

 つまり当時のスミレより前進はしているはずだ。

 まして、俺は竜人の王子。魔の文化に違いはあれど、経験は嘘をつかない。

 竜山へ戻るにしても、高水準の魔術――ないし、人間には使えない魔法習得は必須。ならば魔術学園への復帰が最優先だ。

 イヴァへ取り入るのも大事だが、急がなくていい。今できることを確実にやろう。


 決意を新たにしていると、しばらくして、学園の中から人の良さそうな男が出てきた。


「よく帰ってきたねスミレ! 魔女の森は大変だったでしょ。修行は上手くいったかい?」


 何故か見覚えがある。

 俺の――スミレの担任の先生だった。

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