36話 想定外だったやり直し
クレアの国に危害が及ばないとしても、魔物の脅威が終わったわけではない。里を抜ける許可は得られたし、最低限旅の準備をすることにした。
まずは学園を出たらノトムの店に行こう。そこで旅支度になる道具を出世払いで貰って、ラッキーの背中に乗せればいい。ホウキに乗る魔術が使えることも確認済だから、ゆっくり飛べば問題ないはずだ。
それに、準備をするのは旅のことだけではない。カエデのこともなんとかしておきたい。
考えながら学園の門を抜けると、もう生徒の気配もない通学路で数人が待っていた。
「本当にバッジつけてるじゃん」
やや膨らんだ鞄を背負ったノトムと……まあ、見覚えのあるパーティメンバーの顔ぶれである。
当たり前のようにいるクラリスと、浮かない顔をしているノトムとブラッカは俺を見ると取り繕うように笑った。
ノトムが背中の鞄を差し出してくる。
「昨日学園長が店に来たんだけどね。スミレが黒薔薇の魔女のバッジをつけて学園を出るようなら、これ渡してあげてって言われたんだ」
「学園長が? 昨日は学園も休みだっただろ?」
「うん。僕もびっくりだよ。何か怒られるようなことしちゃったのかと思った」
あの魔王め、どこまで絵に描いてたんだ?
シモーネ学園長と話をつけたのはまさに先程のことだったから、もしかすると俺が里を抜け出したがっていることを随分前から知っていた可能性がある。
もしくは、不確定要素の多い存在である俺を追い出そうとしていたのか。
ノトムが俺を待っていたのはわかるが、他の連中まで俺を迎えに来るのはなぜなのだろう。
「スミレさん、また修行に行くの?」
クラリスの言葉が少し不安そうに聞こえたのは気の所為だろうか。
「この学園の授業は退屈だからな。ほら、せっかくだからお前みたいな凄い魔女を目指したいだろ?」
「お世辞はやめてよ。あなたのほうがずっと凄い魔女でしょう。いいじゃない、わざわざ危険な外にいかなくたって」
「大人になるとこんなことも自由にできなくなる。子供でいられるのも今のうちだろ? 今行かないと後悔する気がするんだ」
「この前死にかけたのよ!?」
クラリスに感情的な声を張り上げられた俺は――俺だけじゃなく、ノトムやブラッカも驚いていた。大人ぶって本心めいたことを表に出さないような奴が、他人の事で泣きそうな顔をするなんて誰が想像できただろう。
目に涙を浮かべているクラリスに代わって、ブラッカが無理につくった笑顔で胸を叩いた。
「危ねえ旅だと心配だよな。俺はもちろんついていくぜ」
「だめだ。里にいろ」
「なんでだよ!」
俺に断られると思っていなかったのか、ブラッカは顎を落としてショックを受けた様子だった。
これにはクラリスが首を振っている。
「魔女の一族は学園長の許可なしに出ることは許されてないわ。たぶん、修行に行くっていっても許されないでしょうね」
「なんでアネキだけ特別待遇なんだよ!」
「黒薔薇の魔女を目指すバッジを貰っているからよ」
「じゃあクラリスはついて行っていいのかよ」
「無理よ。だって……」
クラリスは雪色の瞳を曇らせて、震える声で呟いた。
「スミレさんは修行に行くんじゃないんでしょう?」
「…………」
俺は何も答えなかった。答えなくてもノトムは気づいているような顔をしているし(ブラッカはいまいちピンときていないようだが)、答えてもこいつらを側に着けることができないのはわかりきっている。
「こんなこと言いたくないけれど……怖いのよ。魔人があんなに恐ろしいなんて、戦うまで考えたこともなかった」
クラリスは俺と同じように、意思があるなら旅に同行する資格はある。ただ、ダンジョンの中でハイになっていた時のような無鉄砲さを持ち続けるのは子供には酷というものだ。
それに、俺がこれからやろうとしていることは責任でもなければ義務でもない。クレアと共にある世界を守る旅だ。魔女には一切関係がない。
「気にしなくて良い。さすがに頼まれたって魔女と旅をしようとは思ってないさ。それより、カエデのことを気にかけてやってほしい」
「それは構わないけれど……妹さんにはもう話したの?」
「いや、これからだ」そう言って、木の上でぶらさがって遊んでいる赤髪のアマゾネス族に視線を移した。「イヴァ、ついて来い」
呼ばれたことに気づいたイヴァは、軽快に木々を飛び移りながら降りてきた。
「遊びに行くのか?」などと呑気なことを言ってくる。
「悪い奴らをブチのめしに行く」
「どういうやつなんだ?」
「ポチとか、お前の同族さえも食い物にしようとしてる連中だ」
それだけ聞くとなんとなく理解したのか、眉間に皺を寄せて、側にいるポチを撫でるとまたニカッと歯を見せた。
「ポチと学園に入れたのは良かったけどさ、キョーシツってとこ苦手だったんだ。ずーっと皆静かに座ってんだもん。退屈で死んじまうかと思った」
実にイヴァらしくて助かる。前世で俺を殺すパーティだったから旅に誘うのはそう難しくないのだろうとは思っていたが、ただ数日出かけるのとはわけが違う。アマゾネスの一族は、別れにあまり抵抗がないのだろうか?
そう思っていたら、イヴァがまた呑気に笑って、
「遊び疲れたら帰ってこよーぜ」
なんて冗談っぽく笑って言った。
きっと冗談ではないのだろう。俺は皆にも誓うように頷いた。
「ああ。絶対帰ってこよう」
「ねえスミレさん」
俺も無意識に笑っていたからだろうか。クラリスが聞こえるか聞こえないかの呼びかけをしてきた後、猫のようにスルリと身を寄せてくるのを許していて――頬に口づけをされた。
「んなっ……な、なん?」
今世でトップに位置するほどの油断ぶりであった。俺がどぎまぎして頬を抑えて、なにをされたのか遅れて理解をしている間、周りの男二人組はませた子供のように口をパクパクさせながら出ない言葉を舌の上で転がしているようだった。
夕日に照らされたクラリスの端正な顔立ちに朱が差したように見えて、彼女は涙目を隠すように笑った。
「ベルノワール家のおまじない。折れそうになったら私のことを思い出しなさい。あれだけ私に褒めさせておいて、情けないところ見せたらただじゃおかないから」
◆
家に戻って夜中だというのに、まだ左の頬に微熱を感じる。たぶん、俺のありもしない思春期のようなものが目覚めているのか、もしくはスミレの体が勝手に意識しているのだと思う。
頬とはいえ口づけをされた。
あれは……なんだったんだ。
魔女の一族というのはああいう挨拶が一般的なのだろうか。いや、多分そうなんだ。そういうことにしよう。
よく考えればクレアとさえ恥ずかしくて手を握ったりするのがせいぜいだったのだ。まあたった三年しか経っていないのだからおかしい話ではない。そうだ。うん。
明日には旅に出るわけだが、カエデにはどう伝えるべきだろうか。
クラリスならうまく伝えてくれるだろうか? もしくは、置き手紙?
どうせ里には戻ってくるんだ。わざわざ大事にする必要は無いだろう。やはり手紙だな。
そう思って、部屋から持ってきた羊皮紙に羽根ペンを立てた時である。
「お姉ちゃん」
もう眠っている時間だと思ったのに、カエデが顔を覗かせるようにしていた。
とても不安そうな声で、「またどこかに行っちゃうの?」と聞いてくる。
「なんでそう思うんだ?」
「前、修行に行った時と同じ顔してるんだもん」
どうやら俺はスミレに負けないくらいわかりやすい顔をしていたらしい。もしくは、カエデが異常なまでに勘がいいかのどちらかだ。
そうして座っているテーブルまで寄ってくると、羽ペンを立てていた羊皮紙に視線を落としている。
カエデは目に涙を浮かべて驚くような事を口にした。
「お姉ちゃんは……死んじゃったの?」
握っていたペン先が割れて、勢いそのままに紙が裂けた。黒いインクが羊皮紙に染み込んで広がっていく。
「……生きてるよ」
染み込んでいくインクに向かって弱々しく答える。
とてもじゃないが、カエデの目を見て口にできなかった。
「じゃあ――なんでカエデのこと置いていこうとするの?」
上から降ってきた震えるような言葉は、実の姉ではなく俺を責めるようなものにすら思えた。
思わずカエデを見上げる。
「そうじゃない。違うんだカエデ」
「違わないよ! お姉ちゃんが強くなると、私の知ってるお姉ちゃんがだんだん消えてくの!」
「カエデ……」
「お姉ちゃんが大好きなんだよ……どこにもいかないでよ」
綺麗な顔を悲痛に歪めたカエデは、自分の服を握り込むようにして肩を震わせていた。とうとう涙が溢れていく。
「強くなったって……お姉ちゃんがいなくなるんじゃ意味ないよ……」
「…………」
返す言葉を探す間、居心地の悪い静寂とすすり泣く声だけがこの部屋の全てになった。
本当に、なんでこんないい子が魔竜因子の病に罹ったのかが理解できない。本物のスミレが怒るわけだ。ジェイトリック達が使うような、悪魔族の呪法にすがりたくなる気持ちも分かる。
俺を殺さないとカエデを助けられないと思ったのだろう。
カエデの方に向き直り、そっと妹の腕に手を添えた。
「カエデは……お姉ちゃんのどういうところが好きなんだ?」
「……魔術が大好きで、使えなくても、キラキラした目でずっと本にかじりついても、魔術を追いかけてて……意地悪な友達にも負けなくて……自慢できるお姉ちゃんなところ」
カエデは泣き腫らした目のまま、声を震わせてまっすぐに答えた。たぶんそれだけじゃないんだろう。本当にスミレのことが大好きだというのが目の前にして嫌というほど伝わってくる。
「俺は――お姉ちゃんは、死にそうな目にあっても、頑張ることを止めないでいてくれて、いつまでも帰りを待ってくれるカエデが大好きなんだ」
これはスミレが過去に修行に出ていた時の思いだ。
たった一人のカエデを置いてでも、妹を守れるくらいの力が欲しかったスミレ・レーニーンという魔女の思い。過酷な修行の最中でも、待っているカエデのもとに帰ることだけが彼女のモチベーションでもあった。
俺もなんとなくだが、分かる気がする。
「この旅が終わったら、お姉ちゃんは大好きなカエデのところに戻ってくるよ」
「……本当に?」
「約束する。絶対だ。その時はお姉ちゃんが作れなかった造花の魔術で花飾りを作って、母さん達のお墓に持っていこう。ここまでできるようになったって、天国の母さんに見せてやるんだ」
「……うん、っ、わかった」
カエデはただ膝をついて、俺の体に巻き付くようにして泣いていた。泣き声を噛み殺すようにする分、俺にしがみつく手は痛いほど強く握ってくる。
カエデが泣きつかれて眠るまで、妹の背中をただ擦っていた。
◆
日が変わる頃には、カエデの表情は昨日の様子が嘘のように明るくなっていた。
明るく振る舞おうとしていたのかは分からない。カエデのことだから、きっと俺に心配をかけないようにしたのだろう。
別れの朝くらいは俺も調子をあわせてやり、一緒に歩くことはない通学路をカエデが見えなくなるまで見送った。
俺とラッキーは、カエデとは反対の道を目指す。魔女の里を抜けると、俺を待っているイヴァとポチが見えてきた。
向こうも俺を見つけたようで、元気に手を振っている。
ソレに加えて、何故か俺がこの体に回帰転生した時に乗っていた大きな行商人の馬車も待っていた。
これは後で知ったことだが、クラリスが用意した、べルノワール家と良くしている商人ギルドの荷馬車だったらしい。
どうやら回帰前から修行に出ていたスミレを密かに心配していたらしく、今回も気を利かせて雇っていたらしいのだ。
『思ったより早い巣立ちですね』
「竜ならもっと早いさ」
『あれ、普通に喋って良いんですか? ご主人様』
俺が念話で返さなくなったことに驚いたのか、小さな妖精は顔の横でふわふわと揺れた。
「イヴァは魔女の一族じゃないから、リネリットのことも紹介してやろうと思ってな。いつまでも擬態の魔法を使うのは辛いだろ?」
それを聞いたリネリットは少し嬉しそうにしている。擬態の魔法を使わなくて良くなったことが、なのか、仲間の一員になれた気がしたからなのかは知るところではない。
ただ、俺にとってリネリットは正真正銘、信頼できる仲間だ。
木々を抜け、薄くかかっていた魔女の里の霧が晴れる。やけに眩しい日差しがまっすぐに俺達を迎えた。
「やっとスタートラインに来たか」
さほど長くなかったはずだが、感じていた苦労が思わず声に乗って漏れる。
リネリットも同意するように返した。
「ここからが本当のスタート、ってやつですね」
「いや――」
俺の生涯は前世から始まり、クレアを悲しませた末に巻き戻り、魔女の体に入った今もなお続いている。ただの延長線上だ。
ただし、死してもなお、やり直しの機会を授かった。
人間への復讐のためじゃない。
これは横暴で身勝手だった俺が、心を入れ替えてやり直すチャンスを与えられた奇跡だったんだ。
「正真正銘、一生に一度きりのリスタートだ」
このやり直しは絶対に無駄にしない。
魔女の里編、了。
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございました。
これにて魔女の里編が完結です。続編に向けて力を溜めます←
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