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竜人王子の魔女っ子リスタート〜優しすぎた竜人王子、裏切りを受けてパワハラ魔女に回帰する〜  作者: 炭酸吸い
魔女の里編

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35話 すごい生徒




「どうだったの、初めてのダンジョン。楽しかった?」

「ああ。散歩にはちょうどいいかもな」

「そーなの? またカッコつけちゃってさ」


 魔女の里へ帰還して学園の休みが明けた頃、久しぶりにも思えるカエデとの登校が待っていた。


 ――最南端のダンジョンだったはずなのだが、魔女の里へ着くのは想像以上に早かった。道中、妙にまとわりつく感じの霧が濃くなっていくと、目の前に魔女の里につながる森だったという寸法である。

 学園長の皮を被った初代魔王による、『魔女の里を抜け出せない呪い』のおかげだろう。魔女の一族は抜け出しても簡単に逃げられそうにはなかった。

 乾燥した落ち葉を踏みしめて歩いた先で、学園の門をくぐる生徒の列に加わる。チラチラと好奇の目で俺を見る魔女達を無視していたが、奥で見覚えのある連中が揉めているところに出くわした。


 というか、イヴァだった。


「ダンジョン攻略したらポチを入れていいっていったじゃんか!」

「あのさあ。銀狼(シルバーファング)が誰も傷つけずに役に立ったって証拠あんの? また意地張って隷属の首輪つけてないし、そんなんじゃ入れられないよ」


 イヴァ達の入門を妨げていたのは、いじめっ子三人組の印象が強い、ブラッカの手下であるビリアン。同じく子分にあたるもう一人は、線の細い男子生徒のリックという奴だった。


「またつまらんことやってるのかお前ら」

「げ、ホウキ売り」


 ビリアンが俺を蔑称で呼ぶと、隣にいたカエデがむっとした。少し騒ぎが大きくなったのか、いつの間にか門をくぐろうとしていた生徒達も野次馬のように俺達を取り囲んでいた。

 それで野次馬の連中も言いたいことを、聞こえるか聞こえないかの声量で口にする。


「あれホウキ売りでしょ」

「あー、竜にビビってた奴か」

「初等部試験だけ受かって、調子乗ってダンジョンに行ったんでしょ?」

「あの感じだと上層だけ軽く潜って帰ってきたっぽいね」

「まーホウキ売りだしな。中等部に上がれただけ奇跡だろ」

「あ、スミレじゃん。帰ってくんの速くね? テキな?」


 今世何度目になるか分からないため息が自然と出てしまう。この里の連中は本当変わらないな。

 イヴァは対照的で、俺に気づくと上機嫌な大声量だった。


「スミレ! おはよ! あ、ポチ、まだラッキーと遊んじゃだめだぞ。おすわりな」

「なんで入れる前提なんだよ。ダンジョン攻略の証拠か証人がないとだめなんだって!」


 ビリアンが足でダンダンと地を鳴らし抗議していると、俺のすぐ後ろ、高い位置から低い声がした。


「同じダンジョンに潜った奴が証人じゃだめなのかよ?」

「ダメだね! 嘘ついてる可能性だってあるし――」なんてビリアンが意地悪をしたい気満々の返答を淀み無く言うと、隣のリックが怯えた顔で、声の方向から視線を外せないままビリアンの袖を引っ張った。

「ちょ、ちょっとビリアン」


 いじめっ子のリックが止めるには少し遅かったようだが。


「おいテメエ、今のもういっぺん言ってみろや」

「あ、兄貴――!?」


 ブラッカ・クレイバスタが鬼の形相でビリアンの胸ぐらを掴んでいた。


「一緒にダンジョン攻略した俺様とスミレのアネキが嘘をつくって?」


 金髪の一部を短く刈り込んだ大男には、有無を言わさない凄みがあった。実際、ビリアンとリックはこの世の終わりを悟ったように怯えつつも、ブラッカの変わりように目を白黒させている。


「足りないなら私たちが証人になるわよ」


 優等生のように凛とした声が遠くからすると、いとも容易く野次馬の塊が道を通すように裂いて開いた。

 白を貴重とした意匠に身を包んだ黒薔薇の魔女候補。クラリス・ベルノワールが整った顔立ちに笑みを浮かべている。隣にノトムがいて、コチラに向かって小さく「やあ」と手を振った。


「あの銀狼は、クレイバスタさんへの魔物の奇襲から素早く救って、その後のダンジョンクラッシュ後でも実際に私たちの命を救ってくれたわ」


 クラリスの口から擁護めいた言葉が出ると思わかなったのか、リ・エンジット魔鉱道で起きたダンジョンクラッシュを知らなかったか、野次馬たちは顔を見合わせた。


「それに、スミレさんはダンジョンクラッシュのトラブルを先導して彼らを助けたと聞いているし、後に出くわした魔人を一人で討ち倒してくれたもの。みんな充分な功労者達よ」


 自分のことのように自慢気に言う女である。


「彼女たちを門前払いする資格はないし、ましてスミレさんを〝ホウキ売り〟なんて呼び方ができるほど、あなた達は偉い人間なのかしら。少なくとも、スミレさんたちに救われた私は恥ずかしくてそんなこと口にできないけれど」


 それを聞いた野次馬は混乱で波が起きたようにざわついた。


「魔人!? ――魔人ってあれでしょ? 魔物の将軍みたいな」

「一人でやっつけるって……え? 先生が会ったら逃げろって言うような奴よね? 違うっけ?」

「クラリスさんが助けられたって本当?」

「クラリスさんが嘘つくはず無いし……」

「ていうかダンジョンクラッシュにあって、なんで平気な顔で登校してるんだ? ノトムのやつもクラリスさんと一緒に登校してるし……」

「あいつら本当はすげえ奴なのか?」

「マジ? やっぱスミレかっけえじゃん」


 これは別方向で面倒な事になりそうだった。俺はただ魔人の件で学園長に話をつけたいだけなんだが、これでは登校どころではない。

 得意げに片目を閉じてアピールしてくるクラリスに肩をすくめて笑うと、俺は早々に話を切り上げることにした。


「そういうことだから、もう行っていいよな?」

「は、はい……どうぞ……」


 イヴァが跳んで喜んだ。尻尾をブンブン振るポチに飛び乗ると、上機嫌で「行こーぜスミレ」なんて言ってくるものだから、俺も調子を合わせることにする。


「じゃあ、行くぞお前たち」

「へい」


 ブラッカの付き従い方で、なんだか闇組織のトップになったような気分になってくる。魔獣二匹を連れた俺達は門を塞いでいた野次馬の方に歩くと、自然と道を開けるように人混みが割れた。

 手を繋いでいるカエデが信じられないものを見ているような顔をしながらも、手を引かれるがままに隣を歩く。


 騒ぎを聞いていたのかわからないが、学園の正門の奥で珍しくシモーネ学園長があくびをしながら立っていた。

 大きな魔石のはめ込まれた杖を支えにしながら、眠たげに一言。


「スミレ。放課後私の部屋に来て」


 と言ってまた扉の奥に消えてしまった。

 俺から会いに行こうと思っていたのだが、この朝一番から学園長が動くのは珍しい。

 何かしただろうか。




     ◆




 学園長の部屋とはいいつつ、初代魔王の居座る部屋だから人間の標本でも並べているのだろうと思っていたがそんなことはなかった。

 学園を運営する人間が構えそうな平和そうな空間である。

 学園長然とした穏やかそうな雰囲気を醸すシモーネが、本棚の背表紙をなぞりながら俺に聞いてくる。


「どうだった? 初めてのダンジョン」

「色々と苦労し――ました」と、生徒の立場を徹底する俺。

「そう」


 生返事で本を抜き取ると、また世間話めいた口調であった。


「ジェイトリックが魔人だったんだってね」


 初代魔王渾身のしらばっくれようである。俺はこの茶番に答える気にもなれないでいると、さらにシモーネは続けた。


「望んだ力は手に入れたのかな?」


 まるで幼い頃の目標を宣言しあった旧友に再会したような、実に核心的で見透かすような言葉だった。

 返す言葉が思いつかない。シラを切るべきなのか、適当に話を合わせるのか。合わせたところで、意味があるのか。

 逡巡(しゅんじゅん)して、俺はバカバカしくなってしまった。


「お前、俺が誰なのか――」と、意を決して口にした俺を制するように、シモーネはすかさず声を大きくした。

「待った。――それ以上はいけないよ。キミを殺さないといけなくなる」


 随分と親しげな殺意に満ちた声音。言葉の強さにしては、銀髪の初代魔王は開いた書籍から目を離さない。続ける言葉はいつもの気だるげな調子だった。


「私はね、ただ平穏に暮らしたいだけなんだ。争い事なんてまっぴらごめんさ」

「……俺にはなんの用だったんだ?」

「別になにも。キミが私に用があるんでしょ。本当はふかふかのベッドに入ってる時間なんだからね」


 呼び出しておいてなんだその言い草は、とは思わない。


(まさか俺の考えていることが分かるのか?)


 そう邪推してしまうくらいには、シモーネの話の早さは異常だった。

 ――面倒な読み合いはよそう。

 きっとこの初代魔王は、俺がどういう存在かを認識している。正確性まではわからないが、そういう前提で話したほうがいい。

 これから伝えようと思っていた突拍子もないことも、駆け引き無しで話せるというものだ。


「ダンジョン攻略に行って分かったことだが……じきに魔族の動きがおかしくなる。世界がひっくり返るほどの規模だ」

「そう。そう思うんだね」


 と、シモーネ学園長は調子を合わせて相槌をうった。

 よし。この伝え方は正解だ。

 下手に驚いたフリをされたり、全くの無関心で対応されるよりはいい。

 俺は回帰前の記憶を頼りに、確信めいた話し方は控えることにした。


「これは予想だが、魔族の王が新しく代わって、そいつの血の気が多いんだと思うんだ。じゃないと今までの状況から大きく変わるなんて考えにくいだろうし」

「そっか」


 今度は生徒の言葉を聞く者の態度ではなかった。むしろ他人事のように聞いている気さえする。

 こいつの考えがわからなくなってきて、俺は少し頭が熱くなるのを感じた。


「止めようとは思わないのか?」

「無理だよ。何度も試したけど、あれは生理現象みたいなものなんだ。お腹が空いたら食べたくなるし、眠くなったら寝る。それと同じだよ」


 手元の文章を追う目が止まっている。読むふりをしているみたいだが、その横顔には若干の寂しさを感じた。

 その時俺はやっとこいつのことが分かった。

 ――他人事だったのではない。もう手に負えなくなっているんだ。


「止めなかったらここの里だって安全じゃないだろう」

「だからこそ、この里には誰にも見つからない魔法をかけたのさ」


 シモーネは全く読んでいない分厚い魔術書のページをめくる。


「最終的にこの里は、外の世界と一切関わりを持たない一族になる。無駄に頑張らなくていいし、今までの生涯を一ページずつ振り返るように噛み締めて、死ぬまでただ生きるんだ」


 魔を極めた初代王のセリフとはとても思えなかった。

 自暴自棄と言ってもいい。

 もし俺が奴の立場なら、自分の手で同族をねじ伏せている。それすらもこの女は諦めたのだ。


「……外の世界の生き物はどうするんだ!?」

「なんでも欲しがっていいのは子供のうちだけだよ。私たちみたいなのは、小さい両手の器から欲しいものがこぼれ落ちていって、最後に残ったものを生涯かけて大切にしていくんだ」


 なにを悟ったようなことを言っているんだ。


「俺は授業を受けに来たんじゃない。腹を割って話してくれ」


 しばらく答えは返ってこなかった。聞こえなかったのかと思ってしまうほどの時間を泳がせて、シモーネは本をパタンと閉じる。


「死ぬよ。王を殺しに行くなら」

「俺は死なない。……もう死ぬわけにはいかないんだ」

「キミが死ななくても、共に戦う誰かは死ぬ。それをキミは受け入れられるの?」

「何もしなかったらそれ以上に消えていくだろ。俺はそっちのほうが嫌だ」


 俺は初めて初代魔王とまともに会話をした気がした。

 たぶんお互いの本心だ。少なくとも俺は嘘をついていない。だからこそ、お互いが真逆の世界を見ていることにどうしようもない虚しさを感じてしまう。


「……お前はこれ以上守りたいものがないのか?」

「もうみんな死んでいったよ」


 感情無く答えたシモーネは本を傾け、何も書かれていない裏表紙の染みを呆然と眺めている。


「いくら魔を極めたって、どれだけの悪意をねじ伏せたって、一人じゃどうしても限界がある。だから狭い世界を作ったほうが効率がいいんだ」


 そして(かかと)をあげると、重たそうに本をもとの位置へ戻した。

 すっぽりと収まった背表紙を、大事そうに撫でる。


「この世界が私の全てだよ」


 それは言葉通り、シモーネの全てを表していた。この魔女の里こそが彼女の世界で、混沌とした魔族の生態系では息苦しいとでも言わんばかりに。

 シモーネはふとこちらを見ると、妬ましそうな目を細めて、


「子供のくせに、キミの世界のほうが私より広そうだね」


 と言った。

 今更俺を子供扱いするのか。それとも、もうこの話は終わりだと言いたいのか。

 煮えきらないでいる俺に、シモーネはいつもの調子であくびをしながら言った。


「この世界に閉じ込めておくには窮屈そうだし、お出かけさせてあげるよ」


 その手に見覚えのあるバッジを乗せている。魔晶石を削り丁寧に作り上げた、黒い薔薇を模したものだった。


「黒薔薇の魔女なんて名ばかりに聞こえるかも知れないけれど、これはみんなの頑張る希望みたいなものだから、『修行の旅』に行ってくるといい」


 のそのそと俺に近づき、トンガリ帽子を引っ張るとピンを刺すようにして取り付けた。

 クラリスがつけている〝黒薔薇の魔女〟のバッジと同じものだった。


「今のキミにとって必要なものに導いてくれるはずだよ」


 言いたいだけ言うシモーネに、俺は面食らった。


「いいのか? 家族が消えるかもしれないんだぞ」

「なんのことを言っているのかわからないけれど、あれらは家族にはなれないよ。欲はあっても心は無いんだ」


 俺に背中を向けたシモーネがどういう気持ちでそんなことを口にしたのかはわからない。わからないが、俺は無意識にとんがり帽子のツバを強く握り込んでいた。


「もし出るなら早いほうが良い。あれも我慢強い方じゃないからね」


 我慢強さの指標は竜人や魔人の感覚に近いだろう。

 これ以上かける言葉も見つからなくて静かに出ようとしたところで、いま一度呼び止められた。


「スミレ」


 彼女が初代魔王だったことを忘れてしまうほど穏やかな顔をしていて、不覚にも学園長っぽいなと思ってしまう。


「もし『あの子』と会ったら伝えておいてよ。『キミは最初からすごい生徒だったよ』って」


 含みのある言い方に、俺はただ手を挙げて応えた。我ながら随分と失礼な生徒だったと思う。

 そうしてあっさりと、魔女の里から抜け出す権利を得た。




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