27話 魔女二人
べたべたと地を這うレッドリザードの背中に中年の騎士を乗せる。
俺とクレアは並んで歩き出口を目指した。
「乗り心地は最悪だろうが我慢してくれ」
ガシャガシャと具足の擦れる音がついてくる。
ラッキーの背中に捕まるようにしているアントンは「そうだな」と遠慮なく返して、戸惑った声に変わった。
「怒らないでほしいんだが。正直、魔女って冷たい連中だと思ってた」
「会ったことあるのか?」
「すれ違うようなもんだったがな。魔物に襲われていたところで鉢合った。ちょうど君と同じような格好だった」
騎士団の作戦中だったのだろう。南の大陸は魔物が活動的だから、よくある話なのだと思う。
「その魔女は通り道で邪魔な魔物だけ殺して、交戦中の俺達には目もくれず素通りしていったよ」
そもそも魔女に出会える事自体希少な体験なのだと思う。
魔女の里で過ごして感じたのは、外部との関わりを徹底的に避ける傾向にあるということだ。
学園長もとい、初代魔王のエズモニアスがそういう文化を確立したのかもしれない。
だからその魔女も騎士団の連中には知らぬふりをしたのだろう。
「君みたいな人がいたとは思わなかった。改めて礼を言わせてほしい」
「無事に出てからにしてくれ。クレアが帰れないと意味がないだろ」
ここはダンジョンの下層だ。
今のまともな戦力といえば俺しかいない。ラッキーが戦いに参加すれば容赦なく背中のアントンも危険に晒されるだろう。
彼からもらったポーションのお陰で灯火の魔術を継続発動するくらいの魔力は戻っている。
体内に溶かした月の石も魔力生成を助けてはいるが、もとに戻る前に魔物に襲われたら危険な状況ではあった。
クレアが歩幅を大きくして俺の真横につく。
「あなた、どこかで会ったことある……?」
心臓が跳ねた。
出来の悪い口説き文句のような言葉に、俺は一瞬言葉に迷ってしまった。
あまりにも唐突な問い。なんの脈絡もないし、クレアの言葉をそのまま受け取るとすれば、「スミレと会ったことがあるか」という話なのだろう。
実際、この体にそれらしき思い出は浮かばなかった。
「いや、無いな」
「そう。まあ、そうよね。ごめんなさい、変なこと聞いちゃった」
背の低い俺に合わせるように上体を折ったクレアは、覗き込むようにして懐かしい笑顔をこちらに向けた。
――いっそ全部言ってしまいたい。
未来のことなんてどうでもいいじゃないか。ここにクレアがいて、ちゃんと生きてるんだぞ。
竜山を一緒に歩いた時みたいに、俺に一切気を使わず自然体で接してくれる。普通の人間なら絶対にあり得ないことだ。
アントンが魔女をよく思っていなかったということは、善意の塊のようなクレアも良い感情は持っていなかったはずだ。
でも俺にはそんな素振りを一切感じさせない。
俺が口を開いたとき、クレアも同じように口を開いていた。
『あの』
ちょうど言葉が重なり、お互い次をためらう。
また懐かしくなって、俺は先を譲った。
「なんだ?」
「あなたが先に言って」
そう、クレアならそう言う。いままで何度そんなやり取りをしたか分からない。
「いや、クレアから言ってくれ」
「……ふ」
言いたかった事を忘れたのか、彼女はくすりと笑うと前を向いた。
「なんだか、先祖で縁があったみたいな気がする。巡り巡ってまた出会ったみたいな」
これがあながち間違っていないことが恐ろしい。
クレアは一体何を感じ取って、何を考えているんだろう。
前世でも全く同じ事を俺は思っていたが、竜の目をもってしてもクレアの考えだけはどうしても読めなかったのだ。
「ロマンチストだな」
「よく言われるわ」
きっと、俺がクレアに好意を寄せたのは、そんな些細なきっかけだったのだと思う。
竜人で王族の血を引く者は、ほとんどの生物が抱く感情や思考を読み取る目を持つ。
その俺がただの人間であるクレアだけは、どうしても何を考えているのかがわからなかった。
始まりは好意というより、興味だったのかもしれない。数百年の生涯で初めてのことがあるとは思っていなかったのだ。
「スミレさんはなんでここに来たの?」
国の仕事でもなければこんな危険なダンジョンには来ないだろう。クレアの疑問は至極当然と言えた。
「人を助けたいんだ。そのための力をつけに来た」
「大切な人?」
「まあ、そんなところだ」
あまり根掘り葉掘り聞かれると変なことを言いそうな気がしたので、俺は階段に差し掛かったところで周囲を見渡した。
「魔物がやけに少ないな」
厳密には、一体もいない。不気味なほど静かだ。
クレアもこの安全な状況に頷いた。
「うん。良いことよね」
逆だ。
パンデモニウムの回廊は魔物を繁殖させるダンジョンである。
道中、半透明な卵型の容器に魔力溶液が満たされ、怪しく光を放っているところはいくつも見かけた。その他には何も見当たらない。
これは異常なことだ。
通常下層に降りれば降りるほど凶悪な魔物が集まる。
弱肉強食の環境上、数は少ないだろうが部外者には敏感だ。
それが一体もいないなら、最悪なケースが発生している可能性が非常に高い。
「クレア」
「ん? なあに?」
「俺から離れるな。絶対にだ」
「なにー? 急におどかして。私平気よ」
「冗談で言ってるんじゃない。何かおかしい」
その予感が的中したのは、階段を登り終わったまさにその時だった。
「火霊を呼び起こす魔術」
舗装された通路を塗り替えるような炎の波が迫った。
クレアの前に飛び出して防御魔法を展開した。障壁にぶつかった炎が雫を撒き散らすように弾け飛ぶ。
これは超広範囲を液状の炎で満たす魔術。
すぐに俺達を狙った魔術ではないと分かった。
「おやおやぁ」
「……! 来ないで!」
俺に気づいたクラリスが銀髪を振り乱して叫ぶ。この魔術を放ったのは彼女だろう。
クラリスは半透明の足場を構築して浮いている。その先には、身の丈はある鞄を背負った男。
攻撃するために放った魔術は、その男によって当然のように無に還されていた。
彼を中心に炎の海が裂けている。そして、一回り大きな体格を誇るブラッカの首を容赦なく掴み上げている。
そいつは、クラリスの従者として随行したジェイトリックという男だった。
「使徒様もご一緒とは」
汗一つ流さず冷たい声をこちらへ向ける。
瞳は金色に変わっている。射抜くようにしてクレアを見た。
「やっと見つけた」
ここまで徹底して物静かだった男が、態度を一変させて不気味に口を歪ませる。
綿で出来た人形のように、ジェイトリックは細い腕でブラッカを投げた。
慌ててクラリスが炎の魔術を解除する。そのまま即席で作り上げた障壁がブラッカを受け止めた。
「ダンジョンの調節が甘かったようですねぇ」
(本性出しやがったな)
最悪だ。
ジェイトリックから溢れているのは、人間にはありえない強大で邪悪な魔力。
俺の仮説が正しかったと証明されてしまった。
魔王軍直属の司令塔。知性ある高位生命体。次元を超え、数多のダンジョンを渡る者。
魔人。
人を人と思わないような冷徹な目。俺と視線が合うと、ジェイトリックは不必要な品のある仕草で訴えた。
「その者をコチラに渡してください」
低い声でクレアを指さしている。
全身が粟立つのを感じた。
戻り始めた魔力が熱をもって全身を巡る。心臓が早鐘を打つよう俺に警告する。
こいつは危険だ。
いや、それ以前に俺は大事なことを見逃していた。
『ご主人様、こいつ――!』
リネリットも俺と同じ事を考えているらしい。
――前世でクレアの国が滅びた時も魔人が来たのだ。
国の連中が敗走する際、クレアを柱へ磔にして逃げ出した相手。
どういうわけか姿形が違うが、俺の直感が告げている。
『クレアを狙った魔人だ』
前世の俺にとっては敵ですらなかったから、奴のことを知る前に葬った記憶しかない。
それでもあの鼻につく振る舞いと、不快な魔力だけは覚えている。
クレアを狙うのが数年先だとしたら、きっかけはここで起こったのだろう。
「クラリスッ!」
炎の魔術を解いたクラリスに叫ぶ。
「そいつは魔人だッッ!」
この優等生に限っては、それ以上の言葉が必要だとは思わない。
いけ好かないが、情報の取捨選択ができる子だと思う。なぜ俺が、奴が魔人であることを知っているかも聞こうとはしなかった。
それにブラッカを殺そうとしている様子をいち早く気づいたのは、他でもないクラリスだ。
ジェイトリックの凶行を阻止しようとした瞬間に俺が出くわしたのだろう。
彼女は状況把握が異常に早い。
絢爛な装飾が施された小ぶりの杖を引き寄せると、クラリスは忌々しそうに眉根を寄せた。
「刺客より最悪ねッ」
「アハハハハハッ! さすが勇敢ですねぇ」
逃走ではなく抵抗を選んだ俺達にジェイトリックは滑稽に感じたのか、口の端を吊り上げて目を細めた。
「逃がすつもりもありませんが」




