25話 再会
転移早々ダンジョンの寝返りが起こったのは想定外だった。そこにクラリスと従者のジェイがいて、早々にブラッカと合流したことも。
「ノトムはどうした?」
ブラッカは気まずそうに頭を掻いて笑った。
「すぐに合流したんだが、急に地面が動いてよ。離れちまった」
その割には随分と落ち着いている。発言にどことなく人の冷たさを感じた。
ブラッカは阿呆だが、このダンジョンが危ないということは分かっているはずだ。
「ノトムの近くに魔物はいたのか? 盗賊は?」
「心配し過ぎだぜ。ちょうど近くにイヴァも居たんだ。あと、ポチだっけ? あの狼も一緒だ」
コイツがあっけらかんとしている理由が分かった。
どうやら都合よく固まって飛ばされていたらしい。
イヴァの実力は前世で良く知っているから安心できる。考えが一本調子だから扱いづらいだろうが、情には熱い人間だと思っている。
「そうか。どっちに行ったかはわかるか?」
「ここめちゃくちゃに動くからわかんねえけど……たぶん俺より上に行っちまったんじゃねえかな。結構な叫び声だったし」
ブラッカのことだから割と適当に答えている可能性もあったが、きっと正しいと判断した。
叫び声が聞こえていたなら遠ざかった方向はわかるはず。
俺はそこまで聞いて頷いた。
「あっちは地上に近そうだな。良かった」
「そうとも言えないんじゃない?」
クラリスが真面目な顔で否定する。
そのまま両手の人差し指を立てて、足元をつんつんと指して見せた。
「彼、きっと下を目指すわよ」
「なんでだ? 危険だろ」
「あなた達が心配だから」
割と子供らしい理由だった。
クラリスも今のスミレと同年代だ。そう思ってしまうのも仕方がないのかも知れない。
あまり深刻な理由じゃないと思った俺は鼻を鳴らした。
「そんなことか」
俺だってあの短い時間で対策していた。魔法陣の転送前に釘を刺していたからあまり心配していない。
「大丈夫だ。飛ばされる前に『出口にいけ』って言っておいた」
「そんなの言う通りにできると思う? 私達まだ十五なのよ」
クラリスが呆れた目を向けてきた。
さすがに嫌な汗が出る。
子供っぽい理由だと思ったが、そもそも俺達は子供で、未熟だった。
(最悪だ……これがクレアだったら)
そこまで考えて頭を振った。
多分クレアも似たようなものだ。俺が強いのを知っているくせに、当たり前のように心配してくる。
魔王軍の第二団体を滅ぼしてやった時なんて、都市に出かけるような格好で俺のもとに駆けつけてきたのだ。
「信頼がないと誰も信じないわ。当たり前でしょ」
まさかクラリスからそんな善人めいた言葉が出てくるとは思わなかった。
ここまでうまくいかないものなのか?
あとは俺がこいつらを上層まで送って、下層に隠した遺物を取りに行くだけなんだぞ?
悩んでいたところで、ブラッカが首をならしてやや仰け反った。
「しゃーねーなー」
と言って、大きく息を吸う動作。
次の瞬間、俺達は耳を塞ぐことになった。
「ノトムぅうううううう! 上に行け――!」
「……うるっ、さいぞおい!」
「いや、聞こえるかなって」
ブラッカは明るい顔をしてはにかんでいる。
やっぱりブラッカはブラッカだった。そんな簡単に意思疎通が図れたら苦労しない。
確かに声量は見事なものだったが、ノトムが返してもきっと聞こえないだろう。
「聞こえるわけないだろ。ここがどれだけ広いと思って――」
『わ――かった――ぁあ!』
女の大声量がかすかに反響した。
イヴァ・ヴァルキュリエの声だった。
クラリスがおかしそうに笑う。
「耳いいのね」
俺も肩をすくめるしかない。
「アマゾネスの一族って言ったかしら」
ブラッカの声量でも人間の耳だとキャッチできなかったはずだ。竜人でも難しいだろう。
アマゾネスの一族は血のもたらす第六感が注目されがちだが、五体全てが殺傷武器になり得るほどのフィジカルこそ本命だ。
当然、視覚や聴覚も並外れている。
やっとツキが巡ってきたかもしれない。
「私たちも地上へ出ましょう。いいわよね、ジェイ」
「ええ。長居することは無いでしょう」
再びクラリス達が先陣を切る。ダンジョン離脱行動を進めていると、ブラッカから無言で肩をつつかれた。
そいつは先程の威勢を失っていた。というより、明らかに怯えている。
「アネキ」
「どうした?」
「なんであいつ居るんだ?」
前を歩くクラリスの方を指さしている。
そういえばブラッカは、クラリスがいると決まって様子が変になっていた。
あれだけ偉そうにしていたくせに情けない奴だ。
「言っただろ、ダンジョンの寝返りで鉢合わせたって。クラリスと何かあったのか?」
「違う、ジェイトリックさんだよ」
(ジェイトリック……あの従者か?)
クラリスからジェイと呼ばれていた男。
黒髪で病的に肌が白い、パッとしない人間だ。
子供数人詰め込んだように膨らんだ大きな荷物。体格が人並みだから、それを平然と背負って歩く姿は意外ではあるが、それだけだ。
人間にしてはできる奴くらいにしか見えない。
「大人しい付き人にしか見えないが」
「どさくさに紛れて逃げよう。あいつヤベえんだよ」
「はっきり言え。なにがどうヤバいんだ」
「それは……」
ブラッカは言葉を切ると、伺うようにジェイの背中をちら、と見る。
ジェイは黙々と前を見据えて歩いている。
それがかえって不気味さを醸し出していた。
「言ったら殺される」
「……まさか」
あの男はクラリスの従者だから、力に自信があるただの荷物持ちだと思っていた。
ここまで一切ジェイの魔術を見ていないのだ。
俺が戦うまでもない程にクラリスは強い。ただ、ジェイは別だ。
俺が戦わないのは後衛を呑気について行っているだけだからであって、前衛を歩くジェイは魔物の奇襲に対応する必要がある。
それなのに、簡単な防御魔術ですら一切使わない。探索の魔術でさえ、一つもだ。
使えないのではなく、使わないのだとしたら。邪な思いで魔を使う者なら、答えは割と限られてくる。
魔力は使用者によって明確に違う。個性が出る。
見る者が見れば、悪いことに使った奴の足はつきやすい。
「ノトムの店の――」
泣きそうな顔で口を塞がれた。
しきりに頷いている。まるで聞かれたらまずい話をしているかのようだ。
ブラッカにとってはそうなのだろう。
ジェイトリックは、巨大スライムを召喚した魔術士だ。
◆
ノトムの店に仕掛けられていた巨大スライムは並の術者では召喚出来ないと思っていた。
実際、その見立ては間違いではなかったらしい。
不良気質なブラッカがジェイの名前を伏せたり畏怖の感情を抱く程だ。過去によほどの仕打ちを受けたのだろう。
こうなると小声で話す仕草でさえ怪しまれそうだ。魔力消費を気にしつつ、念話に切り替える。
『ちょっと前歩いてみろ』
『俺の背中に何かついてんのか?』
『いいから』
大人しく俺の指示に従ったブラッカが、ちょうどクラリスの後ろあたりをついていくように歩く。
俺は目に魔力を集めた。
左に竜人の目を再現すると、生物に流れる魔力の流れが見えるようになる。
(あの男……大人しい顔してえげつないことしやがる)
ブラッカの体に流れる魔力が二種類、グラデーションのように溶け合っていた。
一つは純粋なブラッカの魔力だろう。問題はもう一つだ。
ジェイトリックが俺に吸わせようとした自作のポーションと同じ魔力を感じる。
普通は服用者の魔力に取り込まれるべきところを、今この瞬間も溶けずに腹部で占有しているのだ。
『あの従者からポーションをもらったのか?』
『ああ、魔装が使えなかった時にくれたんだが――なんで分かったんだ?』
だとするとスミレに日常的な乱暴をする前くらいか。
クラリスを見ると、ブラッカほどじゃないがジェイの魔力が根強く残っている。
(まるで悪魔族の現象だな)
悪魔族は邪悪な呪いの魔法とは別に、精神侵食を専売特許にしている。
学園長が初代魔王だからもしやとは思ったが。
(ジェイトリックという男、さては魔人か?)
確証はないが、ほぼ確定だろう。
卑しい魔人が魔女の連中に何かしようとしているのか。
侵攻として有効な手段は、人間の心を操ることだ。
社会的地位が高そうな人間を無意識下で操り、精神支配の抵抗を、時間をかけて下げさせる。
もし俺が悪魔なら、未成人の魔女か魔術士を狙う。教職レベルはかえって危険だ。魔に精通している分勘付かれやすいし、正体を暴かれかねない。
だとすると、スミレが苛められていたのもこの男の仕業か?
思うに、非倫理的な行いができるか否かで精神侵食の成果を測った可能性がある。
そうだったとしても、今の俺にどうする事もできない。
――たぶん、考え事をしていたのが失策だった。
あとは念話に夢中になって、クラリス達と徐々に距離が開いたことも要因といえる。
無防備なブラッカを待ち構えていたように、壁の穴から巨大ミミズが飛び出してきた。
「――くそっ!」
転移魔法陣にリソースを割いたせいで、あのレベルの魔物を止める魔法が使えない。
今更引き寄せる程腕力もない。
消去法でブラッカを向こう側に蹴り飛ばした。
「う、おっ」
ほとんど転ぶようにして金髪の大男はクラリスの足元に滑り込む。すぐ後ろを黒光りした巨大ミミズが通過した。
直後、本日二度目となる大振動。
「……アネキ!」
「分かってるな! 地上を目指せ! 捜しに戻ったら食い殺すからな!」
再びダンジョンの寝返りが再開される。
間隔がかなり短い。前世でもここまでの活動ぶりは初めてだった。
地形が生き物の用に変わっていく。すぐにブラッカ達の姿は見えなくなり、激しく景色変わること数回。
落ち着いたと思った時、背後から数人が騒ぐ声とともに、抜剣する音がした。
「動くな! 何者だ貴様!」
振り返ると、見覚えのある家紋が刺繍された銀甲冑が一人。血だらけでこちらに剣を向けていた。
前世で何度も見た家紋――『水平に保たれた天秤』の刺繍。
「――あ、ああ」
手が震える。
どうしてここに居るのかはわからない。
わからないが、そんなことはどうでも良かった。
兵士のすぐ隣に、ダンジョン侵攻には似つかわしくない女性がいる。
黒を基調としたドレスに、艶のある黒い長髪。
前世で守ると誓っていた女性――クレアがいた。




