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竜人王子の魔女っ子リスタート〜優しすぎた竜人王子、裏切りを受けてパワハラ魔女に回帰する〜  作者: 炭酸吸い
魔女の里編

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24話 世間知らずの魔女




 〝パンデモニウム回廊〟。

 大陸からひと月ほど馬を走らせれば到達可能な位置にある南のダンジョンだ。

 存在意義は、現代魔王軍の護衛部隊が利用する〝魔物繁殖〟である。

 魔物を統制するため、知能のある魔人が指揮をして作り上げた地下空間。俺はその下層に飛ばされていた。

 近くにラッキーがいる。ここまで近距離の転送になったのは幸運だった。


『リネリット。いるか』


 念話を試みると、俺のトンガリ帽子からもぞもぞと紫の精霊が出てきた。

 着ている服が一緒に転送されるのだ。精霊サイズのリネリットなら同じように転送されて当然だった。


『はい。……ここ、すごく鉄臭いですね』

『低能な魔物もいる。共食いでもしたんだろう』

『うわあ、綺麗な魔鉱石の階段が真っ赤です』


 透き通った紫水晶の階段を染めるように、魔物の体液がべったりと染み付いていた。

 このダンジョンはアメジストの魔鉱石を削りながら作ったのか、表面はざらついていてお粗末ながら、不気味な神聖さがあった。

 リ・エンジット魔鉱道のようにただ穴を掘リ進んだ道ではない。通路は限りなく平坦にならしつつ、入り組んだ階段が縦横無尽に伸びている。


 すぐにこのダンジョン全体で強い揺れが起きた。リネリットが焦りの声を出す。


『ッ! また崩れ……!?』

『いや、()()()だ。ダンジョンのな』


 このダンジョンは生きている。

 紫水晶に見える壁をよく見れば、動物と同じように神経らしき線が無数に張り巡らされていた。

 言うなれば、一つの大きな魔性生物がダンジョンと融合しているのだ。

 俺は前世でこの現象を、ダンジョンの寝返りと教えている。

 何が起こるかと言うと、部屋の至る箇所が無造作に入れ替わるのだ。


「ラッキー! 寄れ!」


 ベタベタと短い手足を動かして俺のもとにピッタリ付く。


「掴まってろ。振り落とされるなよ」


 ――ゴゴゴゴゴゴ。

 鉱石同士が擦れて軋む嫌な音が幾重にもして、次の瞬間、強烈な重力が襲った。

 俺のいる足場が乱暴な動きで上昇している。すぐに真横へ方向が切り替わり、今度は下へ。

 気まぐれな座標の入れ替わりが階段、道、果ては魔物のいる穴蔵と交互に行われていく。


 途中、子鬼達が巨大蜘蛛の魔物に喰われる空間とすれ違った。

 俺は重力に耐えながら、ほとんど空っぽになった魔力を練って小規模な魔法を準備する。相手によっては意味を成さないだろうとは思うが、不要とは思わない。

 寝返り直後の部屋が魔物の巣窟である可能性があったからだ。


 果たして、その予想は良くも悪くも外れた。


「あら。誰かと思ったら、スミレさんじゃない」

「……お前には会いたくなかったな」


 そこにいるのが当たり前のような態度でもって、黒薔薇の魔女候補であるクラリス・ベルノワールが口を開いた。


「どうしてここへ? 迷ったの?」

「こっちのセリフだ。さっきダンジョンクラッシュが起きた。で、()()()()見つけた転移魔法陣でここに飛ばされたんだ」

「まあ」


 クラリスは大げさに口元へ手を当てた。


「それは大変ね。ジェイ、ポーションを出してあげて」


 クラリスの後ろにいた男が頷く。

 入口で見かけた従者だ。

 魔女の一族には似つかわしくない冒険者の格好をしている。

 細い体格に対して大きな背嚢を背負っているから心配してしまう見た目だった。


 従者というだけあって、おそらくクラリスの荷物もそこに積まれているのだろう。この女も大概良い根性している。

 ジェイは俺の前までくると、寡黙そうな雰囲気そのままに抑揚なく話した。


「先ほどぶりですね。クラリス様からあなたのことはよく聞いています」

「変なこと言わないでくれる?」


 ジェイと呼ばれた従者は、背嚢を漁るとガラスの管を掴んで差し出してきた。

 ポーションらしいが、ノトムが持っているものとは違った。液体ではないし、透き通る青色でもない。

 とりあえず飲み物ではなかった。光の粒を閉じ込めたような見た目で、奇妙さがあった。

 ジェイが不思議そうに俺を見る。


「この種類は初めてですか? コルクを外して、そのまま吸ってください。楽になりますよ」

「ああ」


 言われた通りにコルクを開けると、光の粒が一気に飛び出した。急なことだったので取り落としてしまう。

 ガラス管の割れる音が遠くまで反響した。

 クラリスが責めるような目で俺を見る。


「何やってるの」

「すまん。ちょっとびっくりした」

「それ、ジェイが時間をかけて作ってるのよ。あまり無駄にしないで頂戴」


 あのポーションは自作だったらしい。やけにポーションから強い魔力を感じると思ったが、納得した。

 ノトムのようなことができるとは割と器用な男なのかもしれない。

 ジェイは困ったように笑った。


「まあまあ。ポーションはまた作れますから。予備がありますので待ってくださいね」

「いや大丈夫だ。見た目ほど怪我はしてない」

「そうですか? かなり魔力が無くなっているように見えますが」

「……本当に危なくなったら貰うとするよ。さっきのは無駄にして悪かったな」


 図星をつかれたものの、たまたま居合わせたヤツの施しを受けているようではクレアを守るのすら夢のまた夢だ。

 もっと言えば、クラリスだけでも怪しいのにその従者から薬を貰うのは気が引けた。ポーションを割ったのはわざとではないが、悪いとは思っている。


「そうえいば他の方たちは? クレイバスタさんとか、魔獣もいたとおもうけれど」

「このダンジョンのどこかだ。そうだ。お前あいつらを――」

「じゃあ一緒に捜しましょう」


 クラリスは良い考えだと思っているのか、恩着せがましく言った。


「未来の黒薔薇の魔女がいて幸運だったわね」

「別に助けはいらん。というか、あいつらを見つけたら出口まで連れて行ってほしいんだが」

「もう。意地張ってる場合じゃないでしょう。あまり私から離れないでね、いつ地形が変わるかわからないんだから」

 

 俺は頭を抱えた。

 忘れていた。こいつは話が通じないタイプの魔女だった。

 このままだと遺物の回収をしないまま俺まで出口に向かうことになってしまう。

 クラリスは俺の困りようには意に介さず、背中を見て人懐っこく微笑んだ。


「その荷物はどうするの? ジェイの片手くらいは空いてるわよ」


 他人を使った善意をここまで平気な顔で言ってのけるのはコイツくらいだろう。

 きっと世間知らずのお嬢様タイプだ。過去にこの手の女はよく見ている。

 こうなると意見を変えない女だということはなんとなく分かっているから、俺は手を振って断った。


「結構だ。早く進もう」



 パンデモニウム回廊は魔物繁殖を目的とされた性質上、主に群れで行動する魔物が各階層に蔓延っている。

 階段を登ると、巨大ミミズのような魔物が身をよじりながら強襲してきた。

 横から跳ねるように飛びついたそいつは、ぐぱっと牙を剥くようにしてジェイの顔を捉えにかかる。


 クラリスの凛とした詠唱が響き、直後に風切り音が空間を駆け抜ける。

 危なげなく巨大ミミズ達を全て両断した。飛び散る体液すら道を開けるようにして通路の真ん中から左右へ吹き飛んでいる。


「お見事です」


 ジェイは顔色を変えずお世辞を述べた。

 この男も奇妙さを極めている。俺のパーティ編成に当てはめれば、ジェイはノトムのポジションになるはずだ。

 ジェイは戦闘をこなすクラリスを差し置いて、前衛を当たり前のように進んでいる。先程の巨大ミミズにしても、ほぼ目と鼻の先まで迫った瞬間でさえ眉一つ動かしていなかった。


「これは風の小精霊から借りた〝カマイタチの魔術〟よ」


 聞いてもいないのに、自慢げに使った魔術を語る。

 ジェイを心配しないことといい、きっとこれがコイツらにとっての当たり前なのだろう。


「大したもんだな」


 尊敬されたい欲が痛いほど伝わってくるので、俺も調子を合わせておく。

 横顔しか見えなかったが、きっとクラリスは嬉しそうにしていた。


(俺なら真っ二つじゃなく八つ裂きにするがな)


 この考えはクラリスと張り合いたいという意味ではない。

 巨大ミミズの魔物はオルオル・ガルガルムと呼ばれている。

 前世で殺したコイツの製造者が言っていた。魔王軍に属する魔物製造者。そいつの趣味だろうが、「繰り返し踊って食べる紐のような奴」という意味を込めたらしい。

 特徴は無痛、鈍感、異常な連帯性。


 要は、「仲間が動いているうちは自分も頑張る」という他者依存の精神を持ち合わせた生き物ということだ。

 体から致死量の血を流しても、仲間の脈動を感じるうちは死ぬまで戦い続ける執念を持っている。

 だから八つ裂きが確実なのだ。


「トドメは刺さないのか?」

「いやよ、汚いもの。また血が出るでしょう」

「のたうち回ってるからあまり変わらないと思うが」

「そうよね。どちらにせよ変わらないなら放っておきましょう」


 俺の話を聞くつもりはないらしい。いや、聞いてはいるが、魔物の醜悪さが勝って理解したくないのだと思う。

 痙攣しながらもこちらへ飛びかかろうともがいているミミズに、クラリスは見向きもしなかった。すぐには動けないだろうが、絶対後から活動を再開する。アレはそういう生き物だ。

 この優等生は自分の強さに甘えて、魔物に関する学習を怠けているのかもしれない。

 俺達は道を開けた死屍累々の間を通って上へと進んだ。本当は下層を目指したいが、そんな提案は不自然だし通らないだろう。

 このダンジョンの下層にこそ、俺が隠した遺物があるというのに、だ。



 クラリスに付き従うのは気が進まないままでいたが、実はそう悪くない選択だったことを知る。

 ちょうど階段を登りきったときのことだ。

 広い空間の先で、気合の入った怒声と巨大ミミズを殴り潰す不快な音がしたのだ。


「うぇっ。きたね、口に入った! おぇ」


 ブラッカ・クレイバスタが金髪を返り血で濡らしていた。


「アネキ! ハハッ、生きてたんだな。良かった」

「早速お仲間一人目ね」


 クラリスが調子よく笑った。

 俺はあまり笑えなかった。

 そこにノトムがいなかったからだ。


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