21話 ダンジョン攻略日
俺は回帰後はじめて、魔女の里から出ることが出来た。
まだまだ魔女の領土には変わりないが、大きな進歩だと思う。
今日は竜人の遺物を隠したダンジョンへ向かう。
魔女の里を北に進むと、過去幾度ととなくダンジョンに挑んだであろう魔女たちの足跡が見えてきた。
そして、今日まで何もしなかったから当然ではあるが、同行してくれるパーティは険悪ムードだ。
「なんでこの蛮族、魔獣連れてきてんだ」
ブラッカが何故か俺に質問してくる。俺を挟んで反対側を歩くイヴァ達のことだ。
銀狼の魔獣。イヴァの相棒ではあるものの、魔女規定の隷属用マジックアイテムは付けていない。
「今日のダンジョンはポチと一緒に攻略する。じゃないとこいつは里に入れないからな」
「ふーん」
気に入らない声色だ。
でもそれ以上は追求しない。
たぶん俺がレッドリザードのラッキーを連れてきたから、俺に気を遣ってるんだろう。
「本当に隷属の首輪つけてねーのな」
「相棒なんだから当然だ」
斜に構えてポチを観察するブラッカに、今度はイヴァが睨みつけて答えた。
「はん、蛮族は遅れてるな。魔獣は頼るもんじゃねえ。使うもんだろ」
「やっぱりお前キライだ」
いくつかのやり取りがあって、いつの間にか目的のダンジョンに近づいていた。
ここまで迷いなく俺達を先導してくれるノトムはかなり頼りになる。
ダンジョンが人間にとってどれだけ危険かを調べ尽くしたのだろう。イノシシの皮革で作った鞄は大きく膨らんでいて、探索に必要な物資が詰められていそうだった。
ちなみに、同じ鞄がパーティ全員に背負わされている。中身はその場で教えてくれなかった。
「着くよ」
ノトムの声はかなり落ち着いていて、大人びていた。というより、少し苛立ちが含まれいる気がする。
たぶん本当に怒っている。ダンジョン攻略を控えているのに全く変わろうとしない俺達に対して。
「リ・エンジット魔鉱場だ」
昨日流し読みしたダンジョン攻略ガイドの絵画。それと同じ光景が目の前にあった。
オークの樹皮を剥いて立てた巨大な柵の奥に、不気味な魔力が立ち込める空洞がある。あそこがダンジョンの入口だ。
柵の両門を開いて中に入ると、俺は頭を抱えた。
「遅かったわね、スミレさん」
なぜか真面目系クズのクラリス・ベルノワールが仁王立ちしていたのだ。
◆
「なんでお前がいる?」
「ご挨拶ね。私の連れが魔鉱の研究をしたいらしいから連れてきてあげたのよ」
「ええ?」
隣でかなりの荷物を背負っている男がびっくりしている。たぶんクラリスは嘘をついた。
「私はクラリスさんの使いですよ。私程度の私欲に付き合ってもらうなんてとんでもない」
「あ……」
ブラッカが間の抜けた声を出す。相手二人も自然とブラッカの方を見た。
「最近よく会うわね。クレイバスタさん」
「そ……そうだな。はは……」
急に塩らしい態度を取るブラッカに、俺も少しだけ心配になった。
(なんだ急に、調子が悪いのか? ダンジョンでもこの調子だと困るぞ)
踵を上げた俺は、背の高い金髪野郎の脇腹に肘を突き刺す。しかし鍛え抜かれた体が偉そうに押し返してきた。
小声で聞いてみる。
「どうしたんだ?」
「な、なんだよ」
「すごい汗だぞ? お前らしくない。これからなにするか分かってるのか?」
「分かってるよ」
「じゃあなにするんだ?」
「あ? あー……」
ブラッカは俺の話を聞いているのかいないのか、そもそも頭の中で整理がついていなさそうな反応だ。
「ダンジョンに潜るんだよ。お前は大事なアタッカーだぞ?」
「あー? ああ、ダンジョンな。大丈夫だって。俺は強い」
言葉と態度がちぐはぐだ。
短い金髪を梳くようにしているブラッカは、どことなく恐れを感じているように見えた。竜人の体じゃないからコイツの心は読めないが、なんとなく不安そうなのはわかる。
さっきまでイヴァに偉そうにしていたくせに、ここへ来ると人が変わったようだった。
確かにこのダンジョンは、中等部初めての攻略としては推奨されていないらしい。同時に、すぐに入れるダンジョンはこの『リ・エンジット魔鉱場』だけだった。
いくつかの選択課程を修了しないと入らせてもらえない程度には危険らしい。クレイバスタ家の家紋を利用して入るわけだが、当の本人がこの有り様で良いのだろうか。
(先生も居ないから門前払いはないだろう。危なければ俺が本気を出せば良い話だ)
するとクラリスが意地悪そうな笑みを浮かべて、ブラッカの顔を覗き込んだ。
「本当ね、クレイバスタさん汗すごいわよ。今日はやめておいたら?」
「…………あっ」
ブラッカは動揺したのか、クラリスから目を逸らすように遠くを見る。更に顔が青ざめたように見えた。
(――こいつ)
今少しだけ分かった。どういうわけか、ブラッカはクラリスに対して妙に恐れている。
妙というより――異常だ。
俺が前世で狩りをする時に見た、魔物の死に際を思い出したくらいにはブラッカの怖がりようはおかしい。
我慢できず、ブラッカとクラリスの間に割って入った。
「悪いがコイツは俺のパーティだ。用があるなら俺を通してからにしてもらおう」
「……アネキ」
その憧れた目を向けるのはやめてほしい。ムズムズする。
クラリスは上がった口角を隠すように顔の前で軽く手を握った。
「あら、スミレさんがリーダーなのね。大丈夫なの? 初めてのダンジョンでしょう?」
「この魔鉱場のことは本で全部頭に入ってる。魔物の種類も戦い方も問題ない」
これは前世の受け売りだが、嘘は言っていていない。
実際スミレはほとんどのダンジョンについても読破し、記憶していた。地頭は人間にしては優れている方だと思う。
「あなたが良くてもクレイバスタさんはどうかしら? すぐにでもリタイアしそうな顔色よ」
「コイツが諦めて良いのは俺がぶち殺す時だけだ」
ブラッカが泣きそうな顔をして俺を見た。
あまり弱気な顔をしないでほしい。虐めたくなる。
クラリスはそこまで聞くと、少し不服げに眉根を寄せて身を引いた。
「そ。じゃあお先にどうぞ」
「いいのか? アンタの付き人だって採掘したいんだろ?」
「別に一緒に行ってあげても良いけれど、それじゃあ意味ないんでしょ? アマゾネスのレディが困ったことになっちゃうわよ」
クラリスが自身の黒髪をくるくる弄り、思わせぶりな笑みをしている。
どうやら銀狼ポチの入里がかかったダンジョン攻略だと知っているらしい。
いや……なんで知ってるんだ?
それはそれとして、クラリスの言い方がおかしいから訂正しておいた。
「どうして一緒になるんだ? どっちが先に行くか、だろ?」
「……なんでもないわよ」
クラリスは拗ねたように頬を膨らませた。頬を紅潮させてそっぽを向いている。
よく考えれば、先に行くのであれば俺達が到着する前にさっさと入ればよかったんだ。
なんでモタモタしてたのだろう。付き人の荷造りも十分そうに見えたが。
「さっさと行きなさいな。夜が近づくと魔物は怖いわよ」
クラリスの言う事も一理あるので、俺達は先行して『リ・エンジット魔鉱場』へ入場した。




