16話 意趣返し
クラリス・ベルノワールはやたら得意そうに啖呵を切るスミレを見て、さらに嬉しそうにした。
――餌にかかった。
この場において、スミレはどういう訳か自分より目立っている。単純に竜が来たからだけではなく、小等部試験程度でも、ホウキ売りの修行の成果が気になるのだ。
実際、クラリスから見てもスミレは見違えていると思う。
まず、今までホウキ売りから感じなかった魔力を確かに感じた。微量だが。
スミレも自信がついたのか、今までの一歩引いたいじらしさが一切ない。むしろ遠慮がなくなった気さえする。
まるで別人だ。
周りの生徒でその事実に気づいている人間はわずかだろう。遠目で見ているうちは彼女の変化を注視する者はいないのだから。
だからこそ許せないと、クラリスは思う。
魔女の中でも最上位の称号――黒薔薇の魔女の候補生。その証となるバッジをクラリスはつけているのだ。
この場の誰よりもクラリスが目立ち、羨望の眼差しを一身に受けなければならない。そうでなければおかしい。
それを差し置いて、一瞬だとしてもスミレがクラリスよりも注目を集め、あまつさえ、黒薔薇のバッジを軽視した。
(あの杖は瞬間魔力出量を鍛えるための特注品。ホウキ売りが魔術を使おうとすれば、魔力を練った途端圧力で気絶するわ)
この特性杖は、魔術を発動するまでの過程で二段階の圧がかかる。
一つは、魔力循環を阻害する圧力。
一つは、発動の瞬間、出力とは逆方向の強烈な負荷が加わる圧力。
もちろん反動としての恩恵は存在する。
この二つの工程をクリアすれば、一応、反動で超威力の魔術は放たれる。圧力があればその分出力が上がるのは当然のことだ。
無論、この二つをクリアできればの話である。
ちなみに、これをクリアできたのはベルノワール家でも一握りしか居ない。
いずれも天才と称された魔女だけだ。
クラリスは何度も挑戦し、家系の中で最年少でこの杖の制限を突破した。五年特訓した後、今年に入ってのことだった。
(落ちこぼれには到底使いこなせるはずもない。ましてこの私が貸すものなんだから、細工なんて誰も疑いようがないわ)
杖というのは使い手が強くなるように加工するものであって、弱くなるように制限する意義は本来ない。
同じベルノワールの人間なら気づくだろうが、どんなに優秀な魔女でも触るまでは気づかない。
ホウキ売りなら触ったとしても普段の落ちこぼれっぷりから気づきようも無いだろう。
「さっきから何をニヤついてる?」
スミレが無遠慮にクラリスの顔をのぞきこんだ。
「なんでもないわ」
クラリスは跳ねるように驚いて距離をとった。
「スミレさん、杖の使い方は分かるかしら?」
「ああ。散々見てきたから分かるさ。もう始めていいのか?」
「構わないけれど、ホウキでまともに飛べない人には早過ぎないかしら? もうフォークより重たい物も持てないんじゃなくて?」
スミレはレイピアの素振りでもするように杖を一振りする。五回、鋭い風切り音がした。
「悪い、聞いてなかった。何か言ったか?」
「――いいえ? 別に?」
(え? 今杖を振ったの?)
振ったように見えた。が、振ってないような気もした。
速すぎたのだ。
見逃したのではなく、ヒュヒュヒュヒュンという不可解な音はした。
クラリスも杖で素振りをしたことはある。でもここまで鋭い音はしなかった。
そもそも、スミレが動いたように見えなかった。
視覚と聴覚の情報が一致しない。
こじつけるなら、〝ホウキ売り〟の挙動が音を置き去りにした。
スミレがクレイバスタ家の魔装状態のような膂力でもって、素振りをしたとしか説明がつかない。でも、スミレに魔装が使えるはずがない。
動揺がバレると舐められる。すぐに咳払いをして、シモーネに目配せした。
「……シモーネ学園長。よろしいかしら?」
「結局やるんだね。じゃあ早くやってくれると嬉しいな」
全く真剣味のない学園長は、見た目も相まって親の付き添いで連れてこられた子供のようだった。
終始あくびをするシモーネ学園長に苦笑いする。
そのまま数歩下がった。クラリスに倣って皆スミレから距離を取る。
特に意味は無い。ホウキ売りだ。どうせ魔術なんて発動しない。あくまで試験の慣習に則っただけだ。
「えーっと……なんだ。火の精霊ども、死にたくなけりゃさっさと出て来い」
クラリスが目を見開いた。
――なんだそのふざけた詠唱は。魔術構築における、イメージ補完で大事な工程だぞ? これではほとんど詠唱破棄と変わらな――。
クラリスの瞳が動揺の色を浮かべた。
まさか、こいつ。
(詠唱を破棄したの?)
「〝イグニッション〟」
言下。スミレの持つ杖から、出るはずのない魔力の粒子が溢れた。
溢れると形容に値するほど、粒子の放出は止まらなかった。
蛍の群れが宙を漂うように、菫色の粒子がホウキ売りを取り囲む。
学園長を最前として、スミレと他者を隔絶する半球がおぼろげに見えた。
スミレがガチリと虚空を噛む。
「クラリス。近いよ」
「えっ?」
シモーネ学園長の気が抜けた警告を最後に、灼熱が四方で炸裂した。
粒子一つ一つを起点とした燃焼反応。
もとい、爆炎だ。
連鎖する轟音が空間を揺らす。熱波はシモーネはもちろん、半端に後退したクラリスを容赦なく飲み込んだ。
「――! 〝雪の精れ――〟」
防御魔術を発動する余暇がない。
代わりに、シモーネが構築したであろう不可視の壁がクラリスを守る。
なおも続く轟音がクラリスの体内で反響し、たまらず声を張り上げた。
「馬ッ鹿じゃないの!?」
耳を塞いで叫ぶが、炸裂音の連鎖を前に全く届かない。
スミレ・レーニーンは学園を菫色の光で染め上げた。
「これじゃ探索じゃなくて攻撃魔術――」
抗議をしようとした時、
「じゅ、十秒経過……」
教員の一人がおもむろにカウントをはじめる。
シモーネ学園長を見ると、カウントを聞きながら退屈そうに宙を眺めていた。
クラリスも察しがつく。
残光が滞留している。それも数十箇所で。
太陽の光さえも押し退け、菫色の光が煌々と周りを照らし続けている。
灯火の魔術は杖の先に小さな焔を一つ生成し、半径二メートルの視界を確保する探索魔術だ。
探索だから、継続発動を必須とする。
スミレがこちらを見た。
「……っ!」
目が笑っている。ニヤついている。
――これが攻撃魔術に見えるのか? と。
意趣返しのつもりか。
クラリスが注目を集めるために放った灯火の魔術は、攻撃魔術的な使い方だった。そもそも視界確保だけでここまで派手な演出はいらないのだ。
スミレが魔術発動に成功したとしても、どうせ小さな火種しか出ない。その予想も込みで、クラリスの引き立て役で終わらせる腹積もりだった。
まさかここまでとは。
「二分経過」
教員の声も心なしか気まずそうだ。
それもそうだろう。滞留している光に一切揺らぎがないのだ。
時間を数えても無駄だ。
スミレから離れた位置にあるはずなのに、魔力切れの予兆がない。発動段階で魔力供給が適切だった証だ。
「もういい。やめやめ」
シモーネ学園長が嫌そうに手を振った。
「合格。文句なし」
胸を締め付ける歓声が沸いた。
落ちこぼれが黒薔薇の魔女候補を凌ぐ魔術を使う。
加害者はただひたすらに動揺し、傍観者だった連中はあまりの成長ぶりに驚嘆する。
反吐が出るサクセスストーリーだ。
(なんであんな子が、私と同じ……いや……)
それ以上だ。
クラリスが放ったのは、杖を起点とした指向性のシンプルな魔術。
スミレは三次元的に魔術範囲をコントロールし、爆炎――〝エクスプロージョン〟を使った。しかもこの場の被害が無いよう計算したのか、数十箇所に威力を等分している。
いま滞留している光など、灯火の魔術を取り繕うように後発させただけだ。
拳を握る。爪が手のひらに食い込む。恐らく血が滲んだ。
「スミレはマド先生から中等部の説明聞いておいて。みんなも帰ってね。それじゃ、あとは先生たちよろしく」
シモーネ学園長は終始面倒くさそうに業務的な指示をすると、そのままどこかへ行ってしまった。
「スミレさん」
自分でもわかるくらいに声が震えている。
「おめでとう。杖、返してもらうわね」
肩を密着させるほど近づき、杖を握る。そのまま耳元に顔を近づけた。
「――――」
囁く。
クラリスは歓声から逃げるように訓練場を離れた。




