15話 魔女の人生を賭けるって
「クレイバスタさん、体調が優れないようね」
「そうなんだよー……悪いな、本当」
「いいえ」
自然な歩みでブラッカの元まで近寄ると、銀髪がブラッカの頬に触れる距離まで近づいて、離れた。
一言、何かを囁いたように見えた。
ブラッカが尋常じゃないほど汗を浮かべている。俺が学園まで走らせた時ぐらいには変な汗をかいていて、様子も普通じゃなかった。
(あの女なにを言ったんだ?)
俺の怪訝な視線に気づいたのか、クラリスは取り繕うようにニコッと笑うと俺の手を包み込むように握った。結構強めに。
「さっきドラゴンが来たそうじゃない。ごめんなさいね、私ちょうど演習に出ていたから助けに入れなかったの。怪我はしてないかしら」
「問題ない。平気だから、そんな情熱的に手を握らないでもらえるか」
「そう。良かったわ」
わざと大きめの声で学園長に聞こえるように言ってみる。するとため息をつき、クラリスの手から力が一気に抜けた。
どうやら八方美人なやつらしい。
権力者に色々バレるのは嫌みたいだな。陰湿でダサい女だ。
「でも心配なの。スミレさん、試験もそのまま受けるんでしょう? ……あら? あなたの大事なお友達はどこなの? 素敵な菫色のお友達は?」
唇に人差し指を添える素振りがわざとらしくて、どうにも気に障る。
あのクソ精霊のこと言ってるのか?
「気品あふれる竜に気圧されてどっか行っちまったよ。ま、別にあんなの居なくたっ――」
「まあ大変! 精霊さんが私達にとってどれだけ大切なパートナーかわかってるの? そんな状態じゃ試験なんて受けられないわ」
クラリスは俺の話を遮るように、無駄に大事に聞こえるような反応で口元を覆った。
まるで高い食器でも割ったような振る舞いだ。
しかも教員でもないくせに、まるで『試験には精霊が必要』だというルールがあるかのように言い切ってくる。
「おいおいおいおい何言ってやがる。試験はやるんだよ。なあ学園長殿」
「ん? まだ今から始めるとは言ってないよ」
この学園長モドキ、面倒くさくなりやがったな! さっきこのまま魔術使って良い流れだっただろうが!
シモーネ学園長はあくびをしながらあさっての方向を見始めている。もう帰ってなにをするか妄想にふけっているようにも見えた。
「困ったわね。私の精霊を貸してあげるわけにはいかないし……」
そう言ってクラリスは派手な演出でもって精霊を幻想的に呼び出す。
白いトンガリ帽子から粉雪を降らせるように現れた白銀の精霊は、クラリスの姿を幻想的に照らした。
で、周りからまた黄色い声が上がる。もう付き合いきれん。胃もたれする。
「大丈夫だ同級生。もう間に合ってる。無駄に修行で遊んできたわけじゃないんだから、黙って見ててくれないか」
「そうもいかないわ。あなたも私にとっては大切なお友達よ。そうね……スミレさん、魔女なのに魔術が苦手だったから、一度お手本を見せてあげるわ。イメージの補完ができたほうが、魔術は成功しやすいのよ」
あからさますぎる。『私はこれから可愛そうな苛められっ子に良いことをします』と言わんばかりだ。
スミレの記憶がなくてもこいつの事がよく分かる。
自信家で、目立ちたがり屋で、欲しがり。
だから、今からすることは手本ではなく、ただ俺をダシにして目立ちたいだけだ。
「わかった。見ておくから早くやってくれ。時間がもったいない」
一つだけクラリスの良いところを挙げるとすれば、〝話がはやい〟、だ。
コイツは俺が、『クラリスに心を開いていない』ことに気づいているし、『人が変わっている』ことにも気づいて、そういうものとして消化している。
もっとも、本当に中身が入れ替わっていることには気づいていないだろうが。
「影に怯える火の踊り子。集い、姿を見せよ」
非効率な呪文を唱えている。あれが魔術の起動プロセスなのか? 改めて思った途端、幻想的な魔法陣がクラリスの足元を囲うように描画されていく。
足元で、羊皮紙にインクのシミができるように白銀の光が広がると、その光は生き物のように円陣を描いていき――やがて幾何学模様が完成した。
竜でもよく使うからこの手の魔法陣はわかりやすい。
ちゃんと見ることはなかったが興味深いな。
魔女が作る魔法陣は当然ながら全てが人工的だ。俺達竜族や魔族のように、決まった形で魔法陣をそのまま出現させられないのだろう。クラリスを見るに、魔力操作で魔法陣を丁寧に描いているように見える。
丁寧だから遅いというわけではなく、その描画速度は魔族のソレと大差ない。
この起動プロセスは魔術を使ううえで基盤となるものかもしれない。人間用に改良した、魔族を真似た魔術運用だ。
「〝イグニッション〟」
皆が〈灯火の魔術〉と言うから、蝋燭に着いた火を連想していたが、違った。
空を焦がすほどの大炎上。
火霊イフリートを大地に降ろしたと錯覚したくらいには、魔術のイメージからかけ離れた火力に思わず空を見上げた。
(あれが〈灯火の魔術〉なのか?)
巨人が蝋燭を作ったら、きっとこのくらいの火になるだろうなとは思ったが。
周りを見てみると、傍観していた生徒全員が口を開けている。
やっぱり俺の勘違いじゃなかった。注目されてるから絶対張り切っただろコイツ。
シモーネ学園長は一切動じていない。たぶんクラリスという生徒の性格を良くわかっていたのだろう。
ひとしきり演習場を炙った後、クラリスは魔術を止めて銀髪を撫で払うようにして言った。
「どう? やり方はわかったかしら」
涼しい顔をして、お手本のようなドヤ顔だ。すごく得意そうにしている。
「ああ。ありがとう」
俺の反応が思ったより薄かったのかもしれない。
クラリスはピクリと眉を曲げると、
「いいのよ。黒薔薇の魔女候補生として、困った生徒は放っておけないわ」
少し体の向きを変えて、高級そうな黒いバッジを見えやすいようにして微笑んだ。
黒い薔薇を精巧に作ったバッジだ。白いジャケットの襟もとに留められている。白い衣装はあの黒薔薇のバッジが目立つようにするためなのかもしれない。
自慢をするほどの代物らしいが……なぜか見覚えがある。
「ん? 候補生ってそのバッジのことか?」
「そうよ?」
俺の反応がおかしかったのか、クラリスも心配そうに応えた。
そこまでして、やっと思い出す。
前世で見たことがあったのだ。
地味なローブに付けていたからそこまで気に留めていなかったが――スミレがつけていたんだった。
「なあブラッカ。あのバッジって誰でも貰えるもんじゃないのか?」
「バッ……おまっ……!」
金髪の大男がドギマギした顔をするのは結構面白いが、そうなるほどブラッカは俺の言葉が失言だと思っているらしい。
実際、失言らしかった。
「スミレさん杖はどうしたのかしら」
すごい早口なうえに声が低い。心なしかキラキラしていた目が暗い。瞳孔開いてないか? めっちゃキレてるぞこいつ。
「いらないから家に置いてきた」
本当は魔道具を使う文化だったことをさっきまで忘れていただけだ。
「魔女が魔道具なしで魔術を使うなんてありえないわ。聖杖は貸せないけれど、訓練でよく使う杖があるから貸してあげる」
どこから取り出したのか、手品のようにしてキラキラした装飾の杖を差し出された。
実践用というよりは、装飾品だとか見世物で作られていそうな杖。見た目はきれいだが、俺好みじゃないし、俺は人間の作ったものなんて使いたくない。
「いや、別にいら――」
「使いなさい」
使わないと背中からダガーを刺してきそうな顔だ。
キレイな顔をしているから余計に気味が悪い。今のクラリスなら笑って人の腕とか腹とかグサグサ刺してきそうだ。
この杖触るのもちょっと怖くなってきたが、こっちが折れないとあいつも後に引けないだろうから仕方なく受け取った。
「……まあ、そこまで言うなら」
実際に触ってみてわかった。
この杖は粗悪品だ。
しかも、魔力が通り辛いようにあえて複雑な機構で作ってある。
見た目に拘った結果杖として不適格な品質になったわけじゃなく、狙って悪い品質にしたとしか思えない。
魔術を使うのに不適切な魔道具だ。法があるならこれで魔術を使おうとすれば捕まるかもしれない。
クラリスを見ると案の定ニヤついていた。品性の裏に隠れた下心が丸見えだった。
「シモーネ学園長」クラリスが少し嬉しそうな声で呼びかける。
「なにかな?」
「試験って魔女にとって格式高い儀式のようなものですよね?」
「ふわあ。ま、そうだね」
「私、このような試験を受ける時は必ず決めていることがあるんです」
「そうなんだ」シモーネ学園長は相変わらずのやっつけ感で生返事。
「魔女の人生を賭けるって」
うわ。コイツ聞いてないのに勝手に語りだしたぞ。
そのまま何か演じるような大袈裟な身振りでこちらに背中を向けて、空を仰いだ。
「だからいつも、『試験に落ちたら魔女を辞めて、魔獣調査員の仕事に従事する』覚悟で受けてるんです」
意識しなくてもわかるくらいに強調した言い方だった。
魔獣調査員がどういうものか知らないし、底辺の仕事みたいに言ってるが、多分違うと思う。思い込みが激しいのはナルシストの典型だな。
「スミレさん。あなたもそういう気持ちで試験に臨むべきだと思うの。わかる?」
「まあ、言いたいことはわかるよ」
つまり、「試験に落ちたら魔女辞めろよ」っていいたいんだろうな。
今魔女を辞めようものなら、ダンジョンに潜ることなんて一生できないし、生きている間は魔女の里から出ることもできないだろう。
年齢が年齢だから仕方ないが、いじめっ子の中でも典型的なガキの挑発だ。
ただ、相手が悪かったな。
「これだけ『良い杖』貸してくれるんだから、受かって当然さ」
俺も強調して言ってみた。




