14話 始めようか、試験
胸の中でモゾモゾともがいているリネリットを押さえつける。
同郷の使い魔に今の状況を確認したいのは山々だが、とにかく注目されすぎている。
竜が飛び立った姿を大半の生徒達が見たのだ。
その渦中にいた俺達に視線が集まるのは当然のことだった。
「〝ホウキ売り〟のやつ生きてるぞ」
「なんで? どうやって!? うわ見てなかったし」
「なんかバーンって炎が逸れた? ように見えた気がしたけど」
「そういえば修行に出てたよね」
「でも半年、一年とかじゃなかった? だって一応まだ初等部でしょ?」
「てかスミレってば全然逃げようとしてなかったくない? マジヤバいんだけど。カッコよ」
「ウチ惚れそう」
視線がうっとうしい。本当に。
馬鹿にするような目で見られるのも腹が立っていたが、見る目が変わったとはいえ注目されすぎるのは面倒極まりない。
俺に釘付けなのは一部の生徒くらいだ。
遠くの連中はまだ混乱しているようだったから、隠れるなら今しかない。
「お姉ちゃん……?」
カエデが腰を抜かして俺を見上げている。
そうだった。コイツを本能的に守らないと、と思って無茶したんだった。
とりあえず手を貸してやろう。
「怪我はないか? カエデ」
「え、うん。大丈夫」
目があってないぞ。うわの空過ぎるだろ。
無理やり引き起こしてやると、しっかり立てているようで安心した。
後は近くの先生がなんとかしてくれるだろう。
「アネキ! 大丈夫か!?」
ああもう! なんなんだどいつもこいつも俺に構いやがって!
ブラッカが慌てて駆け寄ってくるところを身を捻って避ける。勢いそのままに転んでいった。
ため息をつきながら遠くの城壁に吹き飛ばされたマド先生の方を指す。
「お前は無駄にでかいんだから、ふっ飛ばされたマド先生を助けに行ってやれ。たぶん骨折れてるぞ」
「お、おう! 任せろ!」
単純バカは扱いやすいな。そういうところは好きだ。
「スミレ……大丈夫なの?」
「ノトム。こいつは俺の大事な妹だ。わかってるな?」
「え? うん。何が――えっ?」
ぐい、とノトムにカエデを押し付ける。慌てて支えるノトムにニッと笑ってやると、終始意味を解していない顔で俺を不思議そうに見ていた。多分なんかいい感じに妹を介抱してくれるだろう。同じ人間なんだし、うん。
やっと周りの混乱に乗じて隠れられそうだ。
意気揚々と走り出した俺を引き止めるように、また別の声がした。
「スミレ」
あまり張り上げていないのに、凛と澄み渡る声。人間の声なんて以前はあまり気にも留めなかった俺が、思わず立ち止まってしまったくらいにはキレイな声をしていた。
振り返ると、やや遠くから小さな魔女がこちらを見ていた。
(今それどころじゃないっていうのに、なんだってこんなに話しかけてくるんだ)
「おかえり」
「一体なん――あ」
その女には見覚えがあった。
透き通った銀の長髪。首元に幾何学模様の痣が覗いている。広いトンガリ帽子を被った、俺とほぼ同じ身長のこじんまりとした魔女。
右手には身の丈はある杖を持ち、そこに頭ほどの大きさの、インペリアルトパーズの魔石を嵌め込んでいる。
どこか人間とは異なる次元の生き物に見えた。厳密には、人間とは違った。
思わず声が裏返る。
「おまっ……! お前ぇ!」
「わーわー。大きな声出さないでおくれ。私は激務明けで頭が痛いんだ」
あくびを噛み殺すように配慮を見せつつ、とはいえ大して気遣いをしようという気概のない、怠そうな応え方。
この膨大で邪悪さが見え隠れする魔力。うまく隠しているが、見間違えるはずがない。
前世で会ったことがある。
否――戦ったことがある。
初代魔王。エズモニアス・エルドレッド卿。
「なんでお前がここに居る!」
「ちょっ、スミレ!? どうしたのさ急に。学園長に向かって」
「うるさいっ! お前こそよくも平気な顔していられるな! 俺の妹を預かってるんだぞ! 安全な場所に隠すとかこいつを食い殺すとかないのかこの意気地なし!」
周りの魔女も俺が騒いでいるのを若干引いた目で傍観している。
初代魔王が目の前にいるのになんでそんな平和ボケした顔で居られるんだ? 魔界大戦はもう数年先まで迫ってるんだぞ? 魔物の大群がお前らを襲うんだぞ?
少し興奮してしまったが、流石にこの場の空気がおかしいことに気づいて、ノトムに聞いた。
「ノトム」
「なに?」
「今なんて言った?」
「え? だから、シモーネ学園長にそんな態度したらだめでしょって」
「……がくえんちょう?」
思わず二度見する。
その魔女は、退屈そうに目を微睡ませながら頷いた。
「元気がいいねえ。暇な学生が羨ましいよ……はあ。で、試験、する? スミレ」
◆
灯火の魔術を十分間起動する。
それが今回の試験内容だ。
それさえ出来れば、俺は晴れてダンジョン攻略ライセンスを得られるし、隠していた竜人の一族の遺物も回収できる。
問題は、その試験立会人が学園長の皮を被った初代魔王ということ。
(なんでこいつ、当たり前のように人間の生活に溶け込んでるんだ?)
どういうトリックを使ったのか知らないが、初代魔王の知識を持っている俺しか奴の正体を知っている人間はいないらしい。
完璧な擬態だ。前世の知識がなければ俺も里の連中と同じように学園長を敬っていたかもしれない。
で、今の名前がシモーネ・エルドレッドと名乗っているのだという。
「さて。始めようか、試験」
「待ってくれ。さっき竜が来たんだ。マド先生も怪我してるだろうし、ここだってこの有様だ。本当にやるのか?」
「仮にも学園長なんだから敬語使ってよね。はあ。ここの敷地は放っておけば自分で直るから大丈夫だよ。そういう魔術をかけてるから。怪我人はなんとかするさ(先生が)」
お前が学園長だろうがなんだろうが初代魔王に変わりないだろうが。
でも運がいい。向こうは俺の正体に気づいてないらしいからな。
タイミングなら今を於いて他にない。さすがの俺もこのままやっていいのか聞いてしまったが、下手に延期してダンジョン攻略が遅れれば、クレアが魔王軍に襲われる日まで間に合わないリスクもあった。
とりあえず体裁は整える必要があるな。
俺も一度大きくため息をついて頷いた。
「おーけー、やりましょう。灯火の魔術を十分間使う、ですね?」
「うん。まあ三分でも使えたら合格にしたいけど。十分もただ見てるだけってすごい疲れるんだよね」
「真面目にやってください。学・園・長・殿」
強調して言ったのは、スミレとして学園長に接していると無理やり自分を納得させるためだ。
俺が初代魔王にへりくだるなんてありえない。俺は今スミレだ。ただの人間。うん。
「ホウキ売りの奴このまま試験受けるのか?」
「竜に火吹かれてたし、ハイになってる?」
「さっき防御してたんなら魔力なくなってるだろうに」
「防御ですって? ホウキ売りよ? 当たらなかったに決まってるじゃない。そもそもあの落ちこぼれに魔力なんてないわよ」
群衆から好き勝手言ってる奴がいるな。
竜に立ち向かえもしない奴はどいつも口が達者だな。少し本気を見せてやるか。
「シモーネ学園長。そんなに時間がもったいないなら、十分相当の火力を見せれば文句は無いですね?」
「できるならね。それなら他の教員にも、適当な審査したって怒られないから助かる」
「決まりだな」
両足を肩幅まで広げて、右手を前に翳し、左手で支える。
早速ドでかいヤツを一発かましてやろうとした所で、俺の魔術(魔法)を邪魔する奴がいた。
「スミレさん。少し待ってくださる?」
「ああ? 今度は誰が邪魔を――」
振り返ってひと睨みするのと同時に、周りから歓声が上がった。
一人の生徒に異常なまでの羨望の眼差しを向けていることがわかる。
優等生然とした佇まいだった。
白銀の長髪をこれ見よがしに風に預けて悠々と歩く若い魔女。
魔女というのは厚手のローブに身を包むのが一般的なはずなのに、そいつは宝石獣――クリスタル・オークの革で作った白いジャケットを着ている。
振る舞いは優等生ぶっているが、身につけているモノすべてが高級品らしい。自分が世界の中心だと思い込んでいそうな、とにかく気に入らないタイプの魔女だった。
「クラリス」
俺の口を突いて出たのは、目の前の優等生の名前だった。
クラリス・ベルノワール。
やけに目を引く、黒い薔薇のバッジを胸元につけた女。
――スミレを虐める、主犯格の優等生だ。
「お久しぶりね、スミレさん。頑張ってきたらしいじゃない? 修行」
クラリスは口元に手を当てて上品に笑って見せる。その所作一つで、周りの連中から行き場のない感情の高ぶったため息が聞こえた。
「その成果を今ちょうど見せようとしていた所だ。邪魔しないでくれるか?」
俺の態度にクラリスが心底驚いたようで、目を見開いた。
「アネキ! マド先生も預けてきたぜ――って、まじか」
無駄に張り切って早々に戻ってきたブラッカが、俺とクラリスを交互に見て気まずそうにしている。
「クレイバスタさん、ごきげんよう」
「お、おう」
「どうしたのかしら。豪傑なあなたらしくないわ。具合でも悪いの?」
「いや〜……へへ。ちょっと色々あってな」
「そう? 久しぶりに帰ってきたスミレさんを歓迎しようとしてたの。あなたもどうかしら」
何勝手に話進めてるんだこの優等生野郎。俺は今から試験受けるんだぞ?
文句の一つでも言ってやろうと思っていたが、色々と嫌な記憶がフラッシュバックして得心いった。
このクラリスとかいう魔女は、なぜかスミレのことを徹底的に潰そうとしていたらしい。修行に出る前、仲の良かった同級生が泣きながらスミレに謝ってきたのを思い出した。
曰く、『クラリスの取り巻きから、スミレの私物に泥を仕込んだり、他の生徒と一緒に物陰で襲うように指示された』らしい。
取り巻きに指示をしたのもこのクラリスとかいうニセ優等生の仕業だろう。
悪行に足が付くのは避けたいが、スミレを追い詰めたいという欲求どちらも見え透いている。第一印象も最悪だったが、ますますコイツを嫌いになった。
この「歓迎」というワードもどうせろくなモノじゃないだろう。
俺の試験を台無しにする魂胆が見え見えだ。
ブラッカがすぐに俺を見る。目が合うと、気まずそうに後頭部を掻いた。
「あ〜……そうだな。悪い。俺ちょっとパスだわ」
「……!?」
クラリスが更に驚いてブラッカを見た。




