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10話 実力差




 庭端の木まで吹き飛ばされたノトムは、父親から揺り起こされると背中の痛みに顔をゆがめた。


「ノトム、大丈夫か?」

「痛っ……くそ、あの不良め……」


 ブラッカは精霊の付いていないスミレを本気で殴ろうとしていた。だから止めに入ったのに。

 あの不良、頭に血が昇っているのか遠慮なしにノトムを吹き飛ばしたのだ。

 そこまで思い出して、ノトムはばっと顔を上げた。


「スミレは!?」

「あー……アイツは今()()()()だ」


 ムドーが意味ありげなことを言う。さらに困ったような顔で続けた。


「ノトムの友達――なんだよな? あんな無茶苦茶な生徒がいたらさすがに目立つと思うんだが……学園でもああなのか?」

「いや。()()って言われても……え?」


 ようやく事態を呑み込み始める。

 遠くで激しく争っている様子はなんとなく見えた。

 いや、争っているというより、一方的に殴られているような。

 ノトムが認識できたのは、ゴーレムの腕を振り抜くブラッカが、竜人の姿をした人物に吹き飛ばされる瞬間だった。

 竜人が無理やりブラッカを立たせ、延々と暴力を繰り返している。


「ちょっ、ちょっと待って。あいつスミレなの!?」

「俺も驚いたよ。あれ魔装って言うんだろ? 俺も間近で見たのは初めてだが、あの魔女の嬢ちゃんが使ってるやつ綺麗だよな。ノトムも学園で習うんだろ?」


 とんでもない。

 誰でも使えるんだろ風に聞いてくるが、あのレベルを誰もが使えたら魔族なんてとっくに滅んでる。

 大体あの魔術はクレイバスタ家に伝わる門外不出の血統の魔術だ。商人の家柄で情報通のノトムでさえ、魔装の概要しか知らない。


「魔装っていうのは、身に降ろす為の魔獣と魂の契約をする必要があるんだ」


 商人一筋の父親は、息子の話にやや理解が追いついていない様子だった。


「だから一度魔獣を殺して、無理矢理魂の契約をさせるのが慣習らしい。あとは戦意を削ぐとかして、双方合意の上で契約するしかない――はず、なんだけど」


 他に裏技は無いはずだ。

 その前提で考えても、二人の身に宿す魔獣のスペックは天と地ほどの差がある。

 ストーンゴーレムだって上位に近い中級魔獣だ。ブラッカがあれを使いこなす為に、どれだけ血反吐を吐くほどの修練をしたのかは想像に(かた)くない。

 ブラッカの魔装には〝納得感〟があるのだ。

 死ぬほど頑張れば出来るだろうという、ある種現実味がある。


 だがスミレはなんだ?

 彼女の纏っている生物はどう見ても本物の竜だ。

 人間の体に竜の骨格を纏わせているようだから、無理のない魔装になっているようにも見えるが。

 竜そのものと言うより、学術書で見るような希少な竜人の一族に近い姿だ。

 あれがスミレだという前情報さえなければ、竜人の一族が来たと勘違いする。それほどスミレの魔装は完璧だった。


(魔装だとして、竜と契約する奴なんて見たことない。スミレは竜を殺したのか? 従わせたのか?)


 どっちの可能性も非現実的だ。

 人間が竜に勝てるわけがない。

 おとぎ話で竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の逸話を語る書物はあるが。それは伝説で語るからロマンがあるのであって、実際に竜を殺した人間がいたら世の中のパワーバランスが崩れてしまう。

 騎士団総出で竜一匹を討伐するのでさえ無謀といわれているのだ。考えれば考えるほど目の前の現実が受け入れられない。


「伏せろ!」


 ムドーの緊迫した声に続いて、頭を地に押し付けられた。

 竜を崇拝する姿勢を取らされたと思えば、直後木々を抉り取る程のソニックブームが頭上を掠める。

 竜の――スミレの尾が振り抜かれた余波だとわかった。



     ◆



「冗談だろ」


 ブラッカは崩れた両腕の魔装を見て顔を歪めた。


「ハハ……どうなってんだ? ドーピングのポーションでも飲んだのか?」


 スミレは答えない。冷ややかな目で見返してくるだけで、既に敵とすら見なされていない気分になった。

 そもそも魔力増強のポーションを飲んだからと言って、魔装の扱いが上手くなる訳では無い。それであそこまで完璧な魔装が使えるならブラッカだって苦労しない。

 だからこそ不可解だった。


「どうせ裏から魔術使ってるやつがいるんだろ! お前が俺より強いなんて有り得ねえだろうが!」

「ほう? 自分より下に見た奴はずっと劣ってないといけないルールでもあるのか?」


 やっと口を開いたかと思えば挑発するような返答だった。

 自分で言っていて馬鹿らしくなってくる。理由はどうあれ、ブラッカより魔装に優れた魔女や魔術師がいる事実は変わらないのだ。

 それでも、その相手がホウキ売りという現実がどうにも気に入らない。


「るせぇんだよクソ野郎ッ」


 拳を握る。

 それを合図に、再びストーンゴーレムの腕がブラッカの右腕に憑依した。


「七回もモンスターの体を作れるのか。案外タフだな」


(数えてんじゃねえよ)


 スミレの余裕ありげな振る舞いに歯噛みする。

 ブラッカの魔装は初撃で両腕を破壊された後、殴り掛かる腕のみに集中するよう再構築していた。

 ゆえに左右交互に魔術を起動し、その(ことごと)くをスミレの鋭い竜爪と尾によって砕かれたわけである。


 これで七回目。


 魔力が底をつく激しい虚脱感に襲われる。そのまま無理やり絞り出した一撃は、想像通りというか、スミレの顔に届く前に止められた。

 器用に尻尾を絡ませゴーレムの外殻を圧し砕くと、今度こそブラッカの腕を掴みあげた。


「離せよオラッ、テメェまじで許さね――」

「これだけボロ負けしてまだ反抗できるのか。見上げた根性だ。ラッキーよりお前をペットにした方が色々と使えそうだな」


 こいつ頭イカレちまったのか?

 そう思えるほどに、スミレの態度はブラッカの知る当時の魔女とかけ離れすぎていた。

 いっそ多重人格で、今になって凶悪な人格が出てきたと言われた方が納得いく。それで、スミレの強さはその副産物。だから全くの別人なのだと。


「なに休んでる?」

「は?」


 変なことを言われ聞き返した。


()()()だ。早く魔術構築してみろ」


 ダメだこいつ、本当にイカれてる。

 そもそも魔装というのは、使い切りの継戦能力をウリにしているのであって、被破壊を前提としていない。

 魔装の再構築など本来想定されているわけがなかった。


 最後の魔装なんて魔力というより生命力と意地だけで発動したようなものだ。

 無理が祟って内臓のどこかが冷たくなっている気もするし、なにより気絶しそうだ。

 絶対スミレに負けたくないというプライドだけで立っていたのに、この魔女は更に魔術行使を強要するのか?

 同じ魔装を使っているならこの辛さが分からないはず無いのに。


「……悪魔だ」

「俺を下劣な悪魔族と一緒にするな」


 強めに頬をビンタされた。竜の手だと顔の骨ごと抉り取られるから、あえて片手の魔装を解いたのだろう。

 これでも存外かなり痛い。

 奥歯が欠けたのか、異物感と共に血の味が広がった。

 普段体術の手合わせを行っているブラッカが、一瞬心が折れそうになるくらいの威力だった。大の大人――いや、戦士オークに殴られた方がマシなくらいには、スミレの平手打ちは凶悪だった。


(こいつ……やけに強いと思ったら……!)


 凝視するまでもなく、スミレの手を薄い魔力が覆っているのがわかった。

 肉体強化系統の魔術なのかわからないが、この激痛と無関係ではないだろう。

 いい加減思い知ってしまった。


 スミレ・レーニーンは、既にブラッカの知る〝ホウキ売り〟ではなくなったのだ。

 そう思うと、スミレが纏う魔装の精巧さに目がいくようになり、知れず感嘆が口をついてでた。


「――綺麗だ」

「ああん?」


 ほとんど田舎のヤンキーのような態度を取り始めたスミレに、ブラッカは目を泳がせて取り繕う。


「や、今のはそう意味じゃなくてだな……」

「そういう意味とはどういう意味なんだ?」


 ぐいっと顔を近づけて睨みつけてくる。

 なまじ顔立ちが整った女の子であり、睨み慣れていない顔だから怖くは無い。むしろ、


(こいつこんなに可愛かったか?)


 気まずくなって目を逸らした。

 初めて見る澄んだ魔力に見惚れ、まともに顔を見ると、内に秘めていた思春期男子の一面が主張してくる。

 普段自信なさげに髪で顔を隠していた奴だから、こんなにしっかりと、しかも間近で顔を見たことがなかったのだ。


「なっ、なんでもねぇよ。俺の負けだ。もういいだろ」

「待て待て。何勝手に終わらせようとしてるんだ? 先にしかけてきたのはそっちだろう? ほら、何かする事があるんじゃないか?」


 尻尾を(ゆる)められる。

 スミレを見るも、黙したまま「なにか言うことは?」みたいな目を返してくるだけだった。


「……るかった」

「なんだって?」

「悪かったって言ったんだよ! もううちの連中からも手は出させねえ!」

「一体何を言って――」


 遠くからスミレを止める声がし、視線を向けるとノトムが慌てて駆け寄ってきていた。


「スミレもうよそう。何がどうなってるのかわかんないけど、これ以上はダメだ」

「なんだお前? コイツと俺の問題だから口挟まないでくれるか?」

「ダメだって! ただでさえ無茶苦茶やってんのに、これ以上父さんの店で暴れないでくれ!」


 よく分からないがノトムが仲介してくれたらしい。このまま放っておくと骨の一、二本平気で折ってきそうな勢いだったから助かった。


「ノトムお前――」

「ブラッカも頼むからもう関わらないでくれ。いくらなんでも店はやり過ぎだ。だろ?」

「あ……ああ」


 もうノトムの言葉を理解する脳さえ使うのが億劫だ。魔力が底をついて何もできる気がしない。


「悪かった……本当に」

「えっ。あ、ああ。分かってくれたならいいんだ。それより大丈夫なのか?」


 ブラッカの意外な反応に、のトムが一瞬言葉を呑んだ。

 今まで酷い仕打ちをしてきた相手を気にかける男だとは思っていなかったのだろう。ノトムは面食らった様子だった。


「大したことない。ちょっと魔力を使いすぎただけだ。休めばどうとでもなる」

「な? コイツはやれば出来る男なんだよ。だから止めてくれるな」


 スミレは言葉通りに受け取るものだからとても冗談に聞こえない。実際、ブラッカの魔装を限界の先まで使わせる勢いだった。


「なあホウキ売……スミレ」

「なんだ?」

「どうやったらそこまで強くなれる? まさか今まで実力を隠してたのか?」

「大したことはしてない。俺も暇じゃないんだ。魔装使う気がないならもう帰るぞ。試験とやらが待ってるんでな」

「待て」


 満身創痍の体に構わず、ブラッカは無理やり体を起こした。


「今後お前の修行について行ってもいいか?」

「いやだ。絶対着いてくるな」


 即答だった。


「邪魔するつもりはねぇ。なんなら俺の家名貸してやったっていい。ずっとは貸せないが、」

「目障りすぎる。却下。そもそも貴様の家柄がなんだと言うんだ」


 こいつ思ったよりいい性格してるな、とはとても口にできないが、ブラッカとしても折れるわけには行かなかった。

 どういうわけか、スミレの魔装は竜のスペックを度外視してもブラッカの理想系だったからだ。


「ねえスミレ。悪い話じゃないと思うよ」

「ん? ……ふむふむ。ほう? ――なに!?」


 ノトムの耳打ちに興味深そうに相槌したかと思うと、急に目の色を変えて、


「いいぞ! ちょうど()()()が欲しかったところだ!」


 聞き捨てならないセリフが聞こえた気がした。


「いいのか、修行について行っても?」

「勿論だ。俺とお前の仲だろう? わはは。何でも言う事聞いてくれる奴が居てくれると何かと助かるしな」

「俺は何もそこまで――」

「いい、いい。強くなりたいんだろ? 気が向いたらお前の修行もみてやるさ。俺はこう見えて優しくはないから覚悟しろよ?」


(どう見ても鬼畜野郎じゃねえか)


 あれだけの事をしておいて、スミレは優しい人間だと見られているつもりなのが驚きだ。


「とりあえず俺は試験をクリアしてダンジョン攻略資格を早く取りたいんだ。さっさと学園に戻るぞ」

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