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1話 想定外のやり直し




 魔女との待ち合わせである竜の渓谷に着いた俺達は、群れで漂う魔光虫を前に腰を下ろした。

 魔女との用事を済ませ、今日こそクレアに結婚を申し込むんだ。

 ……と言いつつプロポーズできずに一〇〇回目の試みになるが。

 とにかく、人間の女は俺たち竜人に比べて脆いから丁重に扱わないと。

 そもそも岩を椅子代わりにするのは人間の肌に優しくないかもしれない。竜人の尻尾を差し出す俺に目をぱちくりさせた許嫁は、申し訳なさそうに「ありがとう」と座ってくれた。

 小さなお尻が夜風に当たっていたのか冷たい。尻尾に氷嚢(ひょうのう)を押し当てられたみたいだ。


 まだ魔女の小娘は着いていないらしい。人間のクセに遅刻とは肝の座ったやつだ。

 それはそうと、許嫁のクレアは俺と少し距離をあけて身を震わせている。

 不満が顔に出ていただろうか。

 視線だけ送ると、クレアは心配になるほど歯をカチカチ鳴らしていた。


「こんな谷底に連れ出して悪い。寒いよな?」

「平気。グリムこそ尻尾が冷えてきてるわ」


 唇を震わせて言うにはあまりに説得力がない。

 寒いだろうに、必死に笑顔を作るクレアが愛おしかった。

 けれども、竜人の王子が人間の女に鼻の下を伸ばすのは良くない。まして魔女に見られてバカにされる訳にはいかないので、努めて真顔を維持した。


「竜人は深部体温が高いんだ。それこそ火山の火口くらいにはな。だから人肌まで抑えてるんだよ」


 というか魔女の奴全然来ないな。

 クレアも寒さの限界だったのか、遠慮がちに肩を押し当てるように寄ってきた。

 羽織っていた上着のコートを広げてクレアを抱き寄せるように被せてやる。竜人の体温で火傷しないよう、人肌まで抑えた。

 一気に暖かくなったのか、クレアはふと星空を見上げた。


「あなたが魔王を倒したおかげで――やっと異種族の戦争も終わるね」

「ああ。案外早……長かったな」

「私たちの時間感覚に合わせてくれなくてもいいのに」

「そうもいかないだろ。これから竜も人も手を取り合って生きていく時代にするんだ」

「そうね。これも魔女の一族が寄り添ってくれたおかげだものね」


 クレアは両手で息を包むようにして笑った。

 竜人族は生態系ピラミッドの頂点に君臨する一族だ。俺は次期竜人族の王になり、許嫁は前例のない人間クレアである。

 まさに竜と人が手を取り合う時代の到来だ。

 里の竜人達が納得してくれさえすればだが。


「クレアは平気なのか?」

「何のこと?」

「竜族での暮らしもまだ三年目だろ? 人間にとってはもう三年だが、竜族の連中にとっては『まだ三年』だ。連中も一〇〇年は経たないと心を開かないだろうし」

「またその話? 私はグリムと一緒になるって決めたの。この前里の竜に食べられそうになった時はヒヤッとしたけど」

「だからさ。まずは人類代表を名乗る魔女の一族が同盟を結んでくれる。それで、そう。その……五〇年後でもいいんだぞ」

「その頃には私おばあちゃんになってるじゃない」

「関係ない。どんなに年老いていようが俺はクレアを好いている」


 一気に体温が上がったのか、クレアの襟から湯だったように白煙が昇っていく。

 顔を真っ赤にした彼女は、長い黒髪で恥ずかしそうに顔を隠した。

 当たり前のことを言っただけなのに変な女だ。


「お、お、お待たせしました」


 魔光虫の数メートル先。空間が歪み、蚊の鳴くような女の声がした。

 尖った帽子の女二人と、更に異種族が三名。独特の獲物を手にして連中は現れた。

 約束していた魔女の一族だ。


「スミレさん! 遠いところありがと――」


 クレアが嬉しそうに魔女の名前を呼んだが、すぐに言葉を呑み込んだ。


「……グリム?」

()()()()()()()


 言いようのない不安で魔力が溢れる。その余波が熱を持って周りの積雪を溶かした。

 魔光虫が逃げていく。

 谷底は一気に暗くなった。


「話が違う。なぜ武器を持ってきた」

「あ、あの……」


 睨み過ぎたせいか、魔女はしどろもどろに言い訳している。

 よく見ると二十代の女だ。クレアとほぼ同年代じゃないか。族長が来るのではなかったのか? なぜこんな覇気のない魔女を寄越す。

 考えれば考えるほど嫌な予感しかしなかった。


「話が違うだぁ?」


 代わりに後ろにいた別の種族――アマゾネス族の女が大斧を地に叩きつけて吠えた。


「それはこっちのセリフだ。同盟を結ぶって時に、どうしていつまでも魔竜因子を撒き散らす。おかげでこいつの妹は死病にかかってんだぞッ」

「……魔竜因子だと?」


 一体なんの話をしているんだ。

 魔竜因子は千年前に竜王が展開した、他種族殺傷のための呪い――死病だ。

 不老不死の恩恵であるドラゴンスレイヤーを求めた人間に対する対抗策だったが、今やその必要もない。

 そもそも、それが出来るのは俺を含めた竜王の血を引くほんのひと握りだ。

 クレアがいるんだ。今更人間に危害を加える理由なんてないぞ。

 そうは思ったが、俺は一人の魔女を指さしていた。毒気で斑に染められた肌をもつ魔女を。


「……その女がそうなのか?」


 すかさず仲間の二人が割って入ると、仇敵を見るような目で睨みつけてきた。


「竜は無駄な殺生をしないと聞いたけれど、ボクの勘違いみたいだね。ちょっとガッカリだよ」

「同感だ。魔竜因子の研究ができるのは大歓迎だが、呪いで俺の寿命まで削られるのは困るな」


 獣人の女と白衣の男も勝手に俺を悪者にしている。

 いや、俺が次期竜王だという情報は漏れてるんだろう。犯人だと思われてもおかしくない状況だ。

 一見死病の仇討ちに来たとも思えるが、魔女たちの様子を見るに、魔竜因子の解呪方法を知ったうえでここに立っているのか?

 ――解呪方法は二つある。

 手っ取り早い方法は、竜殺しの恩寵――ドラゴンスレイヤーになることだ。


「グリム……」


 クレアが不安そうに俺の袖を掴んだ。

 ちくしょう。やっと同盟を結ぼうって段階まできたのに、なぜここまで話がこじれたんだ。

 俺一人ならこいつらを殺すのは簡単だ。

 だけどそうしたところでなんの解決にもならない。クレアと一緒になるためには、人間との明確な同盟関係は必須条件だ。

 同盟さえ結べば、竜族の連中もクレアを認めざるを得ないのだから。


「なあ、なにか誤解があるようだが――」


 言い切る前に目の前で火球が炸裂し、火柱が視界を包むように裂けた。魔女の無詠唱魔術らしい。

 竜王の血筋には魔法障壁の加護がある。

 四方一メートル間隔で形成された七色の障壁。半端な攻撃魔術は何をせずとも無力化される力だ。

 魔女なら知ってるだろう。牽制のつもりか?

 俺だって人間のちょっかいでいちいち腹は立てないが。

 だが、そんなことよりも。


(今――クレア諸共狙ったな)


「今のは宣戦布告と受け取って良いんだな」


 キレてはいけない。

 怒りを抑えるために、静かに地を踏みしめた。

 足元に生成した魔法陣が渓谷全てを塗り替えるように連鎖的に描かれていく。

 クレアが何か言おうとしていたが、生憎取り合っている余裕は無い。

 クレアの体を浮かせ、防御魔法の水晶へ隔離する。

 できればクレアに同族の死に様は見てほしくないが、それも相手次第だ。

 怒りを抑え、努めて魔女へ寄り添うように聞いた。


「最後に聞くが、同盟は決裂か?」

「先に妹を攻撃したのは……お前だッ!」


 小心者に見えた魔女は帽子を剥ぎ取り、紫の長髪を乱して叫んだ。ヤツの仲間は勿論、俺でさえ一瞬気圧される迫力だった。

 どうやら本気で敵と見られているようだ。


「結局俺たちは友達になれないらしい」


 俺は人の姿を捨てて、竜化――全身を竜の鱗で覆う。

 渓谷一帯に生成した魔法陣が熱を帯び、魔力が炸裂した。




     ◆




 魔女の一団との戦闘は、予想通り一瞬で終わった。

 想定外だったのは、俺が地を舐める形になっていたことだ。


(……なぜ)


「なぜ()()()()()()を使ったッ!」


 悪魔の一族が好んで喧伝(けんでん)する呪法がある。

 ――自身の魂を生贄に、対象の肉体活動を生涯封じる必中の呪いだった。

 それを、スミレという魔女は己の未来を捨て、俺を殺すためだけに禁術を放った。

 ――違う。狙っていたのは俺であって俺ではない。

 許嫁のクレアだ。

 呪法は払う代償の程度によっては、魔法障壁ですら防げない脅威を生む。

 守りきれる確証がない以上、俺の障壁を解いて呪法の的を肩代わりするしかなかった。

 それは人間側も想定していなかったのか、驚いた顔をして一様にスミレを見ていた。


「グリム……グリム!」


 崩れた魔法障壁から出てきたクレアが駆け寄ってきて抱き起こされる。

 首から下の感覚がない。悪魔の呪いが呼吸器まで侵食してきているのを感じる。

 半死半生の状態で、スミレは地に伏したまま笑っていた。俺を殺すことで妹が救えると確信しているのだろう。


「はやく妹を……カエデを……竜殺しに」

「ク……レア」


 クレアがアマゾネス族の女に掴み上げられている光景を最後に、呼吸とともに視界すら封印された。

 このままではクレアも殺される。

 ――もし。

 ()()()()()()()と、そう考えてしまう。

 もし過去に戻ることができたなら、二度とクレアを傷つけさせない。

 竜人の連中に彼女を認めさせ、卑怯な人間にだって屈しはしない。

 そうさ。

 俺が魔女どもに屈したのは人間に対して()()()()からだ。

 最初から本気で殺しにかかれば、奴に呪法すら使わせる時間も与えなかったはずなのに。

 真っ暗闇のなか、どす黒い感情しか感じられなくなった。




     ◆




「お客さん、起きて下さい」


 馬車の中で目覚めると、俺は行商人の荷物に埋もれていたようだった。

 王子の俺がどうしてこんな荷台に押し込められているのか理解できない。

 最悪の寝覚めだ。ひどい夢を見ていた気分だった。


「魔女の里、着きましたよ」


 なんて言った?

 行商人の言葉に、ぼやけた思考のまま答える。


「何言ってる? ここは竜山の麓だろう」

「俺をからかってるのか嬢ちゃん? ほら降りた降りた」


 猫のうなじを掴まれるような形で荷台から降ろされた。なんて扱いしやがる。

 理解が追いつかないまま、行商人が荷物を下ろす様子を眺めていた。

 布のずれた荷物――立て鏡が視界に入る。


「ん……ああ!?」


 二度見した。

 布を剥ぎ取る。それを見た行商人が俺の両脇に腕を差し込んで軽々と拾い上げた。

 なにか怒っているが言葉が入ってこない。

 ――鏡に写っているちんちくりんが俺なのか?

 それに、見たことあるぞ。

 肩まである紫髪に、子ども用の魔女ローブ。

 間違いなく俺に呪法をかけたスミレという魔女……だが。

 不可解なことに、俺は幼い魔女の体になっていた。

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