序章:康二の予感とネットの噂
序章:康二の予感とネットの噂
宮増康二の自室は、夥しい数の専門書と、自作のPCパーツ、そして用途不明の電子機器の残骸で埋め尽くされていた。彼は学校から帰宅すると、食事と風呂以外の時間はほとんどこの城に籠もり、ディスプレイの光を浴び続けていた。
その日も、彼はいくつかの海外の科学系ニュースサイトや、アンダーグラウンドな情報が集まる匿名掲示板を巡回していた。表向きのニュースでは決して報じられない、しかし科学的好奇心を刺激する情報が、そこには溢れていたからだ。
「…まただ。アフリカ奥地、原因不明の集団発狂、その後、対象地域は軍により完全封鎖…か」
康二は、眉間に皺を寄せ、マウスのホイールを回す。数週間前から、同様の短いニュースが散見されるようになっていた。最初は信憑性の低いゴシップ程度に考えていたが、その頻度と、妙に具体的な状況描写(「初期症状は極度の興奮と暴力性の発現」「感染経路不明、ただし接触により拡大の可能性」など)が、彼の分析的な思考回路を刺激した。
「ウイルス性の精神疾患…あるいは、未知の寄生生物による脳機能の乗っ取り?いや、それにしては進行が速すぎるし、情報統制が厳重すぎる」
彼は、いくつかのキーワードを組み合わせて検索エンジンに投入し、さらに深層の情報を探ろうとする。その過程で、ある国の軍事研究施設から「偶発的に漏洩した生物兵器」に関する、真偽不明の書き込みを見つけた。
「生物兵器…ね。あり得ない話ではないが、この情報自体がフェイクである可能性も高い」
康二は眼鏡の位置を直し、冷静に状況を分析しようと努める。しかし、彼の脳裏には、漠然とした、しかし無視できない不安が芽生え始めていた。それは、世界が何か、取り返しのつかない方向へ向かっているのではないかという、科学者としての直感にも似た予感だった。彼は、収集した情報を独自のフォルダに保存し始めた。タイトルは、「未確認異常事態Xファイル」。