序章:恭二と父・義一の憂慮
序章:恭二と父・義一の憂慮
新井家の夕食は、いつもどこか報道番組のような雰囲気があった。藤沢市役所の地域防災課に勤める父・義一が、その日の出来事や気になるニュースについて一家に話して聞かせ、それに対して恭二や、時には中学校で英語を教える母・智子が意見を交わすのが常だったからだ。
「今日の会議でもな、原因不明の小規模な通信障害が市内数カ所で報告されてな。大きな混乱には至っていないんだが…どうも、ここ最近、そういった細かいトラブルが多いんだ」
義一は、味噌汁を一口すすると、眉間に僅かな皺を寄せた。普段は温厚な父が見せるその表情に、恭二は軽い緊張感を覚える。
「それって、何か大きな災害の前触れとかじゃ…ないですよね?」
「さあな。考えすぎかもしれん。だが、備えだけはしておくに越したことはない。防災無線や避難経路の再点検を急ぐよう指示は出したが…」
義一の言葉は、具体的な危険性を示唆するものではなかったが、防災の最前線にいる人間の肌感覚として、何か不穏な空気を感じ取っていることは確かだった。
「恭二、お前の学校の避難訓練はちゃんとやったんだろうな?いざという時、学級委員のお前が皆をまとめなきゃならんのだからな」
「うん、それは大丈夫だよ。でも、父さんたちがそんなに心配するなんて、何か本当に変なのかな…」
恭二の不安げな問いに、智子が「あなた、あまり恭二を怖がらせないでくださいな」と割って入る。「大丈夫よ、恭二。日本は災害が多い国だけど、その分、対策もしっかりしているんだから」
母の言葉に恭二は少し安堵したが、父の憂慮に満ちた横顔と、テレビのニュースで時折流れる海外の不穏な映像の断片が、彼の心の隅に小さな染みのように残った。