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REVENANT: SHONAN ZERO  作者: 狐目の仮面
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第三章:要塞の揺りかご [第三十話] 醜悪な聖域

 赤い風船がもたらした一時の静寂は、空腹という現実の前に脆くも崩れ去った。

 藤沢市役所のロビーに、夕食の配給開始を告げる無機質なブザーが鳴り響く。

 それは、この「要塞」におけるヒエラルキーと、

 追い詰められた人間の本性を剥き出しにする合図でもあった。


 現在、市役所内は大きく3つの勢力によって運営されている。


【行政・文官派】:総務課長の田辺亜希子が実務を担い、上席の原田部長がトップに君臨する。


【自衛隊・武官派】:山口一曹ら現場部隊と、上層部で冷徹にデータを操る黒田一尉。


【避難民自警団】:元不動産屋の竹本という男が扇動する最大勢力。数に物を言わせ、

         「公平」を盾に新参者を排斥しようとする。


「……おい、ガキ。並び方がなってねぇな」


 配給列の最後尾。余り物のスープを受け取ろうとしていた桜の肩を、脂ぎった手が強引に掴んだ。

 竹本の腰巾着を自称する男、石井だ。

 彼の背後には、同じような目つきをした男たちが数人、ニヤニヤと笑いながら取り囲んでいる。


「あ、あの……順番通りに並んでます」

 桜が震える声で答えるが、石井は鼻を鳴らして、

 彼女が手にしていた空のプラスチックカップを地面に叩き落とした。


「うるせぇ。お前ら新参のガキどもは、昨日から自衛隊や田辺の女とコソコソやってるだろ?

 特権階級気取りかよ。……ほら、さっさとその場所を空けろ」


 石井の言葉に、周囲の避難民たちからも、羨望と悪意の混ざった視線が突き刺さる。

 極限状態の人間にとって、自分たちより「得をしていそうな者」への憎悪は、レヴァナントへの恐怖よりも容易に燃え上がるのだ。


「そんなこと……! 」

 桜は地面に落ちたカップを拾い上げ、泥を拭いながら真っ直ぐに石井を見返した。

 その瞳には、恐怖を押し殺した強い意志が宿っていた。


「あぁん? 歯向かうってのか……!」

 石井が拳を振り上げた瞬間、その手首が鋼のような力で掴み止められた。


「……汚い手で、触るな」

 沙耶だった。彼女はいつの間にか桜の隣に立ち、感情の死んだ瞳で石井を射抜いていた。


「い、痛ぇ……! 何だてめぇ、村田とかいう化け物か!」

 石井が喚き散らすと、奥からリーダーの竹本がゆっくりと歩み寄ってきた。

 彼はネクタイを緩め、いかにも「善良な市民の代表」といった風面で沙耶を指差した。


「やめないか、石井くん。……だがね、村田くん。君たちのグループは特別扱いが過ぎる。

 それは、ここで必死に耐えている他の市民に対して、あまりに不誠実だとは思わないかね?

 その荷物(資料の入ったリュック)も、みんなで共有すべき財産かもしれない」


 竹本の扇動に、ロビーの空気が一気に険悪になる。

 罵声が飛び交い、今にも暴動が起きそうな緊張感が走る。

 沙耶の指先が、反射的に隠し持ったナイフの柄に触れた――。


 だが、その殺気を感じ取ったのは、他でもない桜だった。

「沙耶ちゃん、ダメ!」

 桜が沙耶の手をぎゅっと握り、首を振った。

「ここでやり返したら、竹本さんたちの思うツボだよ。

 ……行きましょう。スープなんて、なくても大丈夫だから」


 桜の凛とした声に、竹本たちは毒気を抜かれたように一瞬怯んだ。

 沙耶は、自分を止める桜の小さな手の温もりに、尖っていた意識をゆっくりと収めた。

 拠点に戻った後、桜は汚れの落ちきらないカップを抱えて、少しだけ肩を落としていた。


「ごめんね、沙耶ちゃん。私のせいで、みんなの分まで配給がもらえなくなっちゃった」


 そう言って力なく笑う桜の横顔を、沙耶はじっと見つめていた。

 戦場での「強さ」とは、敵を殺し、生き残ることだと思っていた。

 けれど、先ほどの大人の醜悪な悪意に真正面から立ち向かい、

 それでも自分を見失わなかった桜の姿は、沙耶の知るどの兵士よりも気高く見えた。


「……桜」

 沙耶がボソリと声をかけた。


「え? なぁに?」


「……お前は、すごいな」

 沙耶は、桜が驚いたように目を丸くするのを無視して、続けた。

「……私なら、あいつらを排除することしか考えなかった。でも、お前はあいつらと同じ場所まで堕ちなかった。……私にはできない『強さ』だ」


 沙耶にとって、それは最大限の賞賛だった。

 桜は一瞬、呆気に取られたような顔をしたが、やがて頬を林檎のように赤く染めて、

 えへへと照れくさそうに笑った。


「沙耶ちゃんにそんなこと言われるなんて……。えへへ、明日からはもっと、心を強く持てる気がするよ!」


 殺伐とした要塞の中。

 外の怪物よりも醜い人間たちの悪意に触れ、傷つきながらも、二人の少女の間には、昨日よりも少しだけ深い絆が結ばれていた。

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