第三章:要塞の揺りかご [第二十五話] 鋼の門
大型スクールバスのドアが、重々しい音を立てて開いた。
藤沢市役所。
かつて市民が穏やかな表情で行き交ったその場所は、今や数メートルの土嚢とコンクリートバリケード、そして刺条鉄線に覆われた無機質な「要塞」へと変貌を遂げていた。
夜の闇を切り裂くサーチライトの光が車内をなめ回すように照らし、一行の影が激しく踊る。
「……降りろ。一人ずつだ。手を頭の後ろで組め」
防護服に身を包んだ隊員たちが、機械的な動作で一行を誘導する。
地面に足を下ろした瞬間、複数のレーザーポインターの赤い点が、一行の胸元や額を不気味に這い回った。
バリケードの上には、暗視装置を備えた自衛官たちが銃口を向けて待機し、広場の中央には重機関銃を据えた装甲車が鎮座している。
「……すごい厳重ね」
桜が、隣の奈々の服をギュッと掴んだ。彼女の震えは、コンクリートの冷たさを通じて一行全員に伝わるようだった。
検疫チームを率いる一等陸曹、山口剛が、泥と埃にまみれた少年少女たちの前に立ちはだかった。
彼は眉間に深い皺を刻み、鋭い眼光で一人一人を値踏みするように見つめる。
「非接触体温計を出せ。一人でも基準値を超えていたら、即座に隔離区画へ回せ」
山口の非情な命令が下る。
額に押し当てられるセンサー、全身をなめる金属探知機の冷たい感触。
恭二や正人のリュックは中身をすべてぶちまけられ、ルミナリエ湘南で手に入れた僅かな食料まで、一点一点が鋭い視線で精査される。
極限の緊張状態。もしここで「異常」と判断されれば、二度と仲間たちとは会えないかもしれない。
そんな恐怖が一行を支配していた。
そして、山口の視線が沙耶の腰で止まった。
「待て。……その銃を、どこで手に入れた」
山口の声が低く響く。
周囲の自衛官たちが、即座に沙耶への警戒を強め、銃口の角度を変えた。
沙耶は動じず、感情を削ぎ落とした瞳で山口を見返した。
彼女が答えるより早く、小林先生が毅然とした態度で一歩前に出た。
「……それは、藤沢北署の田辺勇巡査長から直接託されたものだ」
山口の眉が、ピクリと動く。
「田辺だと……?」
「そうだ」小林先生は山口の瞳を見据え、一言ずつ噛み締めるように続けた。
「彼は、市民を守る義務を最後まで果たした。そして、力尽きる間際に彼女へ拳銃と、市役所にいる家族への遺言を預けたんだ。この子は、その約束を守るためにここまで来た」
山口は数秒の間、無言で沙耶を見つめ、それから足元に置かれた警察手帳を確認した。
手帳に付着した乾いた血痕が、その言葉の真実味を雄弁に物語っていた。
「……田辺巡査長は、俺たちとも現場で何度も顔を合わせていた男だ」
山口が部下たちに短く命じると、張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。
「銃を下げろ。……検疫を急げ」
すべての検査が終わるまで、さらに一時間が費やされた。
ようやく重い鉄門が軋んだ音を立てて開いたとき、一行は精神的な疲労で立っているのがやっとの状態だった。
「……入れ。ここが、お前たちの新しい『家』だ」
山口の無骨な声に促され、一行は要塞の内側へと歩み出した。
背後で鋼の門が閉まる重厚な音が、外の世界との決別を告げるように響いた。




