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REVENANT: SHONAN ZERO  作者: 狐目の仮面
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第二章:終末都市の彷徨 [第十八話] 出会い


 ルミナリエ湘南での命からがらの脱出劇と、僅かな物資しか手に入れられなかったという現実は、スクールバスで移動する一行の心に重くのしかかっていた。夜の闇は深まり、破壊された藤沢の街を照らすのは、不気味な月明かりと、時折遠くで上がる炎の赤い光だけだった。市役所という目的地は定まったものの、そこへ至る道筋は危険に満ち、彼らの疲労はピークに達しようとしていた。

「…このまま市役所へ直行するのは危険すぎるかもしれんな」

運転席の小林先生が、バックミラーで後部座席の生徒たちの様子を窺いながら呟いた。眠れずに不安げな表情を浮かべる者、疲労困憊でぐったりとしている者、そして村田沙耶のように、警戒を解かずに窓の外の闇を見つめ続ける者。

「市役所が確実に安全だという保証もない。まずは、情報収集と、一時的にでも安全を確保できる場所が必要だ」

「先生、でしたら…湘南大学はどうでしょうか」

助手席にいた新井恭二が、手元の地図を照らしながら提案した。それは、市内でも有数の広大な敷地を持つ私立大学だった。

「湘南大学…か。確かに、あそこなら都市部から少し離れているし、丘陵地帯にあるから見晴らしもいい。図書館や研究施設も充実しているはずだ。食料は期待できないかもしれんが、医薬品や、あるいは通信手段が残っている可能性はある」小林先生は頷いた。

康二も、「湘南大学には、最新の設備を備えた情報処理センターや、生命科学系の研究棟もあったはずです。もしサーバーが生きていれば、外部のネットワークにアクセスできるかもしれませんし、ウイルスに関する何らかの研究データが…」と、僅かな期待を込めて付け加えた。

「よし、決まりだ。次の目的地は湘南大学とする。そこで情報を集め、体勢を立て直してから、市役所へのルートを再検討する」

小林先生の決断に、異論を唱える者はいなかった。バスは、一路、湘南大学へと進路を変えた。

数時間後、夜明けが近いことを感じさせる白々とした光が東の空を染め始めた頃、スクールバスは湘南大学の正門前に到着した。周囲は、不気味なまでに静まり返っていた。あれほど市街地で猛威を振るっていたレヴァナントの姿も、ここではほとんど見当たらない。

しかし、その静寂がかえって不気味だった。正門は固く閉ざされ、その脇にある守衛室も無人だった。キャンパスへと続く並木道には、乗り捨てられた数台の自転車や、持ち主を失った学生カバンなどが散乱しており、ここでも何らかのパニックがあったことを物語っている。

「…まるで、ゴーストタウンだな」恭二が、息を飲んで呟いた。

「全員行くぞ、エンジンは切っておけ。音で奴らを呼び寄せるな」

小林先生の指示で、全員がバスを降りる。沙耶は、既に腰のホルスターから田辺巡査長の拳銃を抜き、いつでも撃てるように安全装置を外していたが、その表情はあくまで冷静だった。

彼らは、大学の周囲を巡り、やがて比較的低いフェンスで囲まれた、教職員用の通用門を発見した。フェンスの一部は破壊されており、そこから容易に内部へ侵入できそうだ。

「ここから入るぞ。だが、油断は禁物だ。静かすぎるのが、逆に気になる」

小林先生の言葉に、沙耶と正人は無言で頷いた。

小林先生が先行し、安全を確認した後、バスの他のメンバーも後に続いた。広大な湘南大学のキャンパスは、まるで時が止まったかのように静まり返っていた。講義棟の窓ガラスは所々割れ、中庭には教科書やノートが風に舞っている。学生たちの姿はどこにもなく、ただ、鳥のさえずりだけが、やけに大きく響いていた。

「…本当に、誰もいないみたいだね」奈々が、不安と安堵が入り混じった声で囁いた。

「いや、油断はできない。建物の中に潜んでいる可能性もある」沙耶は、常に周囲への警戒を怠らない。

一行は、まず最も大きな建物である中央図書館を目指した。そこなら、情報収集に適した設備や資料が残っているかもしれないし、構造的に籠城しやすい場所が見つかる可能性もあったからだ。

図書館の正面入口はガラスが割られ、内部は荒らされていたが、幸いレヴァナントの姿はなかった。彼らは、図書館の一階にある、窓の少ない閲覧室の一つを、当面の拠点と定めることにした。

「よし、ここで少し休息を取る。交代で見張りを立て、残りの者は仮眠を取れ。その後、手分けして館内を探索し、食料、水、医薬品、そして何よりも情報を探す」

小林先生の指示に、生徒たちは疲れた顔ながらも頷いた。

仮眠と簡単な食事(ルミナリエ湘南で手に入れた僅かな缶詰と、沙耶が見つけた栄養バー)を済ませた後、彼らはグループに分かれて図書館内の探索を開始した。

康二と、同じく情報収集に長けた恭二は、コンピュータールームや図書管理室へ向かい、学内LANやインターネットへの接続を試みる。奈々と桜は、救護室や学生ラウンジなどを探し、医薬品や使えそうな布類を調達する。正人と小林先生は、建物の構造や周囲の状況を把握するため、館内の見取り図を探し、出入り口の安全確認を行う。

そして沙耶は――彼女は一人、図書館の最も奥深く、古文書や特殊資料が保管されていると思われる書庫へと、音もなく向かっていた。彼女の直感が、そこに何か重要なものが眠っていると告げているような気がしたのだ。

広大で静まり返ったキャンパス。それは、束の間の安息を与えてくれる聖域なのか、それとも新たな脅威が潜む狩り場なのか。

彼ら彼女らの、湘南大学での探索が始まった。


 湘南大学中央図書館の深奥、埃っぽく黴の臭いが微かに漂う特別書庫エリア。高い書架には、古びた装丁の専門書や郷土史資料、マイクロフィルムなどがぎっしりと並んでいる。沙耶は、まるで獲物を探す獣のように、音もなくその薄暗い通路を進んでいた。彼女の鋭敏な感覚は、この静寂の中に潜むかもしれない僅かな異常を探し出そうと、極限まで研ぎ澄まされている。彼女自身、何を求めているのか明確ではなかったが、この図書館のどこかに、現状を打開するための「何か」が眠っているような、強い予感があった。

いくつかの書架を通り過ぎ、郷土史や民俗学関連の資料がまとめられた区画に足を踏み入れた時、沙耶は不意に足を止めた。

微かな物音。紙をめくる音と、小さな咳払い。そして、人の気配。

沙耶は、即座に書架の陰に身を潜め、文化包丁を抜き放った。その黒曜石のような瞳が、音のする方向を鋭く見据える。レヴァナントではない。もっと知性的で、意図的な気配だ。

数秒の静寂の後、沙耶は音もなく動き出し、気配の主へと接近した。書架の角を回り込んだ瞬間、彼女が見たのは、床に座り込み、山積みになった古文書や地図に囲まれながら、熱心に何かを書き留めている一人の若い女性の姿だった。肩までの黒髪を無造作に束ね、大きな眼鏡の奥の瞳は、真剣な光を宿している。その傍らには、空になったペットボトルや、栄養補助食品の袋が散乱していた。

女性は、沙耶の気配に気づき、驚いたように顔を上げた。その手には、護身用なのだろうか、先端を尖らせた金属製の定規が握られている。

「だ、誰!?」

女性の声は、驚きと警戒で震えていた。

沙耶は、包丁を構えたまま、相手の力量と敵意を瞬時に分析する。敵ではない。だが、油断はできない。

「…生存者か」沙耶が、低い声で問いかける。

「え、ええ…そうだけど…あなたこそ…ここの学生じゃないみたいだけど…」女性は、沙耶の戦闘慣れした雰囲気と、その端正だが一切の感情を映さない顔立ちに、戸惑いを隠せない。

「名前は」

「ふ、藤森…藤森暦。この大学の一年生よ。あなたは?」

「村田沙耶。仲間と、一時的にここに避難している」

沙耶は、暦に明らかな敵意がないことを確認すると、少しだけ警戒を解いた。

「こんな場所で、一人で何をしていた?」

暦は、沙耶の単刀直入な問いに、少し気圧されながらも、自分の足元に散らばる資料を指差した。「これを…調べていたの。この街で起こっている異常事態について、何か手がかりがないかと思って…。私は歴史学専攻で、特にこの湘南地域の郷土史や伝承に興味があって…」

彼女は、堰を切ったように早口で語り始めた。この数日間、一人で籠城しながら集めた情報、古文書に見られる過去の疫病や厄災の記録、そしてそれらが今回の「レヴァナント」騒動と奇妙に符合する点などを。その瞳は、恐怖よりも知的好奇心と探究心に輝いていた。

沙耶は、暦の話を黙って聞いていた。彼女の話の中には、確かに興味深い情報がいくつか含まれていた。特に、過去の文献に残る「原因不明の集団狂騒」や「蘇りし死者の伝説」といった記述があった。

「…何か、具体的な資料は見つかったのか?」

「ええ、いくつか…。特に気になるのは、この大学の創設期に関わったある研究者が残した、個人的な日誌の写し。彼は、表向きは地域の生態系調査をしていたことになっているけど、日誌には『未知の微生物』や『生命力の異常な活性化』なんていう、不穏な言葉が並んでいるのよ。そして、その研究は、何らかの理由で中断され、極秘に封印されたみたい…」

暦は、そう言って埃を被った数冊のファイルを取り出し、その中の一枚を沙耶に示した。それは、古いタイプライターで打たれた研究レポートの断片だった。そこには明確な単語こそないものの、明らかに類似した症状を引き起こす微生物の存在と、それに対する初期の実験記録らしきものが記されていた。

「これを発見した時、鳥肌が立ったわ。もしかしたら、この大学自体が、今回のパンデミックと何らかの関わりがあるのかもしれないって…」

沙耶は、そのレポートの断片に目を通した。内容は専門的で難解で沙耶には理科しえない部分もあった。

「…この資料、他にもあるのか?」

「ええ、この書庫の奥の、通常は立ち入り禁止になっている区画に、関連資料がまとめて保管されているのを見つけたの。でも、鍵がかかっていて…」

沙耶は、先ほど事務所で手に入れた鍵束を取り出した。「…これか?」

暦は、その鍵束を見て目を丸くした。

「そ、それ!もしかして、マスターキー!?」

沙耶は無言で頷き、暦を伴って書庫の奥へと向かった。そして、厳重に施錠されていた資料保管室の扉を、手に入れた鍵の一つで開けた。

そこには、まさにパンドラの箱とでも言うべき、未知の病原体に関すると思われる不穏な初期研究資料が、膨大な量で眠っていた。実験ノートらしきもの、被験者の状態を記録したかのようなカルテの束、おぞましい変異を示唆するスケッチや写真、そして特異な作用を持つと思われる未確認の薬物に関するデータも散見される。

「これは…一体…」暦は、興奮よりも先に、得体の知れない恐怖と、そして研究者としての強い使命感が入り混じった表情で、資料の山に見入っている。

「藤森暦、だったか」沙耶が、暦に声をかけた。

「お前、ここからどうするつもりだ?」

「え?そ、それは…まだ何も…。ただ、この資料を分析して、何とかしてこの事態を収拾する手助けができればって…」

「一人では限界がある。それに、ここもいつまでも安全とは限らない」沙耶は、淡々と言った。

「私たちと来い。お前の知識と、その資料は、生き残るために必要になる」

暦は、沙耶の真っ直ぐな瞳と、その言葉に含まれる有無を言わせぬ力強さに、一瞬ためらったが、すぐに力強く頷いた。

「…ええ、わかったわ。私、あなたたちと一緒に行く。この謎を解き明かすためにも!」


  沙耶に導かれ、藤森暦が重い資料の束を抱えて書庫の奥から姿を現した時、図書館の閲覧室で待機していた新井恭二たちは、息を飲んだ。暦の存在もさることながら、彼女と沙耶が持ち帰った古びたファイルやノートの山が、ただならぬ雰囲気を放っていたからだ。

「…村田さん、こちらは?」

恭二がおそるおそる尋ねると、沙耶は短く「藤森暦。この大学の学生だ。ここで一人で調査をしていた。我々と行動を共にする」と紹介した。

「は、はじめまして…藤森暦です」暦は、緊張した面持ちで深々と頭を下げた。「こ、これらは、私がこの図書館で見つけたもので…もしかしたら、今起こっているこの事態の、何か手がかりになるかもしれません…」

その言葉に、特に宮増康二の目が鋭く光った。彼は、暦が抱える資料の古びた表紙や、そこから僅かに覗く数式や化学式らしきものに、強い興味を惹かれているようだった。

「まずは、少し落ち着いて状況を整理しよう」

小林先生が、冷静に場を収めた。彼は、暦をグループに温かく迎え入れ、彼女が発見した資料について詳しく尋ねた。暦は、恐怖と興奮が入り混じった早口で、資料の内容――未知の病原体、その異常なまでの生命力、そして「原初物質」と記された特異な薬物に関する断片的な記述について説明を始めた。

その説明を聞くうちに、康二の表情は険しさを増していく。

「…これは、単なる学生のレポートや、地方の伝承記録のレベルではないですね」康二は、暦が広げた資料の一枚を指差しながら言った。

「この記述…明らかに高度な生物学、あるいは遺伝子工学の知識がなければ書けない。そして、この実験プロトコルらしきものは…倫理的に大きな問題を孕んでいる可能性が高い」

「ええ、私もそう思います」暦も頷く。

「この大学の創設期に、何か公にできない研究が行われていたのかもしれません。そして、それが今回の…『レヴァナント』の出現と無関係ではないとしたら…」

二人の専門的な会話に、恭二や奈々、桜はただ戸惑うばかりだった。しかし、その会話の端々から漏れ聞こえる「未知の病原体」「人体への影響」「隠蔽された研究」といった言葉は、彼らの不安をさらに増幅させた。

沙耶は、その会話には加わらず、ただ黙沙耶は、その会話には加わらず、ただ黙って暦が広げた資料の山の一角を眺めていた。おぞましい変異を示唆するスケッチや、被験体の苦痛が滲むような実験記録の断片。それらの記述のいくつかは、彼女の脳裏に焼き付いた忌まわしい過去の記憶の断片と、不快な形で共鳴し、胸の奥に冷たい棘が刺さったような感覚を引き起こした*具体的な何かを思い出したわけではない。しかし、その書類全体から漂う冷酷な非人間性と、人間の尊厳を踏みにじるような研究の気配が、彼女の心の奥底に封印していたはずの古傷を微かに疼かせた。

沙耶の表情は変わらなかったが、その瞳の奥に一瞬だけ、暗い影がよぎったのを、隣にいた奈々は見逃さなかった。しかし、沙耶はすぐにそれを心の奥底に押し込め、他の資料へと静かに視線を移した。今は、個人的な動揺を見せる時ではない。

暦と康二は、他の資料を手に取り、興奮と緊張の入り混じった声で言葉を交わしていた。「この未知の病原体に関する記述…初期の症状は急速な細胞変質と…」「こちらの未確認薬物のデータは…被験体への強烈な生理的負荷を示唆している…一体どんな非倫理的な実験を…」。彼らの会話からは、この大学で行われていたかもしれない不穏な研究の輪郭がおぼろげに見え始めていた...

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