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REVENANT: SHONAN ZERO  作者: 狐目の仮面
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第二章:終末都市の彷徨 [第十七話] 脱出

「…この音は…」

小林先生が、鋭い視線を倉庫の奥の暗闇へ向けた。先ほどまでの略奪者の騒がしさや、レヴァナントのうめき声とは明らかに異なる、重く、そしてどこか湿り気を帯びたような複数の足音が、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくるのが聞こえる。それは、床に落ちた水溜まりを粘つくように踏みしめるような、不快な音だった。

恭二と正人も、その異様な音に気づき、息を飲んで身構える。先ほどの戦闘で高揚していた気分は一瞬にして消え去り、新たな恐怖が彼らの心を侵食し始めていた。

「…レヴァナントではない。だが、友好的なものでもないな」沙耶が、静かに、しかし断定的に言った。彼女の黒曜石のような瞳は、音のする方向を微動だにせず見据えている。その全身から放たれる警戒のオーラが、恭二たちにも緊張を強いる。

「…柴田さん、こっちの倉庫、やっぱり何かありやすぜ。さっき、若い連中の声と、争うような音が…」

闇の奥から、先ほどの略奪者たちとは異なる、よりドスの利いた男の声が聞こえてきた。そして、その声に応じるように、柴田賢治と思われる、より落ち着いた、しかし冷酷な響きを持つ声が続く。

「ああ?チッ、ネズミどもがまだいやがったか。いいだろう、根こそぎ掃除してやる。ここにあるモンは、全部俺たちのモンだ!」

複数の懐中電灯の光が、倉庫の通路の奥で揺らめき、徐々にこちらへ近づいてくる。その数、少なくとも五、六人以上。先ほど遭遇した下っ端とは明らかに練度も武装も違う、柴田率いる本隊のようだ。

「まずい…!挟み撃ちになるぞ!」恭二が焦りの声を上げる。正面入口は既に略奪者たちが押さえている。そして今、倉庫の奥からも彼らの本隊が迫ってきている。

「落ち着け、新井!」小林先生が一喝する。「まだ道はある。村田、お前が先導しろ。我々は、あの搬入口から一度外に出て、バスへ急ぐ!お前なら、連中に気づかれずに最短ルートを見つけられるはずだ」

「…了解」

沙耶は短く応えると、確保した僅かな物資の入ったリュックを恭二に押し付けた。「これを頼む。お前たちは私のすぐ後ろを、音を立てずに着いてこい」

彼女は、再び闇に溶け込むように動き始めた。その動きは、床に落ちたガラス片一つ踏むことなく、驚くほど静かで速い。小林先生、恭二、正人も、必死にその後に続く。

略奪者たちの声と足音は、徐々に大きくなっている。彼らは、沙耶たちが先ほどまでいた場所へと近づいているようだ。

「おい、ここにも誰かいたみてえだぞ!まだ新しい血の跡がある!」

「逃がしたか!クソッ、どっちへ行った!?」

怒声と罵声が響き渡る。

沙耶たちは、その声を背中で聞きながら、巨大な棚と棚の間の、僅かな隙間を縫うようにして進む。時折、略奪者たちの懐中電灯の光がすぐ近くを掠めるが、沙耶の的確な判断と誘導で、紙一重で発見を免れる。それは、まさに息の詰まるような瞬間だった。

数分後、彼らはようやく搬入口のドアまでたどり着いた。小林先生が、慎重にドアを開け、外の様子を窺う。

「…よし、今のところ誰もいない。だが、油断するな。ここからバスまでは開けた場所もある」

四人は、音もなく外へ滑り出ると、スーパーの建物の壁際を沿うようにして、バスを隠してある路地へと急いだ。宮増康二が、その路地の入口で、不安げな顔で彼らを待っていた。

「皆さん!ご無事で…!」

康二は、四人の姿を認めると、安堵の表情を浮かべたが、すぐに彼らの背後から聞こえてくる略奪者たちの声に気づき、顔色を変えた。

「早く!バスに!」

小林先生の指示で、全員が慌ただしくスクールバスに乗り込む。沙耶は、乗り込むと同時に、恭二からリュックを受け取り、中から手に入れた懐中電灯と電池を取り出した。

「小林先生、これを。正面のヘッドライトだけでは視界が悪い」

「おお、助かる!」

小林先生は、沙耶から懐中電灯を受け取ると、すぐにエンジンを始動させた。バスのエンジン音が、夜の静寂を破る。

「まずい!あそこにバスがいるぞ!逃がすな!」

スーパーの搬入口付近から、略奪者たちの怒声と、こちらへ向かってくる複数の足音が聞こえてきた。数人が、既に路地の入口まで迫ってきている。

「行くぞ!しっかり掴まっていろ!」

小林先生は、バスを急発進させ、狭い路地を猛スピードで駆け抜ける。路地を抜けると、そこは再び商店街のアーケードだった。バスは、略奪者たちの追跡を振り切り、先ほどとは逆の方向へと、闇の中を疾走していく。

車内では、奈々や桜、そして他の生徒たちが、戻ってきた五人の無事を喜びながらも、新たな緊張感に包まれていた。

「皆さん、怪我は…?」奈々が心配そうに尋ねる。

「ああ、大丈夫だ。それより、確保できた物資はこれだけだ…」恭二が、悔しそうにリュックの中身を見せる。缶詰数個と、僅かな医薬品。危険を冒した割には、あまりにも少ない成果だった。

「…仕方ない。今は、生き延びられただけでも幸運と思わなければな」小林先生が、運転しながら言った。「それより、村田」

彼は、バックミラーで沙耶の姿を捉えた。

「お前が事務所で見つけたという、店内の見取り図と鍵束を見せてくれ。そして、お前が着替えたその服…どこで手に入れた?」

沙耶は、無言でリュックから事務所で手に入れた避難経路図と鍵束、そして自分が着替えた作業用ジャンパーと同じものが数着入った袋を取り出し、小林先生に渡した。

「…従業員休憩室にありました。これなら、制服よりは動きやすいし、目立たないかと」

「なるほどな…判断は正しい」小林先生は頷いた。「見取り図と鍵があれば、次にどこかへ潜入する際、有利に事が運べるかもしれん」

彼は、改めて沙耶の冷静な判断力と行動力に感嘆すると同時に、彼女の底知れない能力に、一抹の畏怖を禁じ得なかった。

バスは、危険な商店街アーケードを抜け、再び藤沢の夜の闇へと走り出す。

彼らの手元に残った物資は僅かだったが、この最初の街での試練は、彼らに多くの教訓と、そして新たな決意をもたらしたようだった。


 スクールバスは、藤沢の夜の闇を切り裂くように走り続けていた。商店街アーケードでの略奪者たちとの遭遇と、僅かな物資しか手に入れられなかったという現実は、生徒たちの心に重くのしかかっている。しかし、同時に、あの絶望的な状況から全員が無事に(恭二の脇腹の傷は幸い浅かった)脱出できたという事実は、彼らにとって小さな、しかし確かな成功体験でもあった。

車内は、エンジンの低い唸り以外、比較的静かだった。多くは疲労と緊張で口数も少なく、窓の外を流れる破壊された街並みをぼんやりと眺めている。

その沈黙を破ったのは、村田沙耶だった。彼女は、いつの間にか自分のリュックから、先ほどルミナリエ湘南の従業員休憩室で手に入れた衣類の束を取り出し、無言で隣に座る工藤奈々に差し出した。それは、スーパーのロゴも入っていない、ダークカラーの丈夫そうな作業用ジャンパーやポロシャツ、そしてチノパンのようなものだった。

「…これ」

「え?沙耶ちゃん、これって…」奈々が驚いて沙耶を見る。

「お前たちの制服は、目立ちすぎるし、動きにくいだろう。これなら、多少はマシなはずだ。サイズが合うかは分からないが…」

沙耶の言葉に、他の生徒たちも一斉に彼女に注目した。彼らの多くは、まだ血や汚れが付着した制服のままだったのだ。

「ありがとう、沙耶ちゃん!」奈々は、心からの感謝を込めてそれを受け取った。「でも、どうしてこれを…?」

「…必要だと思ったからだ」沙耶は短く答えた。彼女は、自分が着替えたフード付きジャンパーの感触を確かめるように、そっと袖を引いた。その姿は、既にこの終末世界に完全に適応した戦士のようだった。

小林先生は、バックミラーでその様子を確認し、頷いた。「村田の言う通りだ。我々は、もうただの学生ではない。生き残るためには、あらゆる面で備えが必要になる。服装も、その一つだ。動きやすく、丈夫で、そして夜間に行動するなら目立たない色が望ましい」

彼は、バスの速度を少し落とし、比較的安全と思われる広い道路の路肩にバスを寄せた。「ここで少しだけ停車する。明かりは最小限にするが、手早く着替えを済ませろ。女子はバスの前方、男子は後方だ。互いに見張りも怠るな」

小林先生の指示で、生徒たちは手渡された衣類や、自分たちが持っていた数少ない着替えの中から、使えそうなものを選び始めた。

奈々は、沙耶が選んでくれた黒に近い紺色のポロシャツと、丈夫なカーキ色のカーゴパンツを選んだ。セーラー服を脱ぎ、それに着替えると、気分が少し引き締まるのを感じた。

「桜ちゃん、こっちのジャンパー、サイズ合うんじゃない?」奈々は、まだ不安げな表情の遠藤桜に、一回り小さいサイズのジャンパーを手渡す。桜は、おずおずとそれを受け取り、奈々に手伝ってもらいながら制服の上から羽織った。少しぶかぶかだったが、それでも幾分か安心感が増したように見えた。

「…ありがとう、奈々ちゃん」

男子生徒たちも、それぞれ新しい服に袖を通していた。恭二は、沙耶が確保した中には男性用のものが少なかったため、自分のリュックに入れていた部活用のジャージ(濃い色合いのもの)に着替えた。金属バットを肩に、その姿は少しだけ頼もしく見える。正人も、自分の丈夫なスウェットに着替え、動きやすさを確認している。康二は、サイズの合う作業用ズボンを見つけ、眼鏡の位置を直しながらそれを履いた。

他のクラスメイトたちも、持っているものや分け与えられたものの中で、できる限り実用的で目立たない服装へと変わっていく。

それは、ほんの数十分の出来事だったが、彼らにとって大きな意味を持つ変化だった。学生服を脱ぎ捨て、新たな服装を身に纏うという行為は、過去の平和な日常との決別と、これから始まる過酷な現実への「新たなる決意」を象徴しているかのようだった。

沙耶は、黙ってその光景を見つめていた。仲間たちが、少しずつだが確実に、この異常な世界に適応しようとしている姿を。彼女の黒曜石のような瞳の奥に、ほんの一瞬、何か複雑な感情が揺らめいたのを、奈々だけが気づいていた。

「よし、全員準備はいいか」小林先生が、車内を見回して声をかけた。「これより、我々は本格的に市役所を目指す。道中、何が起こるか分からん。だが、必ず全員でたどり着くぞ」

その言葉に、服装を新たにした生徒たちは、先ほどよりも少しだけ力強い表情で頷いた。

バスは再び、夜の闇へと静かに走り出す。彼らの新たな決意を乗せて。

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