第二章:終末都市の彷徨 [第十三話] 目標
夕闇が刻一刻と深まり、藤沢の街を絶望の色に染め上げていく。
スクールバスは、破壊されたバリケードや乗り捨てられた車を避けながら、慎重に、しかし確かな速度で市役所を目指していた。車窓から見える光景は、もはや日常とは呼べない惨状だった。割れたショーウィンドウ、燃え盛る建物の残骸、そして道の端で不気味に蠢く活性死者の影――。
バスの車内は、先ほどまでの極度の緊張から解放された安堵感と、依然として続く恐怖、そして疲労感が入り混じった重い空気に包まれていた。生徒たちの多くは、黙って窓の外を眺めているか、あるいは隣の席の仲間と肩を寄せ合い、互いの温もりを確かめ合っている。
工藤奈々は、時折、隣で目を閉じている村田沙耶の横顔を盗み見ていた。沙耶は、先ほどの公園での出来事―田辺巡査長の最期と、彼から託された言葉と拳銃―について、まだ誰にも詳しく話してはいなかった。ただ、彼女の纏う空気が、以前にも増して張り詰め、そしてどこか悲しみを帯びているように奈々には感じられた。
(沙耶ちゃんも、きっと色々と思うところがあるんだよね…)
奈々は、そっと沙耶の手に自分の手を重ねようかと思ったが、今はそっとしておくべきだと感じ、その手を自分の膝の上に戻した。
新井恭二は、小林先生と運転を交代し、今は助手席で周囲の警戒にあたっていた。彼の脳裏には、今日の出来事が走馬灯のように駆け巡る。平和だった朝、突然の惨劇、沙耶の人間離れした戦い、仲間たちとの決死の脱出、そして…自分が初めて「化け物」を殺めた時の、あの鈍い感触。
「…俺は、本当にリーダーとしてやっていけるんだろうか…」
その呟きは、誰にも聞こえないほど小さかった。
「宮増、ラジオの状況はどうだ?」
後部座席から、小林先生が声をかけた。
宮増康二は、タブレットとイヤホンで必死に情報を拾おうとしていたが、
顔を上げて力なく首を振った。
「ダメです…ほとんどの局が放送を停止しているか、ノイズばかりで…。ただ、先ほどから、市役所方面からと思われる微弱な電波を拾っています。内容は…断片的ですが、生存者への呼びかけと、避難所の情報、そして…医療従事者を緊急に求めている、というような…」
「医療従事者…」奈々が、その言葉に反応した。父・雄介は看護師だ。今頃、病院で必死に戦っているに違いない。あるいは…。
「やはり、市役所を目指すのが最善のようだ」小林先生は頷いた。「食料、水、そして何よりも情報と安全がそこにはあるはずだ。だが、道中は決して楽観できない。今のところ、このバスが我々の唯一の生命線だ」
バスが大きな交差点に差し掛かった時だった。前方の道路が、横転したトラックや瓦礫で完全に塞がれている。
「まずいな…」小林先生が舌打ちする。
「迂回ルートを探します!」恭二が地図を広げ、康二もタブレットで衛星画像のキャッシュデータと照合し始めた。
「この先、商店街を抜けるルートがありますが…道幅が狭く、活性死者が潜んでいる可能性が高いです」康二が報告する。
「他に道は?」
「大きく南に迂回すれば海岸線に出られますが、かなり時間がかかります。それに、海岸沿いの状況も不明です」
「…仕方ない。商店街ルートを行くしかないか」小林先生が決断した。「全員、衝撃に備えろ。そして、何があっても絶対にバスから出るなよ!」
バスは、ヘッドライトで前方を照らしながら、瓦礫を避け、狭い商店街のアーケードへとゆっくりと進入していく。両側の店舗はシャッターが閉まっているか、あるいはガラスが割られ、内部が荒らされている。不気味な静寂が、彼らの不安をさらに掻き立てた。




