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REVENANT: SHONAN ZERO  作者: 狐目の仮面
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第一章:生存への選択 [第十二話] 決死の跳躍と束の間の安堵

第一章:生存への選択 [第十二話] 決死の跳躍と束の間の安堵


 村田沙耶と工藤奈々は、互いの手を固く握りしめ、夕暮れが迫る学校の駐車場へと最後の力を振り絞って走っていた。公園を抜けてからの道は、校舎内ほどではないものの、依然として活性死者の影が散見され、予断を許さない状況だった。沙耶は、奈々を庇いながら、時折鋭い体術で迫りくる脅威を的確に排除する。その度に、奈々は沙耶の人間離れした強さと、自分に向けられる必死の庇護を感じ、胸が締め付けられる思いだった。

「沙耶ちゃん、あそこ…!」

奈々の指差す先、校舎の陰になった駐車場の入口がようやく見えてきた。しかし同時に、彼女たちの背後からは、複数の活性死者の呻き声と、こちらへ向かってくる足音が迫ってきている。

「急げ!」

沙耶は奈々の腕をさらに強く引き、駐車場へと続く最後の直線へと飛び込んだ。

息も絶え絶えになりながら、二人はついに駐車場のフェンス際へとたどり着いた。そして、その光景に息を飲む。

駐車場の中央には、一台の大型スクールバスがエンジンをかけたまま停車しており、その運転席には小林先生の姿が見える。そして、バスの周囲には、新井恭二、加藤正人、宮増康二、そして恐怖で顔を引き攣らせながらも必死に窓から2人の名前を呼んでいる遠藤桜。彼らは、職員室で鍵を手に入れ、既にバスに乗り込み、発車準備を整えて待っていてくれたのだ。

しかし、問題があった。駐車場と、沙耶たちがいる場所の間には、高さ2メートルはあろうかという頑丈な金網のフェンスが立ちはだかっている。そして、そのフェンスの向こう側、駐車場内にも数体の活性死者が出現し始めており、バスへとじりじり近づいている。さらに悪いことに、沙耶たちの背後からも、追ってきた活性死者の群れが、その距離を確実に詰めてきていた。

「村田!工藤!早くしろ!」バスの中から、恭二の切羽詰まった叫び声がフェンス越しに聞こえる。

「フェンスが…!」奈々は絶望的な声を上げた。乗り越えるには時間がかかりすぎる。そして、今の自分たちの体力では、到底無理だった。

前後から迫る活性死者。絶体絶命の状況。

その時、沙耶が決断した。その瞳には、一切の迷いも恐怖もなかった。

「奈々、しっかり掴まっていろ」

「え…?」

沙耶は、有無を言わさず奈々の体を横抱きにした。いわゆる「お姫様抱っこ」の体勢だ。

「沙耶ちゃん、何をする気…!?」

奈々の驚愕の声を意に介さず、沙耶はフェンスを見据え、そして短く、しかし力強く助走を始めた。彼女の全身の筋肉が、まるで圧縮されたバネのように隆起し、その端正な顔立ちには極限の集中力が浮かんでいる。

「まさか…!」バスの中から、その光景を見ていた恭二たちが息を飲む。

次の瞬間、沙耶の体は、奈々を抱えたまま、信じられないほどの跳躍力で宙へと舞い上がった。それは、物理法則を無視したかのような、あまりにも軽やかで、夕陽の赤い光を浴びて神々しくさえ見える跳躍だった。彼女の体は、まるで重力を感じさせないかのようにしなやかに宙を舞い、2メートルのフェンスをいとも簡単に飛び越えた。

「うそ…でしょ…」

奈々は、沙耶の腕の中で、一瞬何が起こったのか理解できなかった。ただ、自分の体が力強く抱きしめられ、風を切る音と共に宙に浮き、そして目の前にバスの開かれたドアが迫ってくるのが見えた。

沙耶は、フェンスを飛び越えた勢いのまま、バスのドアへと寸分の狂いもなく着地し、そのまま中に滑り込んだ。

「ドアを閉めろ!発進!」

沙耶の鋭い声と同時に、小林先生は既にアクセルを床まで踏み込んでいた。バスのタイヤがアスファルトを激しく掻きむしり、重い車体が悲鳴のようなエンジン音と共に急発進する。

バスの窓ガラスを叩き割ろうと、活性死者たちの血に濡れた手が無数に伸びてくる。フェンスを乗り越えようと、金網に群がるおびただしい数の影。

しかし、スクールバスは、それらの追跡を猛然と振り切り、フェンスを突破し、夕闇が支配し始めた、地獄と化した藤沢の街へと走り出した。

車内は、荒い息遣いと、安堵のため息、そしてこらえきれない啜り泣きが入り混じっていた。

沙耶は、奈々をそっと座席に下ろすと、自身もその隣に崩れるように座り込んだ。彼女の額には玉のような汗が浮かび、呼吸も激しく上下している。さすがの彼女も、限界に近い消耗だった。

「沙耶ちゃん…ありがとう…本当に…」

奈々は、涙ながらに沙耶の手を握りしめた。その手は、汗で湿り、微かに震えていたが、奈々にとっては、どんなものよりも温かく、力強いものに感じられた。

バスは走り続ける。彼らの、地獄からの最初の脱出行は、こうして辛くも成功を収めたのだった。

後方には、夕闇に沈みゆく母校のシルエットが、まるで巨大な墓標のように見えていた。


 夕闇が迫る藤沢の街を、スクールバスは疾走していた。破壊された店舗、乗り捨てられた車、そして道の端で不気味に蠢く活性死者の影。車窓から見える光景は、彼らが数時間前まで過ごしていた日常とはかけ離れた、まさに地獄そのものだった。

バスの車内は、重苦しい沈黙と、荒い息遣い、そして時折漏れる嗚咽に満たされていた。誰もが、先ほどまでの死闘と、奇跡的な脱出の興奮と恐怖から、まだ完全には抜け出せていない。

工藤奈々は、隣でぐったりと座席に体を預けている村田沙耶の横顔を心配そうに見つめていた。彼女の額には玉のような汗が浮かび、制服は所々破れ、血糊も付着している。あの人間離れした跳躍と、これまでの連続した戦闘は、いくら沙耶でも相当な負担だったに違いない。奈々は、そっと自分のハンカチを取り出し、沙耶の額の汗を拭ってあげた。沙耶は、一瞬だけ驚いたように目を開けたが、奈々の優しい手つきを拒むことはなかった。

「…大丈夫、沙耶ちゃん?」

「…ああ。少し、疲れただけだ」沙耶は、短く答えたが、その声には隠しきれない疲労の色が滲んでいた。

奈々は、反対側の席でまだ小さく震えている遠藤桜の肩を優しく抱いた。「桜ちゃんも、もう大丈夫よ。みんな一緒だから」

桜は、こくりと頷き、奈々の腕にさらに強くしがみついた。

新井恭二は、バスの窓から険しい表情で外の惨状を見つめていた。学級委員としての責任感と、仲間を守らなければならないという想いが、彼の胸を締め付ける。隣では、加藤正人が金属バットを固く握りしめたまま、じっと前を見据えている。宮増康二は、タブレットでかろうじて受信できる緊急放送の断片を拾おうと必死だった。

「…みんな、ひとまずは…よく頑張った」

運転席から、小林先生の落ち着いた声が響いた。バックミラー越しに見える彼の表情は厳しかったが、その声には生徒たちを労う響きがあった。

「怪我をしている者はいないか?気分が悪い者は正直に申し出ろ」

数人の生徒が小さく首を振る。幸い、大きな怪我をした者はいなかったようだ。

「…先生、私たちは、これからどこへ…?」

おずおずと、一人の女子生徒が尋ねた。その声は、全員の不安を代弁しているかのようだった。

小林先生は、前方の道を見据えながら答えた。

「市役所だ。ラジオの情報によれば、市役所が臨時の避難所として機能しており、生存者の受け入れを行っているらしい。まずはそこを目指し、情報を収集し、体勢を立て直す」

「市役所…」恭二が呟く。「父さんも、きっとそこに…」

「沙耶、工藤。お前たちが公園で聞いたラジオ放送も、市役所からのものだったんだろう?」小林先生が確認する。

「はい」沙耶が頷いた。「田辺巡査長の奥様…亜希子さんが、放送で呼びかけていました」

その名前に、バスの中の空気が一瞬、さらに重くなった。田辺巡査長の最期を、沙耶と奈々はまだ他のメンバーには詳しく話していなかった。

「そうか…」小林先生は、何かを噛みしめるように言った。「ならば、なおさらだ。我々は市役所へ向かう。だが、道中も決して安全ではない。各自、気を引き締めろ。そして…」

彼は、ミラー越しに沙耶の姿を捉えた。

「村田、お前には大きな負担をかけることになるかもしれん。すまないな」

沙耶は、静かに首を横に振った。「…やるべきことを、やるだけです」

その言葉に、恭二や正人、そして奈々も、改めて沙耶の存在の大きさと、彼女が背負うものの重さを感じた。

バスは、破壊された街を走り抜けていく。彼らの表情には、疲労と恐怖の色は濃いが、それでも、共に地獄を生き延びた者たちだけが共有できる、かすかな連帯感と、そして未来への僅かな希望の光が灯り始めていた。

しかし、この先に待ち受ける試練が、彼らの想像を遥かに超えるものであることを、まだ誰も知らなかった。

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