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REVENANT: SHONAN ZERO  作者: 狐目の仮面
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第一章:生存への選択 [第十話] 分断された脱出1

第一章:生存への選択 [第十話] 分断された脱出1


 備蓄倉庫で小林先生という強力な指導者を仲間に加え、一行は次なる目的地である職員室へと向かった。スクールバスの鍵を手に入れ、この地獄と化した学園から脱出するという、明確な目標が彼らの足を前に進ませる。沙耶が斥候として先頭を進み、小林先生が生徒たちをまとめながら後方に続く。奈々、桜、そして数名のクラスメイトは中央に位置し、恭二、正人、康二がその周囲を固めるという隊列だ。

しかし、校舎の中は依然として危険に満ちていた。職員室へと続く一階の廊下に出た途端、彼らは大規模な感染者の集団と遭遇した。先ほど沙耶たちが部室棟へ向かう際に迂回した渡り廊下から溢れ出してきたのか、その数は二十体以上に及ぶ。

「まずい、数が多すぎる!」小林先生が叫ぶ。

「囲まれる前に突破する!」沙耶は即座に判断し、文化包丁を構えて数体を切り伏せようと飛び出す。しかし、敵の数が多く、しかも狭い廊下では彼女の人間離れした動きも完全に活かしきれない。活性死者たちが、波のように生徒たちへと押し寄せてくる。

「ぐあっ!」

後方にいた男子生徒の一人が、活性死者に腕を掴まれ引き倒された。悲鳴を上げる間もなく、彼は瞬く間に他の活性死者に覆い尽くされる。

「くそっ!」恭二が金属バットを振り回し応戦するが、次から次へと現れる敵に、隊列は徐々に崩され始めた。

「二手に分かれるぞ!」小林先生が、戦いながら大声で指示を飛ばした。「沙耶!工藤!お前たちはそのまま駐車場へ向かえ!なんとかしてバスを確保しろ!俺たちは職員室で鍵を手に入れ、必ず合流する!」

「しかし!」沙耶が反論しようとするが、既に奈々の手を掴んだ小林先生の指示で、恭二と正人が彼女たちを強引に別の通路へと押し出す形になった。

「行け!時間は無駄にできない!」

小林先生の悲痛な叫び。沙耶は一瞬ためらったが、奈々の手を引き、活性死者の群れを切り裂くようにして、駐車場へと続く最短ルートへと駆け出した。彼女の判断は、ここで全滅するよりは、二手に分かれてでも生存の可能性を高めるという小林先生の意図を汲んだものだった。

後に残されたのは、小林先生、恭二、正人、康二、そして恐怖で動けなくなっている桜と、他に数名の生徒だった。

「お前たち、俺に続け!職員室へ行くぞ!」

小林先生は鉄パイプを振るって活性死者の頭部を次々と粉砕しながら、生徒たちを庇い、職員室へと続く階段を目指す。恭二と正人も、必死にバットと木刀を振るい、彼の後を追った。康二と桜、そして他の生徒たちは、その三人の戦う背中に隠れるようにして、恐怖に耐えながら進むしかなかった。

数々の危機を乗り越え、彼らはようやく職員室の前にたどり着いた。しかし、職員室のドアは僅かに開いており、中からは不気味なうめき声が漏れ聞こえてくる。

「…中にいるな」小林先生が低い声で言った。「数は…三体、いや四体か」

彼は恭二と正人に目配せする。「俺が先に入る。お前たちは、桜たちをしっかり守れ。康二、お前は中の様子を見て、鍵のありそうな場所を探せ。おそらく、教頭の机の引き出しか、壁のキーボックスのはずだ」

三人は緊張した面持ちで頷いた。

小林先生がドアを蹴破り、鉄パイプを構えて中に飛び込む。ほぼ同時に、職員室内に潜んでいた三体の活性死者かつての同僚教師たちの成れの果てが、彼に襲いかかった。

「うおおおっ!」

小林先生は、熟練した動きで一体目の攻撃を受け流し、カウンターで側頭部に鉄パイプを叩き込む。しかし、残りの二体が左右から挟み撃ちにするように迫ってきた。

「先生!」恭二と正人が、桜たちを庇いながらも、小林先生の援護に入ろうと前に出る。

「鍵は…どこ…」桜は、恐怖で震えながらも、小林先生の言葉を思い出し、必死に室内を見回した。そして、壁際にあるキーボックスに気づく。「あ、あれだ!」

彼女は、戦闘の合間を縫うようにしてキーボックスに駆け寄り、手を伸ばす。しかし、焦りと恐怖からか、掴んだ鍵束を床に落としてしまった。カシャン、という金属音が響き、近くにいた活性。っg死者の一体が、その音に反応して桜へと向き直った。

「きゃあああっ!」

桜の悲鳴。活性死者が、涎を垂らしながら彼女に迫る。

「桜!」

恭二が叫び、金属バットを構えて活性死者と桜の間に割って入った。しかし、相手の力は強く、恭二はジリジリと後退させられる。正人も、別の活性死者と組み合いながら、必死に桜を守ろうとしていた。

「くそっ…このままじゃ…!」

恭二の脳裏に、絶望的な考えがよぎる。その時だった。

「新井!頭を狙え!そいつらの弱点は頭だ!」

小林先生の檄が飛ぶ。彼は、一体を既に床に沈めていた。

恭二は、その言葉にハッとした。そうだ、沙耶も、小林先生も、常に頭部を狙っていた。彼は、最後の力を振り絞り、金属バットを大きく振りかぶると、活性死者の頭部めがけて渾身の一撃を叩き込んだ。

――グシャッ!

今までとは明らかに違う、生々しい感触が手に伝わる。金属バットは、活性死者の頭蓋骨を砕き、脳漿を撒き散らした。活性死者は、ピクリとも動かなくなる。

「やった…やったぞ…!」

恭二は、初めて自力で活性死者を仕留めたという達成感と、頭部を破壊した際の強烈な感触への衝撃で、その場にへたり込みそうになった。

ほぼ同時に、正人も雄叫びを上げ、木刀で相手の頭部を滅多打ちにし、沈黙させていた。

「はぁ…はぁ…」

二人は肩で息をしながら、互いの無事を確認する。

小林先生は、最後の一体を仕留めると、床に落ちていた鍵束を拾い上げた。「…よくやった、二人とも。これで、バスの鍵は手に入った」

その鍵束には、「スクールバス」と書かれたプレートが付いていた。

職員室には、三体の教師だったものの残骸と、激しい戦闘の痕跡が生々しく残っている。桜は、奈々がいないこともあり、恐怖で腰を抜かし、ただ泣きじゃくっていた。康二は、そんな桜を気遣いつつも、手早く職員室内を物色し、使えそうな地図や緊急連絡網の資料などをリュックにしまい込んでいた。

小林先生は、そんな生徒たちの様子を静かに見つめ、そして恭二に声をかけた。

「新井、立てるか。我々にはまだ、やるべきことがある」

彼の言葉は、疲弊しきった恭二の心に、再び小さな火を灯した。

 

 職員室には、戦闘の生々しい痕跡と、倒れた活性死者かつての同僚教師たちの亡骸が転がり、重苦しい沈黙が漂っていた。遠藤桜は、まだ嗚咽を漏らしながら、宮増康二に支えられて隅の椅子に座り込んでいる。加藤正人は、手に入れたバスの鍵を握りしめ、入口を見張りながらも、時折心配そうに桜の様子を窺っていた。

新井恭二は、初めて自らの手で「化け物」を殺めたという衝撃と、僅かな高揚感、そして深い罪悪感がないまぜになった複雑な感情に苛まれていた。金属バットに残る、頭蓋骨を砕いた鈍い感触が、まだ生々しく掌に蘇ってくる。

そんな恭二の様子を静かに見ていた小林先生が、口を開いた。

「新井、少し話がある」

その声には、いつもの教師としての厳しさとは異なる、戦場を経験した者同士のような響きがあった。恭二は顔を上げ、小林先生の前に向き直る。

「…はい」

「先ほどの…村田という生徒は何者なんだ?」小林先生は、単刀直入に尋ねた。その瞳は、恭二の心の奥底まで見透かすように鋭い。

恭二は一瞬言葉に詰まったが、正直に話すしかないと覚悟を決めた。彼は、沙耶が教室でモップの柄を使って最初の活性死者の頭部を的確に破壊したこと、家庭科室で籠城していた生徒たちを容赦なく打ちのめしたこと、そして、その際の彼女の人間味を感じさせない冷徹な態度について、途切れ途切れに語り始めた。

「彼女は…強いです。危険と言っていいくらい…。でも、時々、何を考えているのか全く分からない。まるで、感情がないみたいに…他のグループの生徒たちのことなんて、最初から気にもしていないように見えました」

恭二の声には、沙耶の圧倒的な力への畏怖と、その非情さに対する戸惑い、そしてわずかな恐怖が滲んでいた。

小林先生は、恭二の話を黙って最後まで聞き終えると、静かに息を吐いた。「…そうか。君たちの見てきた村田は、そういう人間なんだな…」

彼は、恭二、そして傍らで話を聞いていた正人と康二の顔を順に見つめた。

「いいか、諸君。今は、とにかく生き延びることを最優先に考えろ。理想や正義を口にしている暇などない。感情に囚われれば、死ぬだけだ。それが、この世界の新しい現実だ」

その言葉は厳しく、しかし紛れもない真実だった。

「この世界で、何が正しくて、何が間違っているのか…それを決めるのは、他人じゃない。お前たち自身だ。自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分の頭で考え、そして経験したこと、これから知っていく知識を元に、自分の中に、自分だけの『正しい』ものを作り上げていくんだ」

小林先生の視線が、ふと、沙耶と奈々が向かったであろう駐車場の方向へと向けられた。

「…村田は、強い。あの強さは…この崩壊した世界で生き残るためには、必要な力なのかもしれない。仲間を守るためにもな。だが…」

彼は再び生徒たちに向き直った。その表情には、深い懸念の色が浮かんでいる。

「あの強さは、同時に大きな危険も孕んでいる。彼女は…まるで、活性死者とは違う意味での『化け物』になってしまうかのようだ。人間の心から、感情から、どんどん離れていってしまうのではないかと…そう、感じる時がある」

生徒たちは、息を飲んで小林先生の言葉に耳を傾ける。

「だからこそだ」小林先生は、まるで使命を課すように、力強く言った。「お前たちが…彼女から頼られる存在になるんだ。そして、彼女に…人間の心を、訴え続けるんだ。言葉で、態度で、お前たちが持っている優しさや、思いやりで。彼女が一人じゃないこと、まだ人間らしさを失ってはいないこと…それを、彼女に、訴え続けることが、何よりも重要なんだ。それができなければ、我々は彼女という最強の戦力を手に入れたと同時に、最も危険な存在を生み出してしまうことになるかもしれん」

小林先生の言葉の一つ一つが、恭二の胸に深く刻み込まれていく。生き残ること。自分の「正しい」道を見つけること。そして、村田沙耶という存在を、人間世界に繋ぎ止めること――。

彼は、顔を上げ、決意に満ちた目で小林先生を見返した。

「…はい。やってみます」

その短い返事には、彼の覚悟が込められていた。

「よし」小林先生は満足そうに頷くと、立ち上がった。「感傷に浸っている暇はない。我々も駐車場へ向かうぞ。村田たちがバスを確保して待っているはずだ。…あるいは、新たな戦いの最中かもしれんがな」

彼は、職員室の隅に置かれていた古い地図を手に取り、広げた。「この学校の地下には、昔使われていた避難通路がある。それを使えば、活性死者の群れを避け、駐車場近くまで安全に移動できるかもしれん」

それは、彼が教師としての長年の経験から得た情報だったのかもしれない。

「準備はいいか、諸君。ここからが、本当のサバイバルだ」

小林先生の言葉に、恭二、正人、康二は力強く頷いた。桜も、まだ怯えながらも、仲間たちから離れまいと必死に立ち上がる。

彼らは、新たな決意と、僅かな希望を胸に、再び死と隣り合わせの世界へと踏み出していく。目指すは、駐車場――そして、そこから始まる、未知なる未来へ。



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