空気
「私の人生って結局こうなんだよ」
彼女は呆れたように笑う。
そして、絞り出すように、
「楽しみなこと...ずっと楽しみにしていたことほどこうやってなくなるんだよ...」
と言った。
テレビからは台風の最新情報が途切れることなく流れ続けている。
当初、関東地方を直撃するはずだった台風は予想と大きくずれ、九州地方を襲い、やがて日本列島を横断するような進路を描いていた。
たしかに、これまで彼女の楽しみにしていた行事の多くは、いわば天災のようなものによって潰されていた。
私がかける言葉を懸命に探していると、彼女は俯いていた顔を上げ、何事もなかったかのように
「じゃあ、お風呂言ってくるね!」
と言って勢いよく立ち上がった。
ーーー風呂から出てきた彼女の目の端は赤くなり、少し頬が紅潮していた。
そんな私の視線に気づいたのか、彼女は慌てて私から目をそらすと、
「遅くなっちゃってごめんね、お先でした。」
と言って部屋の中に入ってしまった。
きっと彼女は私に隠したかったのだろう、そして悟られたくなかったのだろう。一人泣いたことを。それを隠したくて風呂でひっそりと泣いたのだろう。
そんなことを思うと胸が締め付けられた。
「もっと私に話してくれればいいのに。私ってそんなに力不足かな...」
気が付いたらそんな言葉が口から漏れていた。
彼女は私の言葉に気づいていないようで、無言で髪の毛を梳かしている。
どことなくよそよそしい空気が流れる。
私はそんな状況がいたたまれなくなって、「明日はあれ食べたいな、スコーン!」
とあえて声を張って言った。
彼女は一瞬驚いたようにこちらを向いた後、すぐにいつものような笑顔を作り、
「うん、そうだね。一緒に作ろう。」
と言った。
私はその声に被さるように「やったー」と喜んで見せた。そんな私を見た彼女が声を出して笑った瞬間、ふと、彼女の涙を見なかった振りにしたのは正解だったのか、それとも不正解だったのか、そんな考えが頭をよぎったのだった。