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探偵モノ

売れたい探偵

作者: てこ/ひかり

「死体って何か……可愛くないよね」

「は?」


 美紗都が顔を上げると、壁際のデスクで男が眉間に皺を寄せて唸っていた。小柄で、童顔の、まだ10代か20代くらいの若い男であった。


「でしょ? 『好きな死体ランキング』とかないもんね」

「好きな……何だって?」

「前々からずっと思ってたんだけど、”殺人事件”とかさぁ、”凶器”とか。全然可愛くない。言葉がもう禍々しいんだよね」

 男は腕を組み、不満げにため息をついた。


「これじゃ人気出るはずないよ」

「さっきから何言ってんだテメーは?」


 事務所のソファに横になったまま、美紗都が猫のように大きく欠伸した。


「大体どの事件もグロすぎるよ。血がドバーッて……!」

「いやだって、殺人事件だし」

「ダメダメ。探偵業がこれからの大コンプラ時代に生き残っていくためには……もっとお茶の間に優しい殺人事件じゃなきゃ」

「何なんだよお茶の間に優しい殺人事件って」


 童顔の男……売れ杉謙信が物憂げに肩を落とした。

 狭い雑居ビルの一角にある小さな探偵事務所。そこには、謙信と、大学帰りの美紗都がいるだけだった。事務所には二人だけで、依頼人の姿はない。今日だけじゃなく、開業以来ずっとだ。


 ずっとこんな感じである。


 やっすい給料で探偵助手として雇われたものの、肝心の仕事がさっぱりない。そもそも美紗都は、この探偵が仕事をしている姿を見たことがなかった。まぁ、ただ寝っ転がってるだけで金が入ってくるので、彼女としては文句はなかったが。あるとすれば、毎回毎回この男の下らないトークに付き合わなければならないことくらいだ。


「だから僕ぁ、常々、ミステリィってのは言葉が刺々し過ぎると思ってたんだよね」

「はぁ?」

「"ガイシャ"とか"刺殺"とか。人気を出すために、もっと可愛い言葉に言い換えたらどうだろう? 『クマチャンが蜂に刺された』……とか」

「ディストピアみてぇだな」

「僕は探偵になりたいんじゃない」


 謙信が意味もなく立ち上がった。


「売れたいんだよ。人気者になって、お金がたくさん欲しいんだ。日本一……いや世界一売れた探偵になりたい」

「世界一売れた探偵……?」

「売れるためなら僕は……事件が解決しなくたって構わない」

「いやダメだろ。解決しろよ。だから売れないんじゃないの?」

「行こう!」


 謙信が突然意味もなく大声を上げ、意味もなくコートを羽織った。


「このままジッとしてても仕方ないよ。事件がなければ、自分から作れば良い! こっちから事件を起こしてやるんだ!」

「やめろ。『やる気が出る名言』みたいに言うな。もうお前が犯人だろそんなの!」

「大丈夫! 解決する必要なんてないんだから!」

「だから解決しろよ! 待て……オイ!」


 謙信は意味もなく颯爽と事務所を飛び出し、意味もなく何処かへ消えて行った。

「あのバカ……!」

 このままあの男を放っておくと、社会にとって害悪だ。それで、美紗都は仕方なく重たい腰を上げ、彼の後を追うことにしたのである。窓の外ではもう、夕暮れがビルの向こうに沈もうとしていた。



「すいません、この辺りにバカな男がいませんでしたか?」

「それならさっき、その辺りで見たよ」


 道行く人に尋ね、美紗都はようやく謙信の居所を突き止めた。騒ぎのする方に行ってみると、案の定、謙信が大声で喚いていた。


「入れてください!」


 彼は市内にあるホテルに押し入ろうとして、従業員を困らせていた。よっぽど他人のふりをしようと思ったが、美紗都は仕方なく話しかけた。


「こんなとこで何バカやってんだテメーは」

「あっ美紗都くん」

 美紗都に気がつくと、謙信は困り顔で肩をすくめた。


「このホテルでいつ殺人事件が起きるとも限らないからね。それで、推理の予行練習をさせてもらおうと思ったんだけど、困ったことに全然中に入れてもらえなくて」

「何度も言わせるな。こんなとこで何バカやってんだテメーは」

「良いじゃないか」


 美紗都が謙信の耳たぶを引っ張って帰ろうとした矢先。ホテルの中から恰幅の良い老人が、白いバスローブを身にまとい、赤ワインを片手に現れた。


「うわぁ! 如何にも殺されそうな人!」

「支配人!」

「君! 失礼だぞ支配人に向かって……!」

「ハッハッハ。構わんよ」

 支配人と呼ばれた老人がワイングラスを傾けてニヤニヤ嗤った。


「その自称・名探偵を入れてやれ。暇潰しには持ってこいだ」

「でっですが……」

「ただし」

 老人が舌舐めずりして、意地の悪い目で二人を睨め付けた。


「ウチのホテルは三ツ星ホテルだ……つまらない推理だったら、それなりの覚悟をしてもらうぞ。それにしても、事件も起きていないのに推理をしようとは。バカの考えることはよう分からん。ハーッハッハッハァ!」


 それから支配人は大きな腹を揺らしながらホテルの中に戻って行った。それから数分後。まるで予定調和のように、支配人が殺された。



「うわぁ……やっぱり可愛くない」


 胸にナイフが突き刺さっている。美術館にある謎オブジェみたいな姿勢の死体を見て、謙信が顔を(しか)めた。


「まさか本当に殺されちゃうなんて……なんと言うスピード展開。これじゃまるでコメディ作品だよぉ」

「まるで?」

「最後に会ったのは貴方たちですね」

 警察官がジロリと謙信たちを睨んだ。探偵というより、ほとんど容疑者の扱いである。


「そうです。でもこの人とはさっき会ったばっかりで。それに、この人が殺された時僕らはまだ玄関にいました」

「となると、容疑者はこのホテルにいる全員か」

 警察官がため息をついた。

「困ったな。宿泊客に従業員……数だけでも何百人といるぞ」

「僕に良い考えがありますよ」

「何?」


 怪訝な顔をする警察官たちに向かって、謙信が不敵な笑みを浮かべた。壁に片手をつけ、妙に格好付けている。また何か良からぬことを言い出すんじゃないかと、美紗都は嫌な予感がした。


「全員をリストアップする必要はありません。少し頭を働かせれば、容疑者は自ずと絞られていきます」

「何だって? 君は何者だ?」

「僕は探偵です」

「探偵?」

「容疑者が絞れるって? それで、誰をリストアップすれば良いんだ?」

「簡単ですよ」


 戸惑う皆の顔を見回して、謙信は自信満々に言った。


「まずはこのホテルにいる、イケメンと巨乳を全員集めてください」

「イケメンと……巨乳?」

「どう言うことだ?」

「とりあえずイケメンと巨乳出しとけば、人気出るかな……って」

「人気の取り方が露骨すぎる!」


 隣にいた美紗都が溜まりかねて叫んだ。


「バカじゃねえの!? 何で殺人事件で人気を取る方向に舵を切るんだよ!」

「良いじゃん。どうせ誰も内容なんて見てないんだし。ガワだけ綺麗にしてれば売れるんだよ」

「ンなワケねーだろ。内容で勝負しろ内容で」

「でも、もうちょっと登場人物を増やさないと。このままじゃ推理小説にした時に、応募できないじゃないか。10万字以上なんだ。賞金が出るんだよ」

「何言ってんだ。解決する前から小説にすること考えてんじゃねー!」

「よし! 早速イケメンと巨乳を集めろ!」

「オイ!」


 こうして人気が出そうなイケメンと巨乳が謙信たちの前に集められた。みな紛うことなきイケメンと巨乳であった。これできっと人気が出る。イケメンと巨乳を見渡して、謙信が満足そうに頷いた。


「オイ、本当にこいつらが容疑者なのか?」

「容疑者じゃなかったとしても、イケメンと、巨乳だから」

「何なんだこの無駄な集まりは」

「では右の人から自己紹介を……いえ、悲しき過去を語ってください」

「何でだよ」

「そっちの方が人気出るから……」

「私は……」

「語らなくて良いから!」

「あの、出来るだけ長々とお願いします。文字数稼ぎたいんで」

「文字数?」

「引き伸ばせって言われてるんだよ、編集に」

 謙信が肩をすくめた。


「何だって? 引き伸ばし??」

「大人の事情って奴で、今すぐ解決編をやるわけにはいかないんだ。やれやれ。僕はすでに、一眼見ただけで犯人の目星がついているんだけどねぇ」

「嘘つけ。何も分かってねえだろテメーは」

「いや分かってるんだよ? 犯人分かってるんだけどなぁーっ。謎は全て解けてるんだけど、編集がなぁーっ」

 美紗都は思わず謙信の顔をブン殴った。


「痛い! 何すんだよぉ!?」

「スマン、つい」

「やめてくれよ暴力は。今の時代、映像化できなくなっちゃうじゃないか」

「人が殺されてんのに今更何言ってんだ」

「全くもう……来週に続く!」

「何だよ急に! 大声で叫ぶな。続かねえよこんな話。続くわけねえだろ」

「長く続けるためにも、一人一人、じっくり話を聞かせてもらいましょうか」

「やめろ! 全員に過去語らせる気か! 悲しき過去発表会かここは!?」

「君タチィ」


 すると突然、支配人の死体がむくりと起き上がった。


「もうちょっとワシに注目しても良いんじゃないかね?」

「あっあっ、死体が起き上がった!」

「生きていたのか!」

 驚く皆をよそに、謙信がたちまち嫌そうな顔をした。


「やめてください……そういうシュール展開は、今時人気出ないんで」

「そういう問題か? この状況」

「大人しく死んでてもらえませんか? あまり整合性が取れないことをすると、読者が混乱する」

「知るかそんなこと! えぇい! もう我慢ならん、ワシは家に帰らせてもらう!」


 支配人は腹を立てて、胸にナイフを突き立てたまま部屋を出ていった。

 謙信たちは顔を見合わせた。


「困ったな。人が殺されないと、話が上手く進まないぞ」

「やめちまえ、そんな話」

「このままじゃせっかくの収入源が……」

「でも……どうして探偵さんは、そんなにお金が欲しいの?」


 ガックリと肩を落とす探偵に向かって、宿泊客の一人が尋ねた。


「……それは」

「探偵さん……?」

「それは……」


 謙信は皆の視線を避けるように目を伏せた。彼は黙って壁に寄りかかると、窓のブラインドを指で少し開いた。しばしの間、部屋に沈黙が訪れる。皆が顔を見合わせた。


「ごめんなさい……聞かない方が良かったかしら?」

「僕は……その、どうしてもまとまったお金が要るんです」

「その口振り……一体何があったんだ?」

「何か悩み事でも?」

「お金が……生活費が。度重なる物価高と、増税を乗り越えるために……」

「生々し過ぎるんだよ悩みが!」

 美紗都が叫んだ。


「もっと他にあンだろ!? ったく、散々思わせぶりな態度取りやがって……こういう時こそ、お前の大好きな悲しき過去を語れよ! 病気の母親の治療費を稼がなきゃ、とかよぉ!」

「家族をネタにするとか、そういうのはちょっと」

「何でそういうところだけ律儀なんだ!」

「政治ネタを挟んだら、人気出るかなって」

「特定の層に媚びるんじゃねえ!」

「とにかく被害者を追おう」


 警察官たちが部屋を飛び出して行った。金蔓……もとい謎を逃してなるものかと、探偵たちも急いで後に続いた。すると、入り口付近で、まだ十にも満たないような幼女が謙信に走り寄ってきた。


「ねぇ! あなた、売れ杉さん?」

「えぇっと……そうだけど、君は?」

「あなた探偵なんでしょ? この手紙をお父さんに渡して欲しいの」

「手紙?」


 幼女は両手に持っていた小さな便箋を探偵に差し出した。


「うん。お父さん、今日誕生日なんだけど、仕事が忙しくて全然遊べなくって、それで」

「えっと……でも」

「お願い!」


 幼女がウルウルとした目で探偵を見上げた。


「お願い、どうしても今日届けたいの。えっと、おかねならあるから……ほら」

 そう言って彼女はポケットから小銭を数枚取り出した。

「ねぇ探偵さん、お願い!」

「…………」



「あーあ、もったいねえなぁ」


 街はすでに夜に沈んでいた。色とりどりに光るネオンを見上げながら、美紗都が謙信の隣で、ニヤニヤと笑った。


「支配人の方を追っておけばよぉ、今時たんまり金せびれたんじゃねーの?」

「…………」

「手紙を届けたところで、一円にもなりゃしねえ。お前もヤキが回ったな」

「……分かってないなぁ、美紗都くん」


 探偵はわざとらしく肩をすくめた。手紙を届けた帰り道。仕事場から慌てて帰宅する父親を見送って、謙信と美紗都の二人も、トボトボと路地を歩いていた。


「売れるために必要なのは、お金よりもまず好感度なんだよ」

「好感度?」

「そうさ。終わり良ければ全て良し! 人生、途中で色々やらかしちゃっても、最後にこうやって白々しく善人面しておけば……そのうち金は集まってくる!」

「何だよそれ。回りくどいな。もしかして照れてんの?」

「違うよ……あーあ、遊ぶ金欲しいなぁ」

「犯行動機か」

「あー売れたい」

「……心配しなくても、お前はもう十分売れてるよ」

「え?」


 美紗都が欠伸を噛み殺した。


「もう悪名が売れ過ぎて……色んな事件現場で出禁になってる」

「何でだよ! そんな権限ないだろ!?」


 二人はそれから、帰りにたこ焼きを買って、それぞれ家路に着いた。売れるために、来週もまた、事件が続くことを信じて……。


〜Fin〜

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