ったく。誰に手ェ出してんだよ、害虫の分際で
「攻、射、創。燃え咲け。参華、赤薔薇之太刀」
目の前に咲いた赤い薔薇から、真紅の大太刀を引き抜いたわし。周囲がどよめいた。
「お、おい見ろ。あの女の子、参華を使ったぞ」
「嘘だろ。あんなちんちくりんが、俺らより上?」
「ムーフッフー、なんか気分が良いわい」
見た目が幼女になったということで損しているところもあるが、わしの肉体は見た目に反して全盛期そのものよ。パッと見からは想像できん程の実力で持ってして、見せつける。こういう快感もあるんじゃのう。
周囲の視線を背中に受けながら、わしは寄生害虫共を斬って焼いて捨てていった。
「さーて、次はどいつじゃ? わしはまだまだいけるぞー」
あの時とは違って群衆暴走でもなく、頼りにはならんかもしれんが味方もいて、わし自身の体力も気力も満々。負ける気がせんわい。
わしは良い気分のまま、寄生害虫を斬って斬って斬って、焼いて焼いて焼いて焼いて焼きまくった。前がかりになってはいたものの、すぐに息切れをすることもない。これが日々の鍛錬の賜物じゃて。
そのままわしは海から現れる寄生害虫共を、次から次へと退治していって。
「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ」
限界が来た。既にお昼ご飯の時間になるくらいなのに、嘘やん、まだおるんか。って言うか、寄生害虫の出現数が明らかに増加しておる。まさか、この異常な量は。
「こ、これは、群衆暴走なのか? ま、不味い。アマテラス軍に連絡しなければ。と、とにかく皆さんはここで食い止めていてください」
オーナーも状況をようやく把握したのか、慌てだした。完全に油断しておったわ。わしらが一定数を狩ったことで向こうも危機感を覚えたのか、本腰を入れた数が現れ始めておる。
他の面子も、かなり疲れを見せ始めておった。来た当初の勢いなら余裕じゃったんじゃろうが、今では各所で頭を抱え、膝をついている輩ばかり。
「あ、頭が痛い。それに、もう、疲れて」
「も、もう駄目だ、おしまいだぁ。に、逃げなきゃ」
「おい待てよ。俺が先だッ!」
世界から命脈を吸い上げる機能を持った、脳にある華脳帯と呼ばれる器官。それを酷使し過ぎることで、筋肉痛のような頭の痛みを発生させ、身体中に倦怠感が広がる。
ここの限界点を知り、ペース配分を考えるのが月華瞳法の初歩であるのじゃが。今回は良い恰好をしようと張り切った所為で、わしもかなりの疲れを見せておった。
「踏ん張るのじゃ。ここで終わったらやられてしまうぞっ!」
わしは檄を飛ばしたが、周囲の輩が奮起してくることはなかった。所詮は寄せ集めの集団。自分中心の輩ばかりで離脱も多く、とてもじゃないが持ちこたえられる気がしない。
「くそっ、あの時の二の舞なんざごめんじゃ。例えわし一人になろうが」
「あれれー? せんせー、偉そうにしてた癖に、もう終わりですかー?」
決死の覚悟を決めようとしたその時。わしにかけられたのは、こちらを嘲笑うかのような言葉。振り返って見れば、砂浜に体操座りして両手で頬杖をついているアヲイの奴が、さも楽しそうに口元を歪めておった。
「何を緩い顔をしておるっ? 危機が目の前まで迫っておるんじゃぞっ!?」
「せんせーがいつも通りにしてたら来なかった危機じゃないですかー。自業自得に言われても説得力ないですねー」
相変わらずこちらを煽り散らしてくるアヲイ。と言うか余裕そうに座ってこちらを見ているアヲイの状態を見て、一つ気が付いたことがある。
「つーかお主、サボっておったな?」
「あ、バレました? だってせんせーがやってくれるんならー、あたしは別にいいかなーって」
「良い訳あるか、後で説教じゃ。覚えて」
「キシャァァァッ!」
「っ!? ま、不味」
アヲイに気を取られておったら、寄生害虫の一体がこちらに突進してきておった。完全に意識していなかったわしは、何とか大太刀にて防御の体制こそ取ったものの。避けることはできず、思いっきり体当たりを喰らうことになった。
「くあっ!?」
大太刀で受け止めた際に両腕に痺れが走り、身体はそのまま後ろへと吹き飛ばされる。
「おっと。大丈夫でちゅかー? カナメちゃん、そろそろおねむの時間でちゅもんねー?」
豊満なおっぱいで受け止めてくれたのがアヲイじゃった、煽りをセットで。誰が頼んだ、こんなもん。おっぱい以外はクーリングオフじゃ。
「お、お前なぁっ!」
「あれれー? 受け止めてあげたのにお礼が聞こえませんねー? 礼はかかすなって口酸っぱく言ってた人にー、あたし心当たりがあるんですけどー?」
「あ、あ、ありがとうございましたぁぁぁ」
「お礼言う時くらい、絞られたレモンみたいな顔しないでくださいよー。キモいですよー、その絞レモ顔。ま、そろそろ行きますかー。せんせーも厳しそうだしー」
限界まで不本意の意を込めてやったら、また言われた。わしの顔って、幼女になってもそんなもんなのか。つーか絞レモ顔て、略すな。
とは言え、わし自身もかなりキツイのが現状じゃ。今の体当たりに加えて、蓄積された疲労感が凄い。休息は必須じゃ。胡坐をかいて地面に座ったわしに、「そこで無様に寝ててくださーい」というクソムカつく言葉と共に、アヲイが寄生害虫の群れへと歩み寄る。
「……ったく。誰に手ェ出してんだよ、害虫の分際で」
こちらに背を向けているアヲイが何か呟いたような気がしたが、わしの耳は拾ってくれんかった。こちらの言葉に返事もしないまま、アヲイの奴は右手を天高くへと掲げる。
「攻、創、奪。堕ち咲け」
「なっ!? そ、それは」
直後に詠唱を始めたアヲイのその言葉に、その光景に、わしは言葉を見失う。何故なら彼女の右目と掲げた右手の上に咲いたのは、真っ白な百合の華じゃったから。
「――参華、首萎之大鎌」
「アオイと同じ力じゃとっ!?」
咲いた白百合が詠唱後に急激に枯れていき、頭を下へと落とす。枯れて落ちた白百合を彼女が掴んだその瞬間、華が弾けて中から純白の大鎌が現れた。わしの一番弟子で馬鹿弟子である、アオイと同じ大鎌が。
「親類縁者で似たような華を芽生えさせたと、聞いたことはあったが。まさか」
「さーて、軽く運動しよっかー。みーんな、足腰立たなくしてあげるッ!」
純白の大鎌を構えたアヲイが、大地を蹴って寄生害虫へと向かっていく。一気に肉薄した彼女は、その大鎌で持って寄生害虫の首を斬り落とした。
「あっはァ、よっわッ! 所詮は害虫ですねー。ざーこざーこ」
態勢を低く構えて大鎌を横に薙ぎり、三体の寄生害虫の足を切り裂く。足を失って倒れた三体の頭に順に大鎌の切っ先を叩きこんで、絶命させた。
「あ、あの人、大丈夫なんですか?」
短い髪の毛と大きな胸が揺らしながら、アヲイは周囲の寄生害虫の首を斬り落としていく。順調に行っているようにも見えるが、オーナーのヒルデさんが不安そうな声をかけてきた。あのモヒカン男とわしという失敗例を目の当たりにしておるからな。
「まあ多分、問題ないのう。わしらはゆるりと、待っていようか」
「は、はい? 心配じゃないんですか? あんな勢いが長く続く訳」
「ないじゃろうな、普通なら。まあ見ておれ、じきに分かる」
「ヒャッハーッ!」
話しておるわしらに構わず、アヲイは楽しそうに次々と寄生害虫を狩っていく。大鎌を両手で器用に風車の如く振り回して、噛みつこうとしてくる寄生害虫の首を順に斬り落としていく。ムチムチの太ももが躍動する。
「キシャァァァッ!」
「さっきまでアンタらの動きとか十二分に見てるからー、そんな攻撃当たりませーんッ! あっ、もしかして囲む気だった? ごっめーん、知ってたー」
寄生害虫側も牙や尾、わしに仕掛けてきたような体当たり。群れの量を使った包囲等、様々な攻撃を仕掛けてはおるが。徹底的に動きを観察していたアヲイは瞬時に見抜いておるのか、全てかわしておった。
笑顔のアヲイの胸が躍動し、上下にゆっさゆっさと揺れておる。ホットパンツから覗く太ももは汗ばんでおり、動きの度に締まりを見せ、汗を散らす。プリンプリンのお尻は左右に揺れ、まるでこちらを誘っているかのうような妖艶さを。
「手が滑ったー」
「ぎゃぁぁぁっ!?」
わしの目の前に飛来してきた純白の大鎌が刺さった。かいていた胡坐の足の合間を縫うようにして刺さった切っ先を見て、わしの背中に冷たい汗が流れる。
「すみませんー。変な視線感じたので敵かと思いましたー」
程なくして突き刺さっていた大鎌が消えた後に、アヲイは背筋に流れる汗よりも冷たい視線を向けてきた。その手には、再度生成した純白の大鎌が握られておった。ごめんて。