凄い、ビックリするくらい無様ァッ!
木造の瞳場は年季が入っていることもあって、所々がボロい。天井に張り巡らされた柱も床板も色がくすんでおり、新築当時は豊満だった木の香りも薄れ始めている。木窓を全開にして夏の熱気を逃がそうとしたら、自筆の格言が傾いてしもうた。手が届かんので直すこともできん。
「見つからんかった……」
そんな瞳場内で項垂れている、ロリになったわし。あれから少し経ったが、ついぞエイヴェの奴を探し出すことはできんかった。
わしは今、白い薔薇の模様が入った黒い浴衣に赤い帯に裸足という恰好じゃ。お店に行ったら、店員のお姉さん達が黄色い声を上げながら勝手に見繕ってくれた。玄関には外履き用の赤と白の市松柄の鼻緒を持った黒い下駄もある。長い髪の毛は左右でそれぞれまとめた、ツインテールという髪型らしい。切ろうとかとも思ったが、こちらの方が断然良いとゴリ押された。
ジジイの頃からは想像もできん程に、優しくしてくれる女子達。舞い上がった結果、全部買ってしまったが、まあ良かろうて。ちなみにお金は倒れていた黒服の懐からいくらか回収ゲフンゲフンっ! 月華瞳法の訓練料として徴収した。盗んでないわ、良いな?
「って言うか、もうすぐアオイの言ってた親戚が来るのに。こんな姿、一体どうしたら」
悩む暇もなく、瞳場の扉が開かれた。そこにおったのは。
「こんにちはーッ! ここがザコせんせーの瞳場って聞いた、ん、です、けど」
「ウヒョーっ!」
群青色のウルフ風ショートボブの髪の毛に、黒目を持ったボーイッシュな女の子じゃった。無論、わしはすぐに飛びかかった。
胸は盛り盛りで太ももはムチムチ。白い半袖ニットキャミソールにデニムのホットパンツ、足には黒いサンダルを履いている。まるで、わしの理想を体現したかのような女の子。
「うわッ! な、なにこの女の子?」
「うへへへへへへ」
彼女はわしを、その豊満な胸で受け止めてくれた。お、おっぱいっ! 五十年ぶりのおっぱいじゃぁぁぁっ! 何と言う柔らかさ、何と言う温かみ、何と言う良い香りっ! 精神が加速していき、性癖が壊されたあの頃を思い出すっ!
駄目じゃ、こんな興奮、わしのビッグボーイが暴発してしま。
「ちーん」
「えっ、な、何で膝から崩れ落ちたのッ!?」
そうじゃった。わしは股間のビッグボーイを、なくしてしもうたんじゃった。
「この圧倒的おっぱいに物理的に勃起不可能とか。男に戻った暁には、絶対に今日の感触を思い出して抜いてやるわ」
「今度は急に何を言い出したァァァッ!?」
やがて落ち着きを取り戻したわしは、彼女と座ったまま向き合って。改めて話を聞くことになった。
「えーっと、あたしはアヲイって言います。ここに月華瞳法を教えてくれる、カナメっていうザコせんせーがいるって、親戚のアオイから聞いたんですけど……あんたは、誰? まさか、ザコせんせーの隠し子?」
「そうじゃなくてのう、わしがカナメなんじゃ」
「え? えええええええええええええッ!?」
正座したまま驚く彼女に、胡坐をかいたわしは簡潔に事情を説明した。
「は、反転屋さんで非モテをひっくり返そうとしたら、性別や年齢ごとひっくり返ったって」
「そういうことじゃ。ちなみに服屋さんでは、十歳かなって言われた」
六十歳じゃった時を思えば、五十年近く若返った訳じゃ。そう言えば十歳って、ちょうど近所の短髪ボーイッシュお姉さんのおっぱいと太ももによって、わしの性癖が壊れた歳じゃのう。懐かしいわい。
「そ、そんな。こ、これじゃあたし、何の為に」
「まあそういう訳での、申し訳ないが帰ってはくれんか」
かなり動揺しておるアヲイちゃん。にしても姿形だけじゃなく、名前までアオイとそっくりじゃとは。名づけの際、親類に近い名前は避けるもんだと思うが、実際はそうでもないのか? 童貞には分からん。
「わしはあのエイヴェを探さにゃならん。月華瞳法を教えることも不可能ではないが、そんな余裕もなさそうでのう。別の瞳場を紹介するから」
「ま、待ってよッ!」
そもそもこの姿で知り合いの所に行って分かってもらえるのか、と不安になった時、アヲイちゃんが声を上げた。
「あ、あたしはその。ざ、ザコせんせーの元で学びたいって言うか」
「今さら突っ込むが、初対面の相手にザコせんせーはいかんぞ? アオイの奴がわしのことを何て言っとるかは、透けて見えてくるがな」
「あっ、いや、その。そ、そうだッ! じ、じゃあ、せんせーッ!」
アヲイちゃんは立ち上がった。彼女の身長は平均的ってくらいな気がするが、自分が小さくなったが故に大きく見えるのう。彼女よりも頭一つ分は低い気がするわい。
「あたしがせんせーの面倒みてあげますので、タダで月華瞳法教えてくださーい」
いきなりの提案に目が点になったわし。
「あのな、わしはやることがいっぱいなのじゃ。こんな姿になってしもうて、教会もわしをわしだと認めてくれんかったから、年金もストップしたしのう」
「そこでーす。せんせーって今、身分もへったくれもないんですよねー? 分かってますー?」
「ま、まあそうじゃが」
言ってることは分かる。分かるんじゃが、何故かあの馬鹿弟子を思い出すような、煽りテンションになってきたアヲイちゃん。何、血は争えないの?
「せんせーがあたしの遠い親戚で、戦災孤児にしなかった場合。どうなると思いますかー?」
「ど、どうなるって」
神の開国によって島と人を真っ二つにした戦争の後の今。戦火こそ開いてないものの、未だに隣国となったニニギ国とは小競り合いが続く冷戦状態じゃ。それどころか国内ですら、現体制に不満を持っておる輩が多いと聞いておる。おまけに近頃は変質者まで出るのだとか。
そんな世の中で戦災孤児というのは、役所を兼ねている教会を納得させやすいのう。両親も兄弟も既に他界しており、頼れる親戚もいない天涯孤独のわし。アオイの親代わりではあるが、現在彼女とイチャついておる奴は行方知れず。もし戦災孤児にしておかなかった場合は。
「身元不明児童として、アマテラス教傘下の施設行き、かのう?」
「そうなりますよねー。そんな状況で探したりできるんですかー?」
施設行きとなれば、わしの身柄は教会の監視下となる。身元不明の児童は保護対象となるが故に、自由に外出なんざできんじゃろう。
「モタモタしてたら逃げられちゃいますよねー? 施設で呑気に過ごしてて良いんですかー? 元の身体に戻りたいんじゃないんですかー? そんなことも分からないんですかー?」
「ぐぬぬぬっ」
「そうしない為にはどうしたら良いのか、せんせーなら分かりますよねー?」
悔しいがアヲイちゃんの……なんかあの馬鹿弟子の面影と被り過ぎてムカついてきたので、もう呼び捨てで良いわ。アヲイの言うことが正しすぎて、歯ぎしりしかできない。
って言うかわし、なんで初対面の女の子にすら煽られなきゃいけないの?
「いや、そもそもお前がわしの成年後見人になれるかは」
「あたし二十二でーす。とっくに成人済みでーす。まだ何か聞くことありますかー?」
「うぎぎぎっ」
粗を探そうとしたのに、逆に恥をかく結果となってしもうた。むかっ腹が仁王立ちで、そのままブリッジできそうじゃ。兎にも角にも、まずはわし自身の身分というものを手に入れねばならんのも事実。爆発させたい気持ちを精一杯押し込んで、わしはアヲイに申し出た。
「……分かった。ならわしを、アヲイの遠い親戚ということに」
「えー、聞こえなーい。人に物を頼む時ってー、それなりの態度があると思うんですけどー?」
物凄いリターンエースが返ってきた。なにこの娘、煽りで飯が食えるタイプのプロか?
「た、タダで月華瞳法も教えますので、どうかわしの成年後見人として認めてください。お願いします」
「えー? でもー、さっきセクハラされたしー? どうしようかなー? もっと情けない感じで謝ってもらいたいなー? 土下座からの三点倒立くらいしてもらわないとなー?」
あっ、いかん。遂に身体中に力入り過ぎて、全身がプルプル震えてきた。歯ってここまで食いしばっても折れないんじゃな、初めて知ったわ。
今までに味わったことのない屈辱感の中、わしはあぐらを正座に切り替えて両手を前について頭を下げ、その状態から足腰を持ち上げて。頭を床につけたまま両手と頭の三点で逆立ちをかました。
「本当にぃぃぃ、申し訳ございませんでしたぁぁぁっ!」
「あーはっはっはっはっはッ! 凄い、ビックリするくらい無様ァッ! あーっはっはっはっはッ!」
大笑いしているアヲイ。いくらわしに選択肢がないからって、ここまでしなきゃいけない謂れはあるのか。浴衣で逆立ちしたから、店員さんから可愛いと評判だったくまさんパンツがモロ見えじゃわい。
これがあの馬鹿弟子アオイの血筋か、よおく理解したわ。というか奴と重なり過ぎていて首を傾げる程じゃが、そんなことはどうでも良い。
「いつかその邪知暴虐のおっぱいを、思いがままにしゃぶり尽くしてくれるわぁぁぁっ!」
「あーはっはっはっはっはッ! セクハラ発言ですら無様ッ! あーっはっはっはっはッ!」
こうしてわしは自分自身の尊厳をリリースし、役所を兼ねている街の大聖堂で手続きを済ませてアヲイの遠い親戚の身分を手に入れた。名前は面倒なのでカナメのままじゃ。年齢欄には十歳を記入しておいた。補助金やその他諸々を得て、生きる環境は整ったのう。
ついでにエイヴェのことも聞いてみたが、該当者なし。華徒であれば、軍や教会で把握しとるとも思ったが、アコギな奴らから金を借りていたことから察するに、おそらくは不法入国者なんじゃろう。まあ良い、待っておれエイヴェ。必ず見つけ出してやるからな。
あと新弟子に対するこの恨み、晴らさでおくべきか。否、そんなことは決してない。あのゆっさゆっさ揺れているムカつくおっぱいを、取り戻したわしのビッグボーイで汚し尽くしてやると、心の中に固く誓った。