歩ける、跳べる、回れる、蹴れるゥゥゥッ!
「ああ、もう終わった感じなんですね。ボクも魔獣も残っているのに。おかしくておかしくて、たまりませんねえ」
いやにテンションの高いピサロに、警戒感が芽生える。
「油断するなよ、アヲイ。奴がどんな力を持っておるか、分かったもんじゃないわ」
「そうですねー、じゃあ試してみましょうか。やれ、骸共」
アヲイもそれを分かっておるのか、自分自身が不用意に近づこうとはせずに、まずは骸の兵士達を突撃させた。
「さてと、早速試してみましょうかねえ。守、創、究。返り咲け。参華、斜光睡蓮花」
「なあっ! 黄色い睡蓮じゃとっ!?」
わしとアヲイは仰天した。ピサロの放った言葉が正しければ、奴が使った力はエイヴェの力じゃったから。黒縁眼鏡の向こう側にある奴の右の瞳には、ラフレシアの内側に睡蓮の華があった。
直後にピサロの足元から黄色い睡蓮の華が咲き、骸の兵士達の攻撃を逸らしていく。取り囲んで殴った所為もあってか、一部の兵士らは逸らされた攻撃を味方に当ててしまい、自滅すらしておった。
「いやあ、予想通りの驚きっぷりで楽しい楽しいですねえ。まだ終わりません。功、癒、創。臭い咲け。参華、屍臭之華」
続けて発現したのは、彼の足元で睡蓮の下に咲いた巨大なラフレシアの華。まるで睡蓮を喰らっているかのようなその中心部からは、異様な死臭が放たれる。
「うっ。こ、この臭いは」
「せ、せんせー。か、身体が、急に重く」
臭いが鼻孔をくすぐった時、わしらの身体に異変が起きた。まるで鉛の塊でも着せられたかのように身体全体が重くなり、手足の先が痺れ始める。
「へえ、凄いですねえ。並みの並みの人間なら、卒倒する奴もいるのに」
離れておるわしはまだ平気じゃったが、ピサロを取り囲んで近くにおったアヲイは手遅れじゃった。痛む足に力が入らなくなってきたのか、膝をついてしまっておる。
「ま、息を止めたり屋外で距離でも取られたら、一巻の終わりなんですけどね。不意打ちなら、効果は抜群です。それに」
車椅子から徐に立ち上がったピサロを見て、わしは更に驚愕する。
「お、お前、立てたんかっ!?」
「ええ、つい最近になって立てるようになったばかりでして。それもこれも、エイヴェ君のお陰お陰なんですよ。ねえ、エイヴェ君?」
ニヤリと笑ったピサロが、指を鳴らす。すると空中に別のラフレシアの華が咲いた。五つの華弁のその中にいたのは、気を失っておるあの華徒。
「ボクもアヲイ君と同じで、奪片の適正がありましてね。彼の命脈をもらって、ようやく立てるところまで来ました……ここで二人目が手に入るなんてねえ」
ピサロはそう口にしつつ、アヲイの前へとやってきた。未だに動けずにおるアヲイは顔すら上げることができないまま、膝立ちになっておる。ピサロはアヲイの首に手をかけて、締め上げ始めた。彼女の苦悶の声が漏れて、わしは黙っていられなくなる。
「貴様ぁ、アヲイを離さんかこのたわけ者っ!」
「嫌ですよお、せっかくボクの強制参花を満たしてくれたっていうのに」
ピサロがニタリと笑い、わしの全身に冷水でも浴びせられたかのような感覚が走った。
「ま、まさかお前」
「ボクの肆華は一定時間以上、力を発動させた相手の傍にいないと発現できないんですよ。シルキーは本当に役に立ってくれました。ボクの強制参花が満たされるまで粘ってくれたんですからねえ。功、癒、創、奪。我、自らで咲けず。故に寄らば大樹の陰。開け、醜き大輪の華」
「さ、させんぞっ!」
ピサロの両の瞳に、ラフレシアの華が咲いておる。嫌な予感を振り切ろうと、わしは駆け出した。
「せ、せんせー。助け」
「――肆華、屍臭之華、簒奪之磔刑」
「アヲイぃぃぃっ!」
じゃが、間に合わなかった。アヲイの足元で咲いた、巨大なラフレシアの華。広がった五つのその華弁が、まるで捕食するかのようにアヲイに向かって閉じていき。手を伸ばしたわしの目の前で、彼女は華に食われてしまった。
「はっ、はははは」
直後、ピサロの身体が輝き始める。
「ははははははははははははははははッ!」
「ぐあっ!?」
彼は勢いのままに足を振るってきた。わしは何とか腕を交差させてガードしたが、凄まじい威力によって後方へと吹っ飛ばされる。地面でワンバウンドして勢いがようやく止んだ後、顔を上げてみれば、まるで腹が満たされて元気が有り余った子どものように、はしゃいでいるピサロの姿がある。
「やっと、やっと手に入れましたよお。自分自身で動き回れる力を、ボクにはなかった力をッ! ああ、ああ。これが健常者の身体、自由ッ! 素晴らしい、なんて素晴らしいんだッ! 歩ける、跳べる、回れる、蹴れるゥゥゥッ!」
ピサロの両目にラフレシアの華が咲き、右目のその内側には睡蓮が、左には百合の華がある。取り込んだエイヴェとアヲイの華じゃ。
「ははははははははははははははははッ! やはりそうだった、大切なのは力だったよ、お爺様ッ! あなたの言いつけを守っていて、本当に良かったァァァッ!」